第46話
ユーラの町に着いたのは深夜となってからだった。
海
ラ・カームにとっては初めての港町であり、海であった。
「ラァが見たら喜ぶだろうな・・・」
二人にとって幸いだったのはユーラの町が王都に近いこともあり、日ごろから警戒が厳重ではなく、町に入るのが容易であったことである。
「ラ・カーム様、三日後にロズオブニアへ向かう定期便が出るそうです、それまでは宿を取りましょう」
「ああ、ありがとう」ラ・カームは、まだ海の圧倒的な存在感に押されているようであった。
ユーラの町は人口五万人の中規模都市であった。
港街であることから宿泊客も多く、宿は十軒ほどあった。
「ここからはラ・カーム様は、わたしの弟ということでお願いします」
「ああ、わかった」
二人は十軒の宿のうち最も安い宿を予約した。
客のチェックが甘いと考えたからだ。
「いらっしゃい」不愛想な宿主がそう言った。
「この子と私、二泊したいんだけど」サーシャが言った。
「ツインルームでいいかい?」
「はい」
「一泊二十銅貨だ、前払いで」
サーシャは二日分四十銅貨を払った。
「部屋は三階の三○六号室、階段はこの先の突き当りだ、風呂も階段の奥にある」
部屋の鍵を渡しながら宿主が伝えた。
「ありがとう」鍵を受け取りながらサーシャは答えた。
三○六号室に入るとベッドが二つと、簡易なテーブルと椅子が四脚あるだけだった。
「ラ・カーム様今日は疲れたでしょう、お風呂に入ってゆっくり寝てください」
「ああ、ありがとうお言葉に甘えさせてもらうよ、サーシャも入ってきなよ」
「はい、今のうちですね」
二人はそれぞれ男子用、女子用の風呂へ向かった。
幸運なことにこの時間は他に風呂を利用する客もいなかった。
「慣れないことをするのは疲れるな」今までの逃避行についてラ・カームは考えていた。
すると、湯気の向こうからサーシャらしい人影が見えた。
「サーシャ?」
「ラ・カーム様?」
どうやら、この風呂は脱衣所のみ男女が分かれていて風呂は男女共用のようだった。
「え・・と」ラ・カームが目線のやり場に困って、下を向いて赤くなっていた。
「あは、ラ・カーム様にならいくらでも見せてあげますよ」
「ラァやラナとも最近一緒に入ったことなくて・・なんていうか・・・」
「こっちまで恥ずかしくなってくるじゃないですか、せめて、お背中でも流しますよ」
「え、いいよ、気持ちだけ、ありがとう」
「そんなに照れなくていいですよ、はい、向こうをむいて」
「あ・・うん」ラ・カームは素直に従った。
「ラ・カーム様、すごい筋肉ですね、絞り込まれた体っていうか、とても十歳の子とは思えませんよ」
「そうかな、毎日トレーニングはしているから・・」
「ラ・カーム様」言ってサーシャはラ・カームを後ろから抱きしめた。
「サーシャ・・・」体がぽうっとして今まで張りつめていた気持ちが少しふっきれたようだ。
「ラ・カーム様だけが背負うことないんですよ、いろんなこと、私だって魔術院だってラ・カーム様の味方なんですからね」
「ありがとう、サーシャ」
「そろそろ上がろうか?」ラ・カームが言った。
「え・・ここからがいいところなんじゃないですか?」
「ん?なにが」
「なんでもないですぅ」ふてくされたようにサーシャが呟いた。
「ごめん、なにか悪いことを言ったかな?」
「悪すぎですよ、・・・でも、そこがラ・カーム様のいいところなのかもしれないです」
二人はそのまま風呂を出て客室に向かった。
一日馬で走り続けただけあって、二人とも疲れが相当に溜まっていた。
それぞれのベッドにつくとほとんど同時に二人は眠りについた。
朝、ラ・カームが起きるともうお昼近かった。
すでにサーシャは起きているようで、宿の朝食を持ってきていてくれた。
「ラ・カーム様、起きましたか?」
「あ、うんだいぶ寝ちゃっていたみたいだね」
「ずっと走りっぱなしでしたからね、朝食食べてください、意外とおいしいですよ」
港町だからか、メインは魚料理で、それにパンと果物まであった。
「ありがとう、すごくおなかすいているみたい」
「ゆっくり食べてください、私は周囲を見てきます」




