第68話
再びラ・カームが起きると夕方であったが、今度は激痛でなくベッドになにかやわらかいものがあり、動けなかった。
目を凝らしてみると、ラァとラナが同じベッドで寝ていた。
「起きたの?ラ・カーム」ラァが聞いた。
「うん、僕はどれくらい寝ていたのかな」
「二日くらいかな、私たちの気が付いてからだけど」
「そっか、サーシャはどうしているかな」
「ラ・カーム」それまで寝ていたと思ったラナが声を上げた。
「え、なに」ラ・カームは恐る恐るラナのほうを見た。
「私たちが意識ない間にずいぶん仲良くなった子がいるって聞いたけど」
「あ、いやなんていうか、サーシャは年上だし、僕のことなんてなんとも思ってないよ」
「サーシャさんがじゃなくて、ラ・カームはどう思っているの」ラナがさらに執拗に聞く。
「僕は、なんていうか・・・」
「ちょっと、ラ・カーム」ラァまでが食いついた。
「いや、僕には恋愛とかまだ早いよ、儀式の話もなくなったんじゃないの・・?」
「私たちを救ってくれたんだから、今回は許してあげなくもないけど」思いがけずラナが助け船を出してくれた。
「ん・・・それと多分父上のところに行かなければだよね」
「二階にはキヌア様と『大切な』サーシャさんもいらっしゃるみたいだけど」ラァはなおも食いつく。
ラァをいなしながらラ・カームはゆっくり起き上がり、身支度を整える。
ラ・カームの意識が戻ったのが伝わって、二階の応接室にラ・ヌカ国王とキヌア、サーシャさらにはシュナイゼル団長まで集まっているらしい。
「じゃあ、行ってくるよ」二人に告げて階下へ降りる。
応接室に降りるとラ・カームが思っているような重々しい雰囲気ではなかった。
「気が付いたようだな」ラ・ヌカ国王が声かけた。
「はい、父上、今回は・・」
「何も言うな、失われた物は戻らない、お前はそれ以上のものを手に入れた、そういうことだ」
「はい」ラ・カームはそう答えた。
「キヌア殿もサーシャもたぐい稀な魔術師だ、我が国の歴代の魔術院でもいなかったほどの、だな」
「つまりは、新戦力ということです」シュナイゼルがラ・カームに告げた。
「ソード・オブ・ラーを破壊するとは、な、さすが千年伝承の皇子というべきか」ラ・ヌカ国王が感慨深げに言った。
「殿下が意識を失っている間にキヌア殿とサーシャから話は聞いています」シュナイゼルが補足した。
「確かに俺はラァとラナの命と引き換えにお前を最強の兵士にしようとしていた。それでイグニクェトゥアを完全に屈服させることが王家の負った定めだと信じて。しかし・・・いや、もうその選択はできなくなったからな」
「イグニクェトゥアとの和平か、戦争をするにしても和平を結ぶにしても我が国には軍隊が必要だ、それが抑止力というものだ、それは分かるな」続けてラ・ヌカ国王はラ・カームに言った。
「はい」
「和平工作は我が国とイグニクェトゥアとの間で王国成立の時からずっと続いている」歴史の先生のような口ぶりでラ・ヌカ国王が言った。
「もっぱら、枢密院の役割ですな」シュナイゼルがさらに補足した。
「三か月前の北部森林の戦いで、我が軍のグリフォン部隊を投入したのも一気に戦争を終わらせる意図ではあったが」少し苦い口調でラ・ヌカ国王が呟いた。
「損害としては五分五分に思えますが、遠征してきたイグニクェトゥアがなにも得るものがなく撤退したということはラ・カーム王国の勝利であり、イグニクェトゥアは今相当消耗していると考えますが」それまで黙っていたキヌアが見解を述べた。
「ここで和平を結べば、いずれその消耗が癒えた時にまた戦争になるかもしれないが」ラ・ヌカ国王がその見解に対しての反論を述べた。
「それは仰る通りですが、このままでは両国の国力の消耗も無視できないはずです、グリフォン一頭を養うだけでも大変な費用になりましょう」キヌアはまた別の角度から和平の必要性を説いた。
「キヌア殿の言うことももっともだ、ソード・オブ・ラーがこうなるとは、千年以上考えられなかったことだしな」少し皮肉っぽくラ・ヌカ国王が答えた。
「ラ・カーム、責任を取って政略結婚でもするか」続けてラ・ヌカ国王が冗談っぽく言った。
「え!」それまでずっと黙っていたサーシャが思わず声を出した。
「サーシャ」少し強い口調でシュナイゼルが咎めた。
「それは冗談だ、どのような形にしても絶対的な和平などは無理であろう」ラ・ヌカ国王が続けた。
「シュナイゼル、ユー・ロウを呼べ」
「は」シュナイゼルは恭しく返事をして応接室から出た。
枢密院長のユー・ロウを呼ぶということは和平工作ということであった。




