第78話 断罪・2
ようやくレオ様のターン!
〜レオ視点〜
「私は、この世界のことを知っていました。 私の世界にあったゲームと、この世界はよく似ているんです」
「どういうこと、アリス? ゲームとはなんだい?」
「私の世界にあった………物語を楽しむためのものかな。 イラスト付きの本みたいなもの。 この世界は、その物語とほとんど一緒だったの」
それからポツリポツリと物語のシナリオを話し始めた。
掻い摘んで話すと、男爵家の隠し子だったヒロインが攻略対象達と恋に落ち、様々な困難を乗り越えて結ばれるのだそうだ。 まぁ、ベタだな。
「やっぱり」
おそらく、様々な困難の一つがミリアリアなのだろう。 話を聞く限り、すべてのルートに登場する悪役らしい。 そしてゲームのミリアリアはヒロインを殺そうとしてきたそうだ。
そして、死にたくない一心でミリーを追い出したということらしい。 他にいくらでも手があっただろうに。 ただ、そこに嘘はないように見える。
「……貴方も、転生者なんですか?」
「あぁ、そうですね。 ゲームのことは微塵も知らないですけど」
ゲームのタイトルも教えられたけど、全く聞き覚えがなかった。 それは俺がそもそも乙女ゲームをやったことも触れる機会もなかったというのが原因かもしれないし、もしかしたら彼女とは似て非なる世界から来たからなのかもしれない。
「そうですか。 それで、私の秘密を暴いてどうするつもりなんですか? ルイスと……引き離すつもりですか?」
「さぁ? それは貴女次第ですね」
「どういう、こと、ですか……?」
ひしと王太子にしがみついたまま、こちらを見てくるアリス子爵令嬢。 どうやら相当、王太子に惚れ込んでいるようだ。 二人の仲を引き裂いてやるのも面白いな。
「この世界はゲームではないんです。 王太子だって万能じゃない。 無理な政治をすれば多くの人が苦しみます。 貴女が王太子様の婚約者になってから、民が苦しんでいるのですよ」
「おい! どうしてアリスにその話を!」
俺の話が急に変わったことに反応して、王太子が声を荒げる。 彼にしてみたら、自分の恋人にそんなことを知られたくないということなのだろう。
いまさら、そんな綺麗事を言っていられる場合でもないのに。
「王太子殿下は貴女へ贈り物をするために、税を取り立てています。 おかげで人々は職を失い、飢餓に苦しむ人や、捨てられる子供が後を立ちません」
自分のせいで孤児が増えたとあっては、たとえ転生者であろうとも自身も孤児であった彼女にとっては大きな問題だろう。 俺の推測では、アリス子爵令嬢はそこまでドライでも性悪でもない。 だからこそ元・日本人として、こういう手はよく効くだろう。
性格が悪い手だし、できればこんな手は使いたくなかったが、これが一番効果的なのだ。 失敗できない以上、出し惜しみをしている余裕はない。 心を抉り、傷口に塩をすり込む。
俺はミリーを守るためなら、鬼にだって悪魔にだってなる。
「貴女のせいで、多くの人が犠牲になっているんですよ。 『死にたくない』それ自体はごく普通の望みです。 ですが、貴女は少しその思いが暴走しすぎた。 その思いのせいで、どれだけの人が死んだんでしょうか。 その人たちも『死にたくない』と思っていたかもしれないのに」
アリス子爵令嬢の心を極限まで抉るように。 トゲのある言い方で、まるで悪役キャラのように嫌味ったらしく言葉を紡ぐ。 やはりアリス子爵令嬢は、『人の不幸は蜜の味』というタイプではないようで、この攻撃はかなり効いているようだ。
「そして、私にとって一番大切な人も貴女のせいで死にかけた」
俺の手招きに応じて、ミリーが部屋に入ってくる。
ミリーにしてみたらもう2度と顔も見たくない2人だろうに毅然とした態度のまま俺の隣に歩み寄ってきてくれる。 しかしその手はわずかに震えていて、彼女の心の内を静かに語っていた。 そんな彼女の腰に手を回して、思いっきり抱き寄せる。
俺の方を見上げてきたサファイアのような双眸を見つめ柔らかく微笑んであげる。
こんな時でもラブラブするのが俺とミリーですけど、なにか?
「ミリアリア……!」
「嘘……」
王太子は驚きと警戒を露わにし、アリス子爵令嬢は驚きとともに恐怖をその色に滲ませている。
「お久しぶりです。 ルイス殿下、アリス様」
対するミリーは、蕩けそうな表情を引き締めて相手をしっかりと視界に収める。 そこにはしっかりと強い意志が込められていた。
うんうん。 俺がさせといてアレだけど、さっきのデレデレな顔だと締まらないもんね。
「私の妻のミリーですよ。 アリス様のせいで危うく命を失うところだった、ね」
「どういう意味だ」
「ミリーは無実なのですよ。 アリス様をいじめたと言う話は、アリス様の自作自演ですね」
正確には、作ったのは彼女自身ではなくてどこぞのゲーム会社なのだろうけど。 まぁ、そんなことは今はどうでもいい。
アインハルトがあらかじめ纏めておいてくれたミリーが無実である証拠の書類をテーブルの上に置く。 もちろん、その中にはアリス子爵令嬢の自作自演であるという証拠も含まれている。
あれはあれで仕事はできるんだよなぁ。
……なんて、少し見直して部屋の隅にいる彼を見るとヘラッとした笑いが返ってきた。仕事“は”できるんだよなぁ。
「そんなことあるわけ「いや、来ないで……!」……アリス?」
俺の言葉を否定しようとした王太子の言葉に被せて、アリス子爵令嬢が声を荒げて蹲る。
「来ないで。 なんで、どうして、いやぁ」
「大丈夫だ、アリス、俺がそばにいる。 こんなに怯えているじゃないか、自作自演なわけがないだろう」
彼女の隣にしゃがみ込み、その背中をゆっくりと撫でながらこちらにキツイ視線を向けてくる。
思っていたよりもアリス子爵令嬢の反応が重症だけど、彼女がミリーに対してなんらかの形で恐怖を感じているというのは想定の範囲内だ。 そもそも、どうやらそれが全ての原因らしいし。
アントワさんの話やミリー、アインハルトなどの本人以外の意見を考慮に入れても、アリス子爵令嬢はミリーに対して並々ならぬ警戒心と恐怖心を抱いていたと想像が付く。
おそらく、ゲーム内での『ミリアリア公爵令嬢に殺される』ということに余程のトラウマがあるのだろう。 そこからくる強迫観念によって、今回の蛮行に及んだというところか。 現実のミリーでは絶対に起こり得ないけど。
どうしてもミリーが手を下さなければいけない時があったとしたら、その時には俺が代わりに殺るし。
「いや、いや、いやイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ否否イヤイヤ否否いや嫌嫌いやいやいやぁぁぁああ!! 来ないで、やめて。 殺さないで、いや、嫌だぁ……」
とうとう耳を塞いで、首を左右に振り始めてしまった。 その姿は実に滑稽だ。
王太子はどうすればいいのか分からずワタワタとし始め、周りの人たちもざわつき始めた。 ミリーも少し動揺しているようだけど、俺は冷静に落ち着いた声で彼女に問いかけた。
「ねぇ、アリス様。 貴女が怖いのは本当に“このミリアリア”ですか?」
「…………ぇ?」
俺の声はこの場において、不思議なほどによく通った。 アリス子爵令嬢はその声に泣き叫ぶのをやめて、ゆっくりと顔を上げる。
「貴女が怖いのは、本当にいま目の前にいるミリーですか?」
アリス子爵令嬢は俺の問いかけに硬直してしまう。
おそらく、言葉の意味を頭の中で整理して、理解しようとしているのだと思う。感情を吐き出したことで、良くも悪くも頭が真っ白になっているようだ。
彼女の眼に映るのは、俺に寄り添うように立つミリーの姿。今回ばかりは互いの腰に手を回したりはしていないけど、自分でもわかるくらいに甘々なオーラを発していると思う。
ゲームでのミリアリア・ルーデインが一体どういうキャラクターなのかは知らない。けれど、ミリーはそんなことは絶対にしない。
ミリーが嫉妬に狂うことなんて、あるはずがない。ちょっと嫉妬することはあっても、狂ったりする暇もないくらいに、俺がミリーを愛しているから。
俺もミリーも互いのことを愛し、互いにその想いに応える。
大切なのは二人の未来。
それを壊してまで望むものは何もない。
アリス子爵令嬢にとって、こんな“ミリアリア”は“ミリアリア”たりえないだろう。“ミリアリア”が想いを寄せる相手の中に“レオナルド”は存在しないから。
もしも俺が“レオナルド”でなかったら、もしも彼女が“アリス”ではなったら。ミリーは“ミリアリア”だったのかもしれない。でも、現実は俺がレオナルドで、彼女はアリスだ。その時点でゲームの世界とは全くの別物。
もしかしたら、王都を追放されなければミリーは“ミリアリア”のままだった可能性だってある。けど、現実はそうはならなかった。ミリーは濡れ衣を着せられ、危うく死にかけた。
だから、これは俺の我儘。
アリス子爵令嬢にはアリス子爵令嬢なりの言い分があるだろうが、俺は彼女を許さない。ゲームの補正力だろうがなんだろうが、ミリーを棄てた王太子を許さない。
「この世界はゲームとは違う。 ミリーは俺のものだ。 貴女を殺すなんてこと、あり得ない」
後半が惚気になりかけてるのは気のせい。




