閑話. とある転生者のお話:1
どこに入れるべきか悩みましたが、ここで差し込みました。
しばらく閑話が続きます。
〜アリス・シリーズ視点〜
私は、自分が前世でプレイしていた乙女ゲーム───【君が僕のお姫様 〜夢の国の恋物語〜】通称『君姫』の主人公、アリス・シリーズに転生したと知った時、飛び上がるほどに嬉しかった。
君姫は異世界を舞台にしたよくある乙女ゲームで、男爵家の隠し子である主人公が『クールな王太子』『教師でもある不思議系公爵子息』『熱血な騎士団長の息子』『ショタっ子な伯爵子息』と恋愛を楽しむものだ。
前世ではコミュ障で、男子と上手く話せなかった私は、学校から帰るなりゲームに熱中していた。
君姫はその中でも特にお気に入りのもので、全てのルートを解放したあとも気に入ったルートを何度もプレイしたりした。
だけどこのゲームはプレイする分には問題はなくとも、実際に自分が主人公になったとしたら絶対に関わりたくない相手がいた。 冷静になるにつれ、私の中にはとある懸念が浮かんできた。
全てがゲームの通りに進むのかはわからない。
男爵に引き取られることなく、私はずっと孤児院で過ごして大人になって行くのかもしれないという、不安。
それとは反対に、もしかしたら、 あのキャラと関わることなくハッピーエンドを迎えることができるかもしれないという、期待。
だけど、私の父親だと名乗る男爵に引き取られ、貴族の学校に入学することになった時には、全てがゲームの通りに進んでいるのだとわかった。
私が転入したクラスには、王太子の婚約者であり、公爵子息教師の妹でもある、ミリアリア・ルーデインがいた。
優しく穏やかで、いかにもお嬢様といった雰囲気の彼女は、その身の上ゆえにマナーなどの身に付いていない主人公を窘めつつ立派な淑女へと導いてくれる。 主人公のお友達────と、初めは誰もが思った。
私もそう思っていた。
あ、この作品にはライバルキャラがいないんだなぁと。
だけど物語を進めて行くと、あることに気がつく。
───彼女は危険だと。
君姫のどのルートを通っても物語の後半に向けて徐々に主人公に対して負の感情を抱き始め、最終的には敵として登場する彼女は、とにかく危険なのだ。
綺麗すぎた。
純真すぎた。
天使のように真っ白な色の彼女は一度そこに黒い色が生じた時、瞬く間に禍々しい色に染まった。 葛藤なんてものはなく、黒一色になってしまう。
どのルートを選ぶのかにもよるけど、彼女はなんだかんだの理由をつけて主人公を殺しに来る。
それはもう貞子か何かのように執念深く。
このゲームはバッドエンド=主人公がミリアリアに殺害されることを意味することから、彼女の執念深さがわかると思う。
王太子ルートは中でも一番バッドエンドが多い。
まぁ、無理もないよね。
大切な婚約者を奪われたのだ、殺したいほどに憎く思うことはあると思う。あれは主人公が悪い。
……流石に本当に殺すのはどうかと思うけど。
だけど、他のルートはとにかく理不尽なのだ。
公爵子息ルートだと極度のブラコン設定だった。『私のお兄様を、奪おうとするなんて……!』みたいな感じ。
騎士ルートだと王太子という婚約者がいるんだけど、本当は幼い頃から騎士に想いを寄せていた、という少し可哀想なヤンデレだった。だからって、殺さないでほしい。
ショタっ子ルートに関しては、『気にいらないから殺す』というとんでもない動機で殺そうとしてくる。ショタっ子を弟みたいに気に入っていたから奪われたくないってことなんだけど、これは本当に危ない人だよ……。
せっかくCVも豪華で、キャライラストも華やかで、ストーリー性もいいのに、そこだけがこの作品の唯一の納得のいかない点だと言っていいと思う。
さらに言うと、声優さんが豪華だったからミリアリアの声が怖すぎた。 演技力高過ぎだったよ……。全年齢対象にしては悪役令嬢が怖すぎる上に残酷な描写が多いということで、初回生産版以降はR15指定が付いていたはずだ。
とにかく、ゲームの中では、ミリアリア・ルーデインはとんでもないメンヘラだったのだ。
純粋な少女の化け物、それが彼女だった。
転入してすぐは、攻略対象のキャラに忍び寄りつつ、しばらくはゲームのストーリーをなぞる形で様子を見ることにした。
もしかしたら彼女だけはゲームとは違うかもしれない。 メンヘラとはほど遠い本当に素晴らしい淑女かもしれない。
それを確かめるために、とりあえずはゲーム通りに行動する。 そう、心の中で決意したものの、私のメンタルは徐々に削られていった。
ゲーム内では主人公がどんな感じで振舞っていたかはわからないけど、あえて周りとは違うことをした。 元日本人な私としては、周りの様子を見て、それっぽいことなら見よう見まねでもできると思う。 でも、主人公は貴族社会とは全く無関係で育ったために、マナーはからっきしダメって設定だったから。
ついでに攻略対象のキャラに忍び寄ったのは私が生きるため。
ヒロインがミリアリアに殺されないで済むのは攻略対象との親密度が十分に上がっていた時だけだ。
親密度が十分に上がっていれば、殺されそうになっても彼らが助けてくれる。 それに、そもそもミリアリアがヒロインを殺そうとする前に罪が露見して王都を追放されたり処刑されたりすることもある。
保険はかけておくに越したことはない。 恐怖で視野の狭くなっていた私には、それ以外に解決方法が見当たらなかった。 ミリアリアと仲良くなっても、ゲームでは結局殺されるのだから、それによってバッドエンド回避は無理だと、そう判断した。
そして私はミリアリアにこっそり呼び出されて、マナーについての注意を受けた。 人気ひとけのない会場の隅、少し薄暗い場所。 後になって考えれば、人前で注意しないというのは彼女なりの配慮だったのだと思う。
「アリス様、確かに社交の場において殿方に話しかけるのは間違ったことではありませんし、人脈を作るのはとても必要なことです。 ですが、あまり妄に話しかけすぎてはマナー違反となってしまうので気を付けてください。 ───あと、何か困ったことがあれば私がお力になりますから、何時でも頼ってくださいね」
それは自体は当然の助言で、とても優しい申し出。 だけどそれは、作中と全く同じ場所で、作中のセリフと一言一句変わらないものだった。
そして彼女は、純真無垢なまるで女神様のような綺麗な笑顔を私に向けた。 その表情まで、ゲームと全く同じだった。
私はその瞬間にこの上ない恐怖と絶望に襲われた。
あぁ……この人もゲームの通りだ。
この人は、私を殺そうとする。
『アリス様ぁ。 どうですか、痛いですか? うふふ、いい気味です。 ルイス様を誑かすからいけないんです。 貴女のことはいいお友達だとも思ってました。 できることなら、ずっとそのままでいたかったです。 でも、しょうがないですよね。 私からルイス様を奪おうとするんですから。 私とルイス様はずっと、ずっと一緒にいるんです。 そう誓い合ったんです。 ルイス様は私のもの。 私はルイス様のもの。 私たちはお互いがお互いのものなんです。 だから、貴女には絶対にあげません。 私、以前から警告していましたよね? ルイス様に近づくのはやめてくださいって。 どうしてやめてくれなかったんですか? ねぇ? 挙げ句の果てに貴女は、ルイス様の方から近付いて来たなんて見え透いた嘘を言い出しましたね。 唯のお友達だって、言っていましたけど、そんなの嘘ですよね? 私を騙していたんですよね? 貴女は、最低です。 ───サヨウナラ』
彼女のセリフがスチルとともにフラッシュバックする。
ミリアリアの前では怖すぎて泣くことすら叶わなかったけど、彼女がいなくなってからは目からとめどなく涙が溢れ出た。 足が震え、立っていられない。 呼吸が荒くなり、胸が苦しい。
死の恐怖はすでに一度、身をもって痛感している。
私は、死にたくない。 生きたい。
「どうしたんだ、アリス!?」
「な、なんでも、ない……」
そんな様子を運悪く攻略対象の一人である騎士団長の息子───ガウスに見られてしまった。
「なんでもないことはないだろ!? まさかミリアリアに何か言われたのか!?」
「ほんとに、なんでも、ないの……」
私は恐怖のあまりそれだけしか言えなかった。
もう少し頭が冷静だったら、何か良い言い訳が思い付いたかもしれないけれど、私には無理だった。 声を荒げるガウスに気が付いて近くにいた人がこちらにやって来た。
それからはあれよあれよと噂が一人歩きして、『ミリアリア公爵令嬢に虐められたアリス男爵令嬢が、殿方に泣きついた』という話が広まってしまった。 私が泣いているのを見た人が多かったせいか、その噂の信憑性は高かったらしい。
数日の間、私は体調不良で授業を休んで、寮の部屋のベッドの上で布団に包まって座っていた。 両手で自分の肩を抱き抑えようもない震えに必死に耐えた。
私は一日中、『嫌だ、もう死にたくない』とぶつぶつと呟いていた。 心も恐怖に支配されて、もう私の方が精神的におかしな状態だったのかもしれない。
そして、私が学校に戻った時には噂は取り返しがつかないほどに広まっていた。加えて、私がパーティーの後に数日間も学校を休み、更に帰ってきた頃にはげっそりと痩せ細っていたことが余計に噂の信憑性を高めたようだった。
ゲームとは明らかに違うスタートだけど、こうなったら私が生きるためにはできるだけストーリーに沿ってハッピーエンドを掴み取るしかなかった。
けれど、私は自分を守ってくれる人が一人だけではとても安心できなかった。 だから私は、ハーレムルートに進むことにした。
とにかく私は、自分を守ってくれる人が欲しかった。 恋だの愛だのは、二の次だった。
次々に彼らを攻略しつつ、ミリアリアを学校から追い出すために罪を捏造しまくった。
先生、騎士、ショタ、そして王太子。 ゲームの知識を活かして、私は本来よりも何倍も早く彼らを攻略した。
本来ならばミリアリアとの接点は多かったはずだけど、私は彼女との関わりを可能な限り絶った。
怖かったから。 彼女と話をするだけで発狂してしまいそうなほどに。 姿を見るだけで目から涙が溢れそうになるほどに。
あとはミリアリアを追い出すだけだ。
彼女が近くにいたら私は殺される。 早くしないといけない。 ミリアリアが私を殺しに来るよりも早く、彼女を排除しないといけない。
ゲームの中で、真っ赤な返り血を浴びて微笑むミリアリアの姿が脳裏にこびり付いて離れない。
怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い────
「あ、はは……。あは、あはははははは……」
楽しくもないのに、何故か笑いが止まらない。 なんとしても、ミリアリアを学校から追い出さないと……。
────転入してからおよそ3ヶ月後、ゲームよりもはるかに早いタイミングで、ミリアリアを追い出した。
ようやく私は、ミリアリアという恐怖から解放された。
乙女ゲー転生もののヒロインに転生したキャラってだいたい『私が主役!』って感じですよね。 ────と言うわけで、少し趣向を変えたキャラにしてみました。
ヤンデレならぬ、ヤンデルです。まぁ、自分が惨殺される未来が見えてたら正気じゃいられないでしょうね。
普通とは違う感じにしたかったのですが、無理やりな設定だと感じたらごめんなさい。
ある程度書き始めてからこの設定を思いついたものですから。……具体的にはデート辺りで。
返り血を浴びて微笑むミリー。
……実際からは想像ができない。
まぁ、ミリーはゲームとはかけ離れたキャラです。 ミリーはレオ様一筋ですから。
重度のヤンデレも作者は大好物ですがね!
初期の頃をご存知の方なら分かるかもしれませんが、ミリーは元々は重度のヤンデレにする予定でした。タグにもヤンデレがありましたし。
それがいつの間にか甘々な感じに。




