第80話 物語の裏側で
〜レオ視点〜
あれから、1ヶ月の時が流れた。
────にも関わらず、俺たちはまだ街に帰ることができていない!
まぁ、仕方がないと言えば仕方がないのだけれど。 俺も好き勝手やったのだから、後始末はしないとね。
卒業してすぐ、ルイスがウォンダランド王国国王に即位した。
先代の国王は“病を患っており、政務に差し障りが出始めたために息子の卒業と同時に国王の座を降りた”。おそらく数年のうちに“他界”することになるだろう。
つまり、先代国王の死を病気で偽装しつつ、近頃の悪政はそれによる影響だということに仕立て上げたのだ。
後半部分に関しては苦い表情をした人も少なくなかったが、死人に口無し、民の不安を煽らないように責任を被ってもらうことになった。まぁ、先代の死も今回の件に関して無関係でもないから、少し背負うものが増えただけだ。
それと同時に、アリス子爵令嬢との結婚を発表した。結婚パーティーは国の政治が落ち着き次第、行われる予定らしい。
これからは二人で身を粉にして、この国を上手く治めていってもらいたいものである。
俺たち───と言うか、俺がまだ王都に引き留められているのは、ご意見番みたいなポジションだと思われているからだ。
何がどうしてそうなったのかわからないけれど、宰相様に意見を求められるのはいつも通りとして、王城の中でも俺の立ち位置が確立されつつある。
解せぬ。
この数ヶ月、確かに宰相の書類を初めとして色々な意見を出したり、政治について口出しをしたけど……。 やっぱりそれがまずかったのか?
まぁ、彼らもバカではないから俺に頼り切りというわけでもないし、議論が行き詰まったときに新しい発想をもらいに来る的なのが主だから大丈夫だろう。
そのポジは可及的速やかに国王であるルイスに変わってもらおう。
あと、これが重要なのだけど、ミリーの王都追放は取り消しとなった。無罪なんだから、当たり前である。
ミリーが無実であったことと追放取り消しについては、あの後すぐに国中に知らされた。
ただ、今度は姿絵は添えられていない。姿絵を添えてしまってはミリーの問題を掘り起こすことになり、またしばらくは表を歩き来にくくなってしまうからだ。
ミリーのことを姿絵も含めて覚えているような人はそう多くないだろうし、そこまで関心があるなら今回のことも含めて裏事情に関する推測も何と無くできるだろうということだ。
ちなみに、その責任がアリス子爵令嬢にあるということは公表されていない。 これにはミリーも同意した。
新しい王妃がそのようなことをしていたとあっては人々の不安を煽るだけだからね。
まぁ、要するに、これでミリーは堂々と王都を歩けるというわけだ。
「なんだか久しぶりですね、こうしてデートをするのは」
「そうだね」
ミリーと手をつないで王都を歩く。
俺たちがいるのは、貴族街の中でも中心的な大通りだ。少しお高めなブティックだったりアクセサリーショップが並んでいる。
俺は白ベースに金の装飾の付いた詰襟───白馬の王子様が着ていそうなやつ───を着て、ミリーはワインレッドのシンプルなワンピースドレスを着ている。
俺としては、こういう服装は貴族のパーティーくらいでしか身につけないものだと思っていたのだが、周りを見渡す限りそうではないらしい。 俺たちの周りには同じようにスーツだったり、ドレスだったりに身を包んだ貴族が確認できる。
まぁ、ドレスのミリーは相変わらず可愛いし、俺の服に関してもミリーが喜んでくれているようだから、こういう格好でデートをするのもたまには悪くないのかもしれない。流石に普通の街ではやらないけど。
今日はお昼過ぎに屋敷を出て、二人でこの辺りをブラブラと歩いている。 ただ、少し思うところがあってアクセサリーショップだけは足を運んでいない。
それにはミリーに気づかれないように細心の注意を払いつつ、ミリーの意識がアクセサリーショップに行かないようにしたわけだけど。
そこにはもちろん理由がある。
「あ、そうだ。 ミリー、行きたいところがあるんだけど、いいかな?」
日が傾き始めて影が長く伸び始めたとき、さも『いま思いつきましたよ〜』と言った口調でミリーに問う。
「はい。 どこでしょうか?」
「ん〜……。 秘密」
唇に人差し指を当ててニッコリと微笑む。
それを見たミリーがボンッという音が出そうな勢いで、顔を赤くする。
ふふふ、最近はミリーの好みもほとんどカバーしたもんね。 相手がミリーじゃなかったら絶対にできないけど、ミリーなら喜んでくれるから躊躇いなくできる。
バカップルだと嗤うなら嗤うがいい!
事実だからな!
ミリーの柔らかな手の感覚だったり可愛らしい反応だったりを楽しみながら貴族街の中心地から少し離れた場所にやって来た。
建物と建物の間にぽっかりと拓けた円形の空間にの真ん中に、大理石でできた噴水が置かれている。人々の暮らしとは隔絶されたように静寂の中に存在するこの場所は、宰相様の下で仕事をしていたとき地図で発見して、実際に自分で足を運んだ穴場スポットだ。
特にこの時間は建物の隙間から差し込むオレンジ色の光が神秘的な装いをより一層引き立てている。
誰が手入れをしているのかわからないが、綺麗な状態に保たれていて水は絶えることなく噴き出しているものの、周りに人の気配はない。
こんなに綺麗でなのに、人がいないのには疑問を覚えた。もしかしたら、ここはアリス子爵令嬢の言うところの“ゲーム”に登場する場所なのかもしれない。 ここは学校からもそんなに離れていないしね。
まぁ、たとえそうだったとしても、俺とミリーが思いっきり有効活用させてもらおう。
「綺麗なところですね。 こんな場所があるなんて知りませんでした」
「少し前に作られた広場なんだよ」
確か作られたのはミリーが学校に入ってからしばらく経ったあたりだったはずだ。ミリーが知らないのも無理はない。
ミリーの手をそっと離して、ミリーの顔がしっかりと見られるように向き合う。
「ミリー、左手を出して?」
「………?」
突然の俺の指示に首を傾げつつも、躊躇うことなく左手を差し出してくれる。 ふわりと揺れた金色の髪がまた可愛らしいし、不思議そうな顔もまた可愛らしい。
俺は今日半日のあいだ懐に忍ばせていた小さな箱を取り出して、その中にあるものを取り出す。そして右手でミリーの左手を下から支えながら、左手でそれをゆっくりとミリーの左薬指に嵌めて行く。
左手を解放すると、思い出の指輪の嵌った薬指には新しい指輪が夕陽を浴びて輝いていた。
新しく買った指輪は、プラチナのリングにダイヤモンドをあしらった世界に一組しかないオーダーメイドだ。 シンプルなデザインでありながら、至る所に職人の技が見て取れるもので、宰相様からのお給料3ヶ月分だ。……貴族のお給料3ヶ月分ですよ?
「うん、似合ってる」
ミリーの顔を見て優しく微笑んでから、腰を落としてその左手に唇を落とす。騎士がお姫様にする誓いのキスのようなものだ。
「あ、あの、あの……」
夕陽を浴びて、ミリーの顔は真っ赤になっている。 まぁ、これが夕陽のせいだけでないのは、彼女の表情を見れば明らかだ。
「ほら、婚約のときは指輪を買ったけど、結婚指輪は買えてなかったでしょ? 遅くなっちゃったけど、良かったら」
「レオ様……。 ありがとうございます!」
ミリーはその碧色の瞳に光の粒を溜めながら、俺の懐に飛び込んでくる。それを柔らかく受け止めて、そっと抱きしめる。
喜んでくれたようで何よりだ。
ミリーの好みを熟知しているとはいっても、やはり不安なものは不安なのだ。一緒に選ぶのとサプライズにするのとどちらがいいのかも悩んだけど、これだけ喜んでくれたのならサプライズにしてよかったな。
ふと、俺の胸に顔をすりつけていたミリーが俺の懐からもう一つの箱を取り出した。
「あの、レオ様も」
その箱からミリーが取り出したのは、サイズの違うもう一つの指輪だ。
「ん……」
ミリーに促されるまま、俺も左手を差し出す。
そして俺の左手の薬指にもミリーとお揃いの二つ目の指輪が嵌められる。
「レオ様も、とても良くお似合いです」
女神のような笑みを浮かべたミリーは、チュッと俺の手に口付けをした。
「ありがとう、ミリー」
ミリーを抱き寄しめてその瞳を見つめると、互いの視線が交わり、どちらともなく吸い込まれるように顔を近づけた。
「レオ様……」
「ミリー……」
お互いの名前を唇で閉じ込める。
どちらともなく相手の舌に自分の舌を絡め、溶け合うように、二人の存在の境目が曖昧になるように、言葉もなく愛を交わす。
二人の境界がわからなくなったとき、二人の唇の間に夕陽を浴びて輝く橋がかかった。
ミリーを抱きしめたまま、その耳元に唇を寄せた。
「これからも、一緒にいよう。 何があっても、いつまでも」
「はい、はいっ。 ずっと、ずっと、レオ様のおそばにいますっ。 大好きです、レオ様っ」
それからは、二人の間に言葉はなかった。
夕陽が地平線に沈み切るまで、俺とミリーは溢れ出すお互いの愛情を確かめ合った。
俺とミリーの存在は、歴史の表側に出ることはないだろう。
だけど、俺たちは最高に幸せだ。
今回のお話で、『物語の裏側で』は最終回になります。
今まで応援してくださった皆様、本当にありがとうございました!
これからも番外編だったり、アフターストーリーだったりを投稿していくつもりです。 もし良かったら、そちらの方も読んでみてください。
最終回まで読んでくださり、ありがとうございました!




