閑話.とある転生者のお話:3
〜アリス・シリーズ子爵令嬢視点〜
「────であるからして。 歴史を振り返ると、税には常時課せられるものと、臨時で課せられるものの2種類があり────」
黒板につらつらと文字を並べて行くのを必死にノートに書き写しながら、頭の中で内容を噛み砕いていく。
……だ、大丈夫。
まだ、ついて行けてる。
ちゃんと予習したし、うん。
学校の席は自由席だけど、大まかにここは誰の席みたいなのはある。
私の席は一番前の真ん中より少し右側。
将来のために一生懸命に勉強しようとする人も少なくないけど、逆にここまで深く勉強しなくてもいいしっていう人は後ろの方で読書をしていたり、そもそも授業を受けないで優雅なティータイムを送っていたりなんかする。
前世だったら爆睡一択だった私だけど、しっかりとした目標がある今世ではそんなことはしない。 と言うかできない。
王妃様って穏やかに微笑んでるだけじゃダメみたいだし。
ゲームのヒロインもエンディングの後に苦労したんだろうなぁ。
「では、シリーズさん」
「あ、は、はい!」
先生に当てられて慌てて返事をする。
なんでか知らないけど、私は優等生的なポジに収まってしまったらしくよく当てられてしまう。
うぅ……。 こういうの緊張するから苦手なんだけど。
「臨時で課せられる税にはどのようなものがありますか?」
「あ、え、えっと。 『隣国などとの間に争いが起こったときに、国が兵站などを補充するためのもの』『災害などで一部地域に人が住めなくなった場合などに、その人たちに対する保障をするためのもの』などです」
「はい、その通りです」
「うむ、さすがはアリスだな。 賢く美しい」
「も、もう……! 恥ずかしいからやめてってば……」
隣に座っているルイスが私のことを褒めてくれる。
彼も最前列にいるわけだけど、勉強は全部頭に入っているみたいで、基本的に私の勉強を見てくれてる。 ───のは、いいんだけど……私の方ばっかり見つめられると恥ずかしい。
「アリス、今日の放課後はどうするつもりだい? 」
今日の授業が終わると、ルイスがそう聞いてきた。
本当は勉強しないといけないんだと思うけど、最近ずっとそうだし、ちょっとだけ息抜きしたいなぁ。
放課後も勉強とか、前世の私が聞いたら卒倒するレベルだと思う。
「ん〜……。 あ、裏庭でぼーっとしたい」
「あいわからずアリスの言うことは面白いな」
「そうかな……?」
「普通なら、楽団を呼んで音楽を聴きたいとか、読書をしたいとか言うと思うぞ?」
「そ、そうなんだ………」
やっぱり、私はまだまだ王妃様には相応しくないよね……。
それが何と無く、ルイスの相手に相応しくないと言われているようで気分が暗くなる。
「だが、そういうところが私は好きなのだがな」
「ルイス……」
私の目を見て、ルイスが優しく微笑んでくれる。
や、やっぱり言動までイケメンだよ。
「それでは私は少し用事があるから、先に向かっていてくれないか? もちろんすぐに向かう」
「……うん、わかった。 頑張ってね」
「任せておけ。 なに、本当にたいしたことではないんだ。 すぐに向かう」
「待ってるからね」
なんてヒロインっぽい台詞とだよと後から思いながら、木々の隙間から見える空をぼんやりと見上げた。
私もあと半年くらいで卒業。
そうしたらルイスは正式に王位を継いで、私はルイスと結婚する。
頭ではわかっているし、そのために努力はしているつもり。 だけど、まだイマイチ実感は湧かない。
やっぱり、もっと頑張らないといけないのかな。
「すみません。 少しお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「あ、はい。 大丈夫です。 人を待っていただけなので」
不意に声をかけられて慌てて立ち上がる。
「そうですか、それではあまりお時間を取らせてしまってはいけませんね」
そう言って声をかけてきたのは、私と同い年くらいの男の人。 背はルイスと同じか少し低いくらい。
この世界は乙女ゲームの世界だからか美形が多くて、この人もその例に漏れずイケメン。 この世界の基準で見ても高いと思う。 前世の私だったら間違いなく勝手にときめいていただろうレベルだ。
制服じゃないから、新任の先生かな?
来年から採用になるから様子を見に来たみたいな感じかもしれない。
「あ、いえ。 本当にお構いなく」
「私は、宰相様の遣いの者です。 今の学校での生活に何か不満や、希望があれば教えていただきたいのです」
「あ、それはご苦労様です」
腰を折って丁寧に頭を下げる。
我ながら綺麗なお辞儀だと思う。 ルイスに特別に付けられた家庭教師の人の王妃教育のおかげ。
「私などのようなものに、学園に通われるようなお嬢様が頭をお下げになる必要はございませんよ」
「…………? あの、こういう話は失礼かもしれませんけど、宰相様にお仕事を任されるほどの方なんですから、私なんかよりも偉い人なのではないですか? それにここの卒業生さんなんですよね?」
宰相様直々にお仕事を任されるんだから、かなり偉い人なんだと思う。
私は見たことがないけど、学校を卒業して数年くらいかな。 それに、その若さでもう既に一人でお仕事を任されてるんだから、すっごい優秀な人でもあるんだと思う。
私は、乙女ゲーの知識のおかげでルイスと恋仲になれたけど、そうじゃなかったらこの人みたいに若くして仕事をこなすなんてできないと思う。
だけど男の人は気まずそうに口を閉ざしてしまった。
ど、どうしよう。
何か変なことを聞いちゃったかな……。
「ま、まぁ。 深い事情がありまして、私はこの学校へは通っていなかったのです」
「あ、そ、それは失礼しました!」
苦笑いを浮かべながらそう話す男の人に慌てて頭を下げる。
申し訳なさで潰れてしまいそうだ。
細かな事情は知らないけど、この人は私と同じように正式な子供ではないのかもしれない。 それが何かの理由で貴族になって、その優秀さを買われたということだろう。
この人ほどの優秀さがあったら、もしかしたら養子なのかもしれない。
「いえ、ですから頭をお上げください」
「は、はい。 本当にすみません」
「ふふ……」
「あ、あの、なにか?」
今にも泣き出してしまいたい私だけど、逆に男の人はなんだか楽しそうだ。
私を見る目も柔らかいものになっている気がする。
どうしたんだろう?
「これは失礼いたしました。 私の妻に何処か似ていたものですから」
「あ、もう結婚してらっしゃるんですか。 お若い方と思ったのですけど」
ますます凄いよ、この人。
私が言うのもあれだけど、チートだよチート。
凄いなぁ。
私が苦労してる勉強とかも完璧なんだろうなぁ……。
「いえ、私はまだ19ですよ」
え!?
あ、いけないいけない。
あんまり顔に出したら失礼だよね。
老けてるって言ってるようなもんだもんね。
セーフ、今のはきっとセーフ。
「あ、私よりも一つ年上なんですね。 羨ましいです」
「ありがとうございます。 ということは、貴女はこの学校の最上級生の方なのですね」
「はい。 でも、ここには転入して来たので、他の人ほど慣れていなくて……」
「そうなんですか?」
「はい。 それまでは孤児院にいたので」
「……ご苦労なさっているのですね」
私の言葉に今度は男の人の方が労ってくれる。
「いえ。 私なんて先を知っていましたから……」
「先……?」
「あ、いえ、ごめんなさい。 こっちの話です」
あっぶね〜。
口が滑っちゃったじゃないですか。
下手したら変な人認定されちゃうよ。
「そうですか」
「はい。 あ、えっと、何の話でしたっけ」
「あぁ、そうでした。 学校での生活で何かお困りのことはありませんか? 不便で困っていることですとか、イジメを受けたり暴力を振るわれたりですとか」
イジメ、暴力と言う言葉で、ミリアリアの顔が思い浮かんでしまう。 現実のではなくて、ゲームのバッドエンドのスチル。 包丁を片手に返り血を浴びて微笑む姿。
「どうかされましたか? 顔色が悪いですよ?」
「あ、いえっ。 なんでもないです。 ちょっと怖いことを思い出してしまって」
なんで不意に思い出したのかわからないけど、この人にそう言われたらなぜか思い出してしまったのだ。
「何か恐怖を感じるようなことがあるのですか? イジメ、ですとか」
「い、いえ、もう一年も前に解決したことですから」
「そうですか。 それは良かったです」
そう、もう終わったこと。
今さらミリアリアに恐怖する必要はない。
大丈夫。
あの後、ゲームで言うところのエンディングを迎えてから彼女と親しくしていた人たちからは復讐みたいなことを受けているけど、それは仕方がないこと。私が負うべき責任。
「はい。 えっと、あと、いまは特に困っていることはないですね。 お力になれず申し訳ないです」
「とんでもない。 困ったことはないのが一番ですからね」




