第2話「初日」
自分が書いた小説「勇者転生」の世界に転生してきたらしい、ということを理解したリョウスケは……
本日3話目の投稿になります。
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「あの、鏡を見せてもらえませんか?」
「ただいま。レイナ、すぐに鏡をお持ちして」
メリッサに頼むと、レイナというその可愛いメイドさんが鏡を持ってきてくれた。
「どうぞ、ごらんください」
レイナが持ってくれている鏡を覗き込むと、顔中包帯でぐるぐる巻きにされた男が映っている。
鏡の中に映った顔は、僕とは似ても似つかぬ顔だった。
見事な金髪に青い目、ちょっと生意気そうな、でも整った顔立ち。
どれも僕が書いた「勇者転生」の悪役カルロ=ド=メリチ辺境伯の特徴にぴったりだ。
やはり僕はカルロとしてここにいるらしい。
「イテッ」
急に右頬が痛みが走って手で押さえると、ピカールが気の毒そうに言う。
「落馬の際に道に石の角が刺さり、怪我をなさっておいででした。縫いましたが残念ながら傷跡は残るだろうという医者の見立てでございます」
カルロの右頬には大きな傷があるという設定だったけど、この落馬が原因だったのか。
作者ともあろうものがそこまで細かな設定はしていなかったから知らなかった。
戦いで付いた傷かと思ってたからちょっとカッコ悪いな。
「端正なお顔立ちに傷が残ってしまわれるなんて。お気の毒でなりませんわ」
メリッサが涙を浮かべて僕を見ている。
そう、カルロはいい男、美男子なのだ。
行動は傍若無人でわがまま放題、乱暴狼藉は働くが顔はいいし腕もたつから女の子にはモテる。
もちろん最後は女の子たちにも見向きもされなくなっていく(予定)のだが。
しかしメリッサは本当にいい人だ。
「えっと、今って何年なのかな?」
試しにピカールに聞いてみた。
「旧暦の194年でございます」
そんなことも分からなくなったのか、という顔でピカールは気の毒そうに答えてくれた。
勇者がこの世界に転生してカルロに出会うのが旧暦199年だから、その5年前という事か。
5年後のカルロは27歳の設定だから今は22歳、現実の僕と同い年という事になる。
だからここへ飛ばされたのかな。
「なんで『旧暦』って言うんだっけ」
「およそ200年前の古より使っております古い暦でございますゆえ」
由来を聞いてみるとまたもやピカールが生暖かい視線と共に答えてくれた。
でも実はこれは間違いだ。
僕が勇者が魔王を倒して新しい国を建てた年を「新暦元年」として、その前を「旧暦」にしただけだ。
だからこの世界の人は何故「旧」なのかを知らずに旧暦という言葉を使っていることになる。
本当の理由を知っているのは僕だけだと思うとちょっと嬉しい。
なんせ僕は作者さまだからな。
そこまで考えて、僕はそんなのんきな状況ではないという事に気が付いた。
自分が書いた小説の中に作者が転生するなんて、これは異常事態だ。
作者だからチート能力があったりするのかと思ってベッドの木の柵を思い切り握ってみたけど別に壊れはしなかったし、レイナちゃんのメイド服が透けないか凝視してみたけど何も見えなかった。
もう元の世界に帰れないのかもしれない、そう考えると急に胸が苦しくなった。
きっとみんな心配しているだろう。
そりゃあ別に現実世界に彼女が居たり親友が居たりした訳じゃない。
会社でだってお荷物扱いで仲のいい同僚もいない。
でも母さんを残してきたのは心配だ。
あ、でも僕と違って出来のいい弟がいるから大丈夫か。
あれ?
そう考えたら意外と僕が居なくても大丈夫なのかな。
それこそが本当の悲劇だよ。
「ちょっと一人にしておいてくれないか」
なんだか寂しい気持ちになってそう言うとメリッサが頭を下げた。
「かしこまりました。お飲み物はここに置いておきます。なにかご用の際はベルでお呼び下さい」
みんなが出て行って一人になって考える。
でもきっと悲しんでくれる人たちは大勢いる。
それは「勇者転生」の読者のみなさんだ。
「作家になっちゃおう」という投稿サイトの中でそれまで鳴かず飛ばずの底辺作者だった僕が、「勇者転生」という小説のおかげでみんなに喜んでもらえた。
いいね!が一つ押されるたび、お気に入り登録が一つ増えるたびにそれは僕の生きる活力になっていた。
カルロに人気が集まり、その悪役っぷりに賛否両論の感想が送られてくると、次は何をさせようか書いている僕もワクワクしたんだ。
まさか初めての書籍化がされた発売日当日に事故にあい、小説の世界に飛ばされてしまうなんて。
しかもまだ小説は終わっていない。
未完のままだ。
まだまだ考えていたネタがたくさんあった。
カルロにやらせたいことが色々あったんだ。
もうそれも更新できない。
これからが面白くなるはずだったのに。
そんなことを考えていると涙が出てきた。
僕はもう小説を書けない。
「勇者転生」を完結させる事は出来ないんだ。
これからの展開はもう考えてあった。
カルロはそれまでの行いから仲間に次々と裏切られる。
そのことで人間不信に陥ったカルロは、魔王の甘言に乗せられ、魔王の手先となってしまう。
それでますます勇者への妨害はエスカレートし、様々な罠をしかけたり嫌がらせをしたりする。
でも結局は勇者と直接対決して負けてしまうんだ。
そこでカルロは初めて心を入れ替えて勇者に従うようになり、勇者と力を合わせて魔王を倒す。
勇者はカルロの婚約者だった王女と結ばれ、二人で新たな国を建てる。
カルロはその重臣として国づくりを手伝っていくことになるんだ。
僕は自分が作ったプロットを思い出しながら、それがもう世に出ることはないのだと考えていた。
初めて認められた僕の作品。
生まれて初めて大勢の人に褒められ、喜んでもらえたものだったのに。
それが中途半端な状態で終わってしまうなんて辛すぎる。
泣いている場合じゃないよね。
物語の作者として、僕がやるべきことは何だろう。
僕が創り出したこの世界の物語を、自分自身でエンディングへ持っていく。
それこそが僕にやれるたった一つの事であり、僕がここにいる理由じゃないのかな?
この世界は僕が作った。
この世界がこれからどうなっているのか知っているのは僕だけだ。
僕はこの世界の原作者であり、プロデューサーであり、監督であり、同時に悪役カルロ=ド=メリチ辺境伯を演ずる役者でもある。
悪役カルロ=ド=メリチ辺境伯としての役割を全うし、より面白くより感動的な物語を作ろう。
勇者が転生し、カルロと出会うまで5年ある。
その間に最高の舞台を作り上げよう。
まずはそのために魅力的な悪役にならなくては。
僕はこの世界で生きていく覚悟を決めた。
たった今この瞬間から僕は悪役、カルロ=ド=メリチ辺境伯だ。
りっぱな悪役になってやる!
明日から11/18までの2週間、毎日2話ずつ投稿して行きます!
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