第29話
「そろそろ猪が突っ込んでくる頃だな」カイ・ロキは遠征軍の中央付近にいて、副官のアクサ・シロにそう言った。
「ダナ・カシムでありますか」
「ファ・ゴートとリザ・ナッシュが持ちこたえればそのまま押しつぶせる」
「これだけの戦力差がありながら動きますか?」
「そういう男だ、こちらのパク・ドラゴン部隊はどうか?」
「はっ、すでに五千頭のドラゴンが召喚されており、それぞれに弓兵を搭乗させております」
「ドラゴン部隊は敵航空部隊に当たらせる、敵地上部隊に対する攻撃は重ねて禁止する。対空警戒を怠らないように」
「はい」
・・・時代が変わったということか、戦局を左右するのは航空部隊となりつつある、敵のグリフォン部隊に対してどこまで通用するか。
この数年間でラ・カーム王国とイグニクェトゥアの戦いにおいて決定的な変化が出現しつつある。
それがラ・カーム王国の切り札ともいえる『グリフォン』部隊である。
グリフォンというのはラ・カーム王国南部に主に生息する飛行モンスターである。
翼を伸ばすと六メートル程度の大きさになり、人が搭乗できる。
また、強力なブレスを吐きその威力はマジシャンクラスの魔術師にも匹敵する。
王国内ではグリフォンを使った戦闘ということは百年以上前から考案されていたし、実際に小規模なグリフォン部隊というのは五十年前から存在していた。
しかし、飼育方法や管理体制、そこにかかる予算等の事情で計画倒れに終わることが多かった。
現国王ラ・ヌカの英断もあり、十年前から本格的にグリフォン部隊の編制・育成が進み、現在では戦闘に使えるグリフォンは一万頭を超えると言われている。
グリフォン部隊を率いるのは南部方面軍団長の二十三歳になるアリヌ・リセという女性であった。
短い金髪に鍛え抜かれた褐色の体を持っていた。
アリヌは南部方面軍団長であると同時に第一師団グリフォン部隊の師団長も兼任していた。
今回は本隊のほうは副官のユーマスに任せて一万機のグリフォンとともに北部方面軍支援に来援している。
王国のグリフォンに対する航空戦力としてはイグニクェトゥアではパク・ドラゴンになるが、一頭のグリフォンを倒すのに五頭のドラゴンが必要であり、全く勝負にならないのが現状であった。
風魔法術式や雷魔法術式で対空攻撃も行えるので、単純な比較にはならないが、それでも空の戦いにおいてはラ・カーム王国に分があるといってよい。
今回グリフォン部隊が来援に遅れたのは理由がある。
高高度で北部森林まで直進すれば早かったのだが、イグニクェトゥアの目を欺くためその進路をとったのはごく一部の部隊に限られ、ほかの部隊に関してはぎりぎりまで低空で北部森林まで接近していた。
その狙い通りカイ・ロキはグリフォン部隊に関しては多くても二千機と考えていた。
王国歴八八五年八月一日
それぞれの思いを飲み込み、後に北部森林の戦いと言われる戦争が始まった。




