閑話 とある転生者のお話.5
〜アリス視点〜
私とルイス以外、誰の気配もなくなった部屋。
バルコニーから差し込むオレンジ色の光が部屋の中をほのかに照らしている。
その光の当たらない、部屋の中央付近に置かれた丸テーブルの上に、分厚い紙の束が置かれていた。 ついさっき、レオナルドさんが置いて行ったものだ。
何をすればいいのかもわからない私は、その紙に目を向けた。
ページを捲ったわけじゃない。 だけど、さっきのレオナルドさんの言葉もあって、これが何を意味するのか理解できた。
もしかしたら、この世界で一番ゲームの影響を受けていたのは私自身だったのかもしれない。 私は転生者で、ゲームの内容を知っていた。 だからこそ、ゲームの先入観だけで行動しすぎてしまった。
「……ルイス、これって」
そこに記されていたのは明らかに無理な政治を行った証拠。 多少なりとも勉強をしていたから、ここに記されている数値が異常なのだと理解できた。
これが本当なのかどうか、答えの決まり切っている意味のない質問をルイスに投げかける。
「………すまなかった」
返って来たのは肯定でも否定でもなく、謝罪。 だけど、それだけでも私の質問に対する答えとしては十分だった。
「ううん」
悲痛そうな表情をするルイスの顔を見て、首を左右に振る。
「原因は、私にあるから」
意味のない恐怖心を抱いていたから、こんなことになったんだ。
私の抱いていた“ミリアリア”に対する恐怖心は、今では驚くほどに消え失せていた。きっと、さっきのレオナルドさんに向けた彼女の表情を見たからだと思う。
“ミリアリア”は、ゲームの中では一度もあんな表情はしていなかった。 私が知っているミリアリアは、純粋で清らかな狂気を孕んだ存在。 完璧な令嬢。
だけど、さっきの表情は全く違った。トロットロに蕩けきった、恋する乙女の顔。 あんな表情、私にはまったく想像ができなかった。
今になって始めて、この人はゲームとは違うのだと、そう確信できた。そう思ったら、不思議なほどに私の中から恐怖心が消えていった。
「私はね。 さっきの、レオナルドさんの言う通り、アリスになる前の記憶を持ってるの。 私は、死にたくない一心で、ルイスに擦り寄った……。 最低だよね」
私はとんだ悪女だ。
男の人たちの心を弄んで、自分が助かるために利用する。
本当に、最低だよ。
「私のこと、嫌いになったよね。 人生を狂わされて、憎いよね。 私がいなければ、ルイスはミリアリアと一緒に平和な暮らしができたのに……」
私が現れなければルイスは私にこんなに贈り物をすることもなかった。 ヒロインがヒロインのまま、私と言う存在がヒロインに転生していなければ、変な先入観を持たずにミリアリアとも仲良くなれたかもしれない。
───私がいなければ、全て上手くいったんだ。
「本当なら、私の顔も見たくないかもしれないし、殺したいほどだと思うけど……私、頑張るから。 この命に代えても、この国のために尽くすから。 だから、約束だけは、罪滅ぼしだけは、させてください」
ミリアリアの提案した罪滅ぼしは、今になって考えればとてもに重く、辛い。
これだけのことをしたんだ。
私は、一生ルイスに疎まれながら生きることになる。それでも、私は逃げないでルイスの隣に立ち続けなければいけない。 心から愛する人に酷く憎まれながら、そこから逃げることもできないでそばに居続ける。
それに、いままではルイスが手を回してくれていたけど、本来の私の身分を考えればルイスと結婚なんてできるはずない。 私の存在を邪魔に思う人は後を絶たないだろう。
命を狙われても、なんの不思議はない。
好きな人に嫌われ続けて、いつ殺されるのかと怯えて。
私の心は……いつまで正常を保っていられるだろう。
「まったく、アリスはどうしていつもそうなんだ」
ルイスのため息混じりの呆れたような声が、私の耳を揺らす。
呆れられた……。
あぁ、嫌われちゃった。
「君がはじめに何を思っていようと、たとえどんな目的があったにしても、私がアリスを好きになったことは事実だ。 そしてそれは、私自身の意思だ」
「………え?」
予想していなかった言葉に、思わず声が漏れる。
ルイスの声はとても優しかった。
まるで、私のことを嫌いになっていないみたいに。
「それにアリスは、私のことを嫌いではないのだろう?」
「う、うん……」
「だったら問題ないじゃないか。 むしろ、愛想を尽かされてもおかしくないのは私の方だ」
ルイスは自重気味に小さく笑うと、言葉を続けた。
「なんの言い訳にもならないが、私はアリスが初恋だったんだ。 なんとしてもアリスに喜んで欲しい、そう思うあまりに周りが見えなくなっていた。 この書類を見るだけでも分かるよ、自分がどれだけ多くの人を苦しめているのかが。 本当はもっと多くの人が、私のせいで苦しんでいるのだろう。 これはきっと、俺にとっても一生かけても償いきれない罪だ」
ルイスのその言葉に何度も『でも』『だけど』と言う言葉が出かかったけど、結局それが私の口から出ることはなかった。
だって、ルイスは間違いなく自分の意思を持って生きているから。
これがゲームの世界のように、私にしか自己と言うものがなくて、私の行動で世界の全てが決まってしまうなら全ての責任は私にある。
だけど、ルイスにはしっかりとした自己がある。周りの言動に少し左右されても最後には自分で進む道を選ぶことができる。
ここで今回のことは全て私に責任があると言うのは大間違いだ。 悲劇のヒロインぶって、一人で暗い人生を送るのも間違っている。
「だから俺のそばで一緒に、一生をかけて罪滅ぼしをして欲しい」
「………はい」
私にはルイスがいる。
他にも、私の周りには自己を持った人が、それこそ星の数ほどいる。 頼ることができる人たちがたくさんいる。
一人で抱え込まないで、初めから誰かに相談していればよかったのかもしれない。 ミリーさんともちゃんと向き合っていれば、違った関係を築けたかもしれない。
ううん、いまからでも遅くない。
私はまだまだダメダメだけど、いつかミリーさんにしっかりと謝りに行けるように、頑張らないと。
「あのね、ルイス」
「なんだい?」
「その……これからもよろしくお願いします」
大事な部分は王太子に解決してもらいました。
これでアリスたちのお話はおしまいです。
と、予約投稿で書いた文章の後に急いで付け足しを(笑)
ネット小説大賞、まさかの二次選考も突破しました!
活動報告も更新しました。




