第66話「軍事演習Ⅳ」
フィッツモーリス=フィッツジェラルド、通称「F」と呼ばれる騎士が馬で丘を駆け登っていた。
近衛騎士団長である彼の後ろには40名の近衛騎士たちが同じように馬に乗って爆走している。
「手綱を緩めるな! 何が何でも相手より先に砦にたどり着くぞ!」
彼らの目的はアラモスの丘の砦を奪取すること。
軍師であるナルスからはこの作戦の第一段階として砦の支配は絶対条件だと口酸っぱく言われている。
騎馬を独立させることの最大の利点はその機動性にあるのだから、そのことはFにも充分理解できた。
「団長、砦はもうすぐそこですぞっ!」
Fの斜め後ろの騎士が大声を上げる。
20代後半ぐらいの巨漢で片手には長いハルバード、剣技大会準決勝でカルロに敗れた騎士だ。
彼も近衛騎士団の隊長の一人で、今回カルロが率いる赤旗軍でFの副官に任じられていた。
「よし、砦を占拠する。完了次第、規定通り狼煙を上げよ!」
騎馬の一団は中になだれ込み、相手がまだ来ていないことを確認して砦を占拠した。
演習のルールとして砦を占拠した方はただちに自軍の色の狼煙を上げることになっている。
Fの命令により騎士の一人が赤い色の狼煙を上げた。
「ふう、とりあえず最初の任務は成功だな」
「正直疲れましたぞ。しかしお陰でまだ相手は来ていないようですな。まあ馬でこれだけ飛ばしたのですから当然ですが」
Fは副官と共に砦の上から下を眺めるが、相手の姿は見えない。
歩兵や弓兵も交じった部隊がここに着くのには時間はかかるにせよ、見通しのいいこの丘で全く見えないことには違和感があった。
「それにしても相手の姿が見えんという事は、ここまでは軍師殿の読みが当たっているという事か」
これから後の展開について、Fがナルスから受けた指示は奇妙な物だった。
「いいですか、砦を占拠して狼煙を上げた時点で敵の姿が見えなければ、後は砦を守る必要はありません」
「何故です? 砦を取られてはこちらの負けになってしまいますが」
「大丈夫です。騎士団長は合図があったらいつでも騎馬で突撃を掛けられるように準備しておいてください」
Fは出陣前のナルスとのやり取りを思い出しながら副官に命じた。
「皆に一休みしたら、命令があり次第ここを出て突撃が出来るように準備しておくように言ってくれ」
「いいんですか? ここに誰も居なくなってしまいますが」
「まあ大丈夫だ、多分」
「団長の命令なら従いますが、わたしは知りませんよ」
(大丈夫かどうか正直俺の方が知りたいよ)
思わず心の中でつぶやくFだった。
「赤い狼煙が上がったぞ。成功したみたいだな」
僕の言葉にナルスが答える。
「ここまでは成功して当然です。問題はここからですね」
「本当にマーカスは砦を狙わないのかな?」
「100%かと言われれば微妙ですが、恐らく間違いないでしょうね」
「その根拠は?」
「将軍は我々が騎馬を独立させて使うことを知っています。それを考えれば我々が砦に先に着くのは当然の流れ。50人の騎士が立てこもる砦を落とすのは簡単ではないと考えるでしょう」
「まあそうだな」
「それを打開するのにどうするか。あの将軍の性格です。単純な力推しの可能性は低いでしょう。きっと我々の裏をかきたいと思うはずです」
「どうやって裏をかいてくる?」
「将軍やルーノス卿が騎士の力を大きく、歩兵や弓兵の力を軽く見ているだろうという事がミソですね。まあそこは後でご説明します。ここはゆっくり報告を待ちましょう」
しばらくして偵察隊の一騎が駆け戻ってきた。
「報告します! 南側の林にて敵の部隊を発見、その数およそ200かと!」
「そうか、どの辺で見たか教えてくれるかな?」
ナルスはその騎士を呼び机の上の地図でその位置を聞いている。
僕が横から覗きこむと、その位置はまだここから大分遠いようだ。
「予想通りですね」
「では俺が兵を率いて迎え撃つか?」
僕の言葉にナルスは首を左右に振る。
「まだ北側からの報告が来ていません。そちらが来るまでは動けませんよ」
ナルスはのんびりした様子で答えた。
「そろそろ北側からも戻ってくるはずです。準備しましょうか」
ナルスの言葉で僕も椅子から立ち上がった。
「本当に全員連れて行っていいのか? ガラ空きにしてここが落ちたら即負けだぞ?」
「大丈夫ですよ。北側からも相手が来ているなら、もっと早く偵察が戻ってきているはずです。この時間まで戻ってないという事は、残りは本陣を守っているという事ですから」
そうこう話をしているうちに、北側の偵察に向かっていた騎士が2騎戻ってきた。
「報告、相手本陣まで北側に兵の姿は見えません!」
「そっか、やっぱりね。相手の本陣は見えた?」
「相手本陣はある程度の兵が守っている様子ですが、近づけずその数は不明です。申し訳ありません」
「ありがとう。疲れてるところすまないけど次はこの手紙を持って砦の騎士団長殿に渡してくれるかな?」
「はっ!」
ナルスが準備していた手紙を持って騎士たちは飛び出して行った。
「さあ、始めましょうか」




