閑話.とある転生者のお話:2
〜アリス・シリーズ視点〜
ミリアリアが学校から姿を消した。
私は彼女の断罪の瞬間には立ち会っていない。 ゲームだとルイスたちのそばで、不安そうに、けれども意思の籠った眼でその様子を見つめていたはずだけど、私にはそれができなかった。
彼女が死刑になるルートもあったけど、私にはそれも選べなかった。
人を殺す勇気が私にはなかったから。
人の死の責任を負うのが怖かったから。
私は臆病だ。
それは前世から嫌という程に感じてきた。
前世では人と話すのすら怖かった。
今世でも、ハーレムルートに進んではいるものの、大勢の人に好きだとか愛しているとかいう言葉を、たとえ演技だと割り切ったとしても言う勇気はなかった。
ミリアリアという恐怖が私の前から姿を消してから、およそ一年の時が過ぎた。
ゲームの中で言うところのエンディングも終え、私はルイスの婚約者としての日々を過ごしている。
対して、他のキャラクターとの接点はほとんどなくなっている。
ガウスとはクラスが別だし、ショタっ子は学年が違うし、アインハルトは先生やめちゃうし。
少しさみしいような気もしなくもないけど、彼らは彼らでゲームよりも先の人生があるのだから私がどうこうするべきことじゃないと思う。
ゲームでは語られなかったけど、ハーレムルートでもヒロインは王太子と結婚することになるらしい。
まぁ、それはそうだよね。 位が一番高いのは王太子だし、ヒロインは彼の婚約者ってことになってるもんね。
そのことに私は言いようのない安心感を覚えた。
私はルイスのことが大好き。
これは嘘偽りない、私の本当の気持ち。
ゲームをしていたときからファンだったけど、今世で出会って私は改めて彼に恋に落ちた。
初めは私を守ってくれる盾のようにしか見ていなかったかもしれない。 だけど、私を守ってくれて、私のことを好きだと言ってくれて、私は彼のことが大好きになった。
なんにもできない、臆病でダメダメな私だけど、彼を支えて行きたいと思った。
決意を新たにして、私は教科書を開いた。
私とルイスは今年で学校を卒業する。 そうしたらルイスは王位を継いで、私はこの国の王妃になることになる。
だから、今のうちに少しでも知識を身につけておかないといけないんだ。
教科書の大切そうなところに線を引きながら、この国の有力貴族の歴史を暗記していると、ノックの後にドアが開かれて、ルイスが部屋に入って来た。
貴族の中には王都に屋敷を持っていない人も多くて、イジメや差別をなくすために生徒は全員、学校に併設された量に住むことになっている。 外部からの干渉を防ぐという名目で基本的に学校の出入りは禁止。
本当なら男子生徒が女子生徒の寮に行くこと自体ダメなんだけど、ルイスだけは特別にOKらしい。 王族だからなのかな。
「アリス、失礼するよ。 あ、ごめん。 勉強中だったかな」
こげ茶色の髪に、それに合わせたような琥珀色の瞳。 整った顔立ちは今日も優しい笑みをたたえていた。
髪の色だけ見ると特別目立つというわけじゃないけど、私には彼はいつも輝いて見える。
───私を、恐怖から救ってくれた人。
───私の愛おしい人。
「ううん、大丈夫。 どうしたの?」
「あぁ。 アリス、確か前に指輪を欲しがっていたよね」
「………うん」
……そういえば、そんなことを言ったような───というか呟いた気がする。
婚約指輪みたいなものって憧れるなぁ、って思ってた時に呟いて、それを聞かれたんだっけ。 私とルイスの場合、立場が色々と複雑だったから婚約指輪が作れていなかったんだ。
「これ、君のために作らせたんだ。 遅くなってしまったけど、よかったら受け取って欲しい」
そう言って差し出されたのは見るからに高そうな指輪。 ……しかもたくさん。
金色だったり銀色だったりするリングに、信じられないくらいに大きな宝石がついている。
貴族の婦人が両手にたくさん着けていそうなやつだ。 だけど、キラキラしててとっても綺麗。
私的にはもう少し落ち着いたデザインのものが好きなんだけど……。 これだとちょっと、成金の人みたい。
ま、まぁ、ここぞって大事なときに指先にちょこんと付ける分にはアクセントになっていいのかな?
「え、えっと……。 選んでいいの……かな?」
「いいや。 全部あげるよ」
え、困るんだけど……。
なんて言えない。
彼は完全な善意でそう言ってくれているのだから。
「えっと、でも、悪いし……」
「遠慮はしなくていいよ。 これは全部、君のための特注品だから」
「う、うん……。 ありがとう」
ルイスは初めこそクールだったものの。
最近はちょっぴり残念だ。
もちろん私はそんなルイスのことも好きなんだけど────
「だけどルイス……。 私にばっかり構ってくれて大丈夫?」
「どうしてそんなことを聞くんだい?」
「その……ルイス、王様の手伝いで忙しいんでしょ? 私に構ってくれるのは嬉しいけど、そっちの方が大変なんじゃない? 今年でもう卒業なんだし、そっちも忙しいんじゃ……」
「アリスのことが一番だよ。 心配しなくても大丈夫」
ルイスは今、お父さんである王様の元で仕事の手伝いをしていると本人が言っていた。 勉強をしっかりとこなしつつ週の半分くらいは隣の王城に出向いているから、本当はとっても忙しいと思う。
政治とかはよくわからないけど、ルイスが大丈夫だと言うなら大丈夫なのかな。 ダメダメな私とは違って、ルイスは頭いいし。
……私ももっと頑張らないとダメだなぁ。
私は最近、王妃教育を受けるための先生をルイスにつけてもらっている。
この国の王妃様のお仕事は、まず第一が王の子を産むこと。 もしも産めなかったら側室を娶ったりしないといけなくなるらしい。
次は、国王とは違う立場でを支えること。 国民の心の支えになって、悩みを聞いたりして少しでも不安を軽減することなど、国母としてみんなのお母さんみたいに振る舞うことだ。
この二つが王妃様に求められること。
一見簡単そうだけど、二つ目には幅広い知識が要求される。
ときには困っている国王に助言をしたりもしないといけないから、私はさっきみたいに猛勉強をしているのだ。
対してルイスは、近ごろは学校の授業が終わるとときどき王城に帰っている。
ここと王城は実は隣接しているから簡単に行き来ができるのだ。 私はここに入学してから、ルイスとの婚約の儀以外だと王城に行ったことがないけど、あと一年もしたらあそこに住むことになる。
あ、話を戻すね。
ルイスは王城に出向いてこの国の政治について話し合っているみたい。 流石は次期国王様ってだけあって、ルイスは大忙し。
その話を聞いて、私はルイスが学校にいて、しかも私なんかに構っていていいのかと思ったんだけど『心配しなくて大丈夫だよ』と笑顔で言われてしまったからそれ以来は追求してない。
ルイス曰く、今のこの国の政治は安定しているみたいだけど、私も学校を卒業したらルイスを支えられるようにならないと。
ルイスばっかりに負担をかける訳にはいかないし。
「アリス? 大丈夫?」
「あ、うん。 大丈夫。 ごめん、ちょっとぼーっとしちゃって」
「少し頑張りすぎなんじゃないか? たまには休まないと身体に毒だよ」
「ううん。 ルイスのこと、支えられるようになりたいから」
「ふふ、ありがとう、アリス。 でも無理は禁物だよ、いいね?」
「うん」
そっと抱きしめられて、優しい言葉をかけられる。 すると心と身体が内側から満たされていくような感覚を覚える。
うん……。 私はやっぱり、ルイスのことが大好きみたい。
レオくんとミリーはバカップル。
アリスとルイスはバカなカップル……。




