第37話「切り札」
屋敷に帰ると、ピカールとマーカスが待っていた。
メイド頭のメリッサ、軍師になったばかりのナルスも一緒だ。
「メリッサ、女たちの様子はどうだ?」
「みな怯えておりますし衰弱してはおりますが、多少は落ち着いたようです」
「そうか。中にフラウディアという娘がいるはずだ。後で寄越してくれるか?」
「かしこまりました、カルロさま」
メリッサが頭を下げて出て行くと、マーカスが話しかけてきた。
「カルロ様、今日起こった事をご説明頂けますかな?」
「ああ。最近この街の周りで、女ばかりを狙った誘拐事件が頻発していたのは知っているな?」
見回すと、全員がうなずいている。
「その犯人を調べていると、裏でゲルグが糸を引いていたことが分かった」
「あの評判の良い子爵様がそのようなことをなさるとは」
ピカールが信じられない、という風に光る頭を振っている。
「それでカルロ様が近衛騎士たちを引き連れて向かわれ、子爵は罪を認めて自害したとか」
「そうだ。自ら屋敷に火を放ってな」
マーカスは白く立派な髭を触りながら何か考えている。
やっぱり艦長に似てるなあ。
「ではまあそういう事にしておきましょう。しかし格下とはいえ王より爵位を賜った貴族を攻めたとなると、問題にはなりますまいか? ましてや死んだ子爵がアルマンディー公の息のかかった者であったとなれば」
「そこは覚悟の上だ。俺はむしろこの事件を機に、はっきりと国王派であることを示したいと思っている」
心配してくれるマーカスに僕がこういうと、マーカスもピカールも少し驚いた顔をしている。
貴族であるカルロが貴族の力を削ごうと言う国王に協力するというのが意外だったのだろう。
軍師のナルスは予想していたのか平然と聞いている。
「国王派、というと中央集権を進める改革派という事ですかな」
「そうですね。国王は今、中央集権化を進めているためにアルマンディー公を筆頭とする守旧派貴族たちと対立しています。ただ絶対的に兵力では劣っていますから、味方が欲しくてたまらないはずです」
「なるほど、自分を高く買ってくれそうな方に売りつけるのは政治の常道ですな」
ナルスの言葉にマーカスの爺さんはにやりと笑った。
この爺さんはさすが物わかりがいい。
「そういうことだ。国王が中央集権を進めて貴族の力を弱めるとしても、俺の力が弱くならなければ他はどうでもいい。国王とて味方もなくては改革など出来ぬことは分かっていよう」
「しかしアルマンディー公と対立しても、国王陛下に信用されるとは限らないのではありませんか?」
心配性のピカールが不安そうに聞いてくる。
あんまり心配ばかりしてるとハゲ……てるからいいか。
「その点は大丈夫だ。実は今回、俺みずから行ったのはある切り札を手に入れるためだったんだ」
僕はそう言って、机の上のベルを鳴らした。
チリンチリン――
すぐに部屋の扉がノックされ、メリッサが一人の娘を連れて入ってきた。
フラウディアだ。
かわいそうにまだ首には鉄の首輪が付いたままになっている。
「まだ首輪は取れないのか」
「頑丈に溶接されてしまっておりまして。明日鍛冶屋に取らせます」
「では街にモーハンという鍛冶屋がいる。腕は超一流だからその者に頼め」
「かしこまりました」
メリッサが出て行き、僕はここでみんなにフラウディアを紹介した。
「この娘はフラウディアと言い、ゲルグに捕えられていたのを助けた。この娘が俺の切り札だ」
「ほう、見たところなかなか器量の良い娘ですが、切り札とはどういう事ですかな?」
マーカスが細い目を少し開いてフラウディアを眺めている。
「フラウディア、お前の身の上をこいつらに説明してやってくれ」
「かしこまりました。わたしはフラウディアと申しまして、フランツ王家のシャーロット王女殿下にお仕えしております侍女でございます」
「ほほう、王女殿下の侍女をなさっておいでか」
マーカスが面白そうな顔で聞き返す。
ナルスの表情はもう何か勘付いたみたいだな、さすがだ。
「はい。実家がこちらにございまして、里帰りの途中でさらわれてしまいました。最初は身代金を取って売られるという話だったのですが、わたしが王女殿下に可愛がって頂いていることが分かるとアルマンディー公レジューム様に引き渡されるという事になり、それまで子爵様の屋敷で働かされていたのです」
「なるほど、これはなかなかですね。彼女なら子爵が黒幕であったことだけでなく、アルマンディー公と繋がっていたことも証言してくれるでしょう。彼女が王女に気にいられているとなれば、王室と繋がりを持つにはいい機会です」
ナルスの頭の中ではもう具体的なプランが出来上がっていることだろう。
「そうだ。だから俺はこの機に王室の側に立つことを明確にし、確かな繋がりを持ちたいと思う」
僕はそう言ってみんなの顔を見まわした。
「この事がレジュームの耳に入る前に王都に行き、王室に繋ぎを付けたい。明日フラウディアの首輪が取れ次第ここを立つ。ナルスは俺について来てくれ。いろいろ交渉事があるだろうからな。マーカス、ピカール、留守を頼む。俺の護衛はルーノスに、あとは従者としてドッヂを連れていくから準備を頼む」
「「「 はっ! 」」」
「フラウディア、すまないが一緒に王都に行って証言を頼めるか。聞いての通り、俺は国王陛下と王女殿下の力になりたいと思っている」
「分かりました。辺境伯様に助けていただいたこの身ですから、出来るだけの事は致します」
フラウディアはただ可愛いと言うのではなく、なかなか意志のはっきりした娘のようだ。
これなら味方に付ければその証言にも期待できるかもしれない。
翌日、朝のうちにメリッサがフラウディアを連れて鍛冶屋のモーハンのところへ行ったらしい。
僕の前に連れてこられた時はもう首輪は付いていなかった。
首に首輪の跡らしい赤い筋が見えるのが痛々しいが、怪我はしていないようだ。
「おお、首輪は外れたみたいだな。大丈夫か?」
「おかげさまで上手く取って頂きました。久しぶりに自由になれた実感が致します」
「それは良かった。ゆっくりする時間もやれなくて悪いが、これから出発したい。準備はいいか?」
「大丈夫です。わたしもシャーロット王女様に早くお会いしとうございますので」
真っ直ぐ僕を見つめ返すフラウディアの瞳が美しい。
こういうはっきりした女の子、嫌いじゃないな。
「ドッヂとルーノスを呼んでくれ」
メリッサに頼むと、すぐに二人が部屋に入ってきた。
「おはようございます、今回の警護は私を含めて騎士5名だけでよろしかったですか?」
「それでいい。目立ちたくないし、時間を重視したいからな。フラウディアを乗せる馬車の手配はどうだ?」
「はい。4頭立てで速さを出せる馬車を用意しました。乗り心地は良くないでしょうが」
ルーノスはそう言うとフラウディアの顔を見た。
「わたしなら大丈夫です。揺れようが跳ねようが、つかまって舌を噛まないように口を閉じてますから」
フラウディアはおどけて言ってウインクして見せた。
くっそかわええ……。
「あ、ゴホン、ではドッヂの準備はいいか?」
「はい、ですがオラで大丈夫でしょうか? カルロ様の従者なんてオラに勤まるかどうか」
「かまわん。ドッヂは馬には乗れるのだろ?」
「あ、はい。馬は小さいころから扱ってますんで裸馬でも乗れますだ」
「ならいい。武器は、そうだな、目立つように大き目の斧でも担いでいけ」
「分かりました、ではデカいのを選んで持っていきますだ」
「うん、それでいい。お前の仕事は護衛だ。いつも俺についていればいい。ではそろそろ行くか」
「わかりました。頑張りますだ」
表では留守を頼んだマーカスにピカール、F、メリッサたちメイドが待っていた。
馬車の周りにはルーノス達5人の騎士がすでに騎乗して待っている。
「カルロ様、こちらをお持ちくださいませ」
ピカールが小さな袋を渡してくれた。
中は見なくても分かっている。
金貨と白金貨だ。
王室への工作と、あることのために用意しておいてもらった。
「うん、留守を頼むぞ」
「お任せくださいませ」
内政に関してはピカールが、軍事や治安に関してはマーカスとFがいれば安心だ。
「カルロさま、お気をつけて行ってらっしゃいませ」
メリッサとレイナ、ミレアさんの3人のメイドたちが見送ってくれる。
レイナの僕とルーノスを見る目が気になるけど、まあいいだろう。
「では行ってくるぞ。出発!」




