第8話 新しい朝
ミリーとともに本の配達を終え、俺たちは二人で朝食の準備をしていた。
彼女はいま、俺の横で楽しそうに朝食のスクランブルエッグを作っている。 俺はスープ担当。
夕べはミリーが入浴中に俺が全て作ってしまったから、二人で作るのは今回が初めてだ。
ミリーと迎える三回目の朝。 初日は風呂の前で待機しあうという謎の拷問が行われたが、あれ以来は行われていない。 あの時はミリーの精神状態が不安定であったからであって、今はきちんと節度を守った日常を送っている……はずだったのだ。
夕べはあの後にいろいろあって、あまり寝ていない。 更に朝から本の配達をして疲れていると思うのだが、その顔に疲れの色は見えない。
………念のために言っておくが、行為に及んだわけではない! ただ、ミリーがデレデレで可愛かったとか、俺のファーストキスが奪われたとかそういうのだ。 風呂こそ別だったものの、それに近いレベルかそれ以上だった。
思い出すとまたオーバーヒートしそうだから、割愛させてもらう。 あとはご想像にお任せします。
「私、今の生活がとっても幸せです」
俺の視線に気が付いたのか、滑らかで真っ白な頬を薄紅色に染めて照れ臭そうにそう言った。
それが夕べのことを彷彿とさせ、図らずも心臓が悲鳴を上げ始める。
「お、おぅ。 うん。 俺もミリーと一緒にいられてすごく幸せだよ」
あまりの可愛さに言葉を失ってしまったが、すぐに俺の気持ちもミリーを見つめ返して言葉にする。
才色兼備で純真無垢、それでいて俺に対して強い好意を寄せてくれているミリー。 そんな彼女と一緒にいられるのだから俺は間違いなく幸せ者だ。
出会ってからまだ数日しか経っていないが、お互いがお互いを想い合っているのは間違いない。
「私、生きていて本当によかったです。 レオ様……好き、大好きです」
フライパンから両手を離して抱きついてくる。そしてそのままそっと目を閉じる。
そして、俺もそれに応えるためにミリーの背中にそっと手を回し、玉子の香ばしい匂いとミリーの甘い匂いを感じながら、ゆっくりと顔を近づけ───
───あれ? 玉子の香ばしい匂い!?
「ミリー、玉子焦げてる!」
「えっ!? あっ、ご、ごめんなさい!」
ミリーの後ろに回していた手で慌ててフライパンを火から離す。
よかった。ところどころが炭になっているが、食べられないことはなさそうだ。
「……料理中は、こういうことはやめにしよっか?」
「はい……」
しょんぼりと項垂れてしまうミリー。
もしネコ耳が生えていたらペタ〜んと頭にくっついてしまっているだろう。 こんな仕草ですら可愛らしいが、ミリーにはやはり元気でいて欲しい。
「ま、まぁ、なんて言うか。 そういうのは、他に何もしてないときにしよう。 その方が何も気にしないでいいからさ」
「は、はい!」
ネコ耳がピーンと上を向いた……ような錯覚が見えたような気がする。 ミリーの返事はそれくらいに明るいものだった。
「さて、スープもそろそろ良さそうだし、冷めないうちに食べちゃおっか?」
「はい! それでは、食器の用意をしますね!」
「………」
俺の腕の中から出て、棚から食器を取り出すミリー。
……いや、いい奥さんになってくれると思うよ?
べ、別にさみしくなんてないし! ただ、ちょっとさっきまで人の温もりがあったところが涼しいなぁって思っただけだし!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あのさ、ミリー。 今日のことなんだけど……」
朝食を食べ終わり、一息ついたタイミングで俺は話を切り出した。
「はい、なんでしょう?」
「その、ごめん。 できれば、今日もあまり表には出ないでいてくれないかな。 ミリーが悪くないのはもちろんわかってる。 だけど、街の人がどう思うか分からないから今日一日はここにいて欲しいんだ」
今朝、ミリーと本の配達に向かったとき、思っていたよりも少なかったがチラホラと例の貼り紙を見かけた。
貼り紙を貼った人に悪意はないだろうから、貼っていることについてとやかく言う気持ちはない。 でも、やはり気分のいいものではない。
幸いなことに今朝はあまりそういうのに敏くなさそうなご老人方にしか会わなかったからよかったものの、客足が多くはないとは言っても、ここには老若男女様々な人がやってくる。
そういったことを騒ぎ立てる人がいないとも限らないのだ。
せめて、街の人がどう思っているのかということがわかるまでは迂闊に動かない方がいいだろう。
ずっと一緒にいると約束してすぐにこんなことになってしまって申し訳ないとは思う。だけど、俺には他にいい方法が思いつかない。
「………そう、ですね」
とても辛そうに首を縦に振ってくれる。
その表情に俺も心が引き裂かれそうなほど苦しくなるが、ここは耐えないといけない。
「ご迷惑ばかりおかけして、申し訳ございません……」
今にも消え入りそうな声。
ミリーがそこまで背負う必要はないのに。
純粋で真っ直ぐだからこそ、こういったときは全てを背負ってしまうのかもしれない。
「ううん。 ミリーは悪くないよ。 俺が“未来のお嫁さん”を守りたいって思ってるからやってるだけ。 むしろ閉じ込めるようでごめんね。 何かあったら呼んでくれればすぐにこっちに来るから」
「……はい。 ありがとうございます」
『お嫁さん』と言う言葉に気分が浮上したらしいミリーは、少し明るい声で返してくれた。
「さ、食器を片付けようか!」
ポンと手を合わせて、一際明るい声で促す。
「そうですねっ。 早く片付ければさっきの続きしてくれますか?」
……おぅ、すっかり忘れてた。
そういえばさっきは途中までだったね。
「ま、まぁ、時間が余ったらね?」
「はいっ!」
俺の返事に大きく頷いたミリーは『お嫁さん♪ お嫁さん♪ 』と言葉を嬉しそうに繰り返しながらテキパキと食器を片付けていく。
おかげで時間はタップリと余りそうだ。
え? チョロいって?
誰が?
ミリー?
え、俺!?
いやいやいや、男って皆こんなもんだよね?
美少女に迫られたら断れないよね?
……え?