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物語の裏側で  作者: ティラナ
第三章
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第75話 ピースが揃って

 


 〜レオ視点〜




 俺が神妙な顔で頷くのを確認して、アントワさんはおもむろに口を開いた。


「アリスちゃんは生まれて間もない頃にうちにやって来たの。 彼女は小さな頃からしっかりした子でね、自分よりも大きな子の面倒も見てくたりしてたのよ。 みんなのお姉さんみたいな感じだったわね。 頭も良くてねぇ、勉強も大きな子に混じってもトップだったの。 こういう言い方は好きじゃないけど、『あぁ、こういう子を天才と言うのね』と思ったわね」


「そうなんですか?」


 この話を聞く限りは、男に媚を売るタイプには思えないな。 まぁ、実際に媚を売ったのだから、貴族として引き取られてから何かがあったと見るべきか。

 頭がいい、と言うのは勉強面の話だろうが、話を聞く限りでは勉強以外の面でも頭が良かったのではないかと思う。周囲の面倒を見ていたと言う話もあるし、周りに比べて心の発達が早かったのではないだろうか。

 そしてそのまま大人っぽい子という発達を遂げればよかったのだが、貴族になったことで悪知恵がついてしまったということかもしれない。


 もしくは、孤児院の出身であったからこそ、より上に上り詰めようという欲が人並み以上に強いのかもしれない。

 ハングリー精神が強いのはいいことだと思うけど、人を蹴落としてまでというのはいただけないな。


「えぇ。 あ、でも、少し変わったところもあったわね……」


「変わったところ?」


 アントワさんの呟きにソフィリアさんが不思議そうな声を出す。

 今回は俺を中心に話しているが、ソフィリアさんもミリーもしっかりと話を聞いて、自分なりに考えを巡らせてくれている。


「なんて言えばいいのかしら……。 夢見がち? 『本当に、男爵が私を迎えに来るのかな』とか、『略奪愛とかリアルじゃ無理だよ』とか。 まぁ、年頃の女の子なら誰でも考えるようなことだけど、彼女は顕著だったわね」


 まぁ、それはそれほど珍しいことでもないか。

 俺の街でも『空想の王子様』と『現実の男性』どっちがいいかという議論が行われてたみたいだし。 そう言えば、ミリーがうちにやってきたあたりからその辺の議論がいくらか鎮静化したけどどういうことだろうか?


 あ、ミリーのことと、王太子がバカだったということがわかって、『理想の王子様』派の人たちの勢力が小さくなったのかもしれない。 確かに、物語の王子様がいくらかっこ良くても、現実の王太子がバカだったら少しい嫌かもしれないな。

 それでも、『物語の王子様は物語の王子様!』と主張する人もいるかもしれないけど、向かい風は強いだろうな。 俺はそれはそれで構わない……と言うか、そういう人がいないと本が売れないから是非とも頑張ってもらいたい限りではある。


「あと、何か不思議なことを言っていたわね。 『ハーレムルートは遠慮したいな。 現実だと唯の尻軽女みたいだし』とか、『ゲームの通りに進むのかな』とか、『ミリアリアが私を殺しに来たりしないよね』とか」


「……えっ?」


 自分の名前が出されてミリーが驚きの声を上げる。

 しかし、俺の驚きは彼女のそれよりも大きいと思う。


「……でも、そう口にした後、彼女はいつも決まって悲しそうな顔をするの。『私は死にたくない。このままここで暮らせればいい。ゲームと関係なく生きたい』って、遠くを見つめて頷きながら」


 アントワさんの話に頭が追いつかない。


「その時の彼女の瞳、まるで虐待を受けた子供みたいだったわ。 虐待を受けた子供って心に深い傷があってね、ふとした拍子に自分の命が危険に晒されているように錯覚することがあるのよ」


「……彼女は、虐待を受けていたんですか?」


 俺の問いかけに対して、アントワさんは首を横に振った。


「いいえ、それはないわ。 彼女は物心つく前に孤児院の前に捨てられていたんだもの。 ここにはそんなことをする人もいないし」


 彼女は虐待を受けていたわけでもないのに、ふとした拍子に死の恐怖に怯えていたということか。

 やはり気になるのは……。


「すまない、『げーむ』とは何のことでしょうか?」


「私にもわからないのよ。 ……だから不思議な子」


 ようやく追いついてきたソフィリアさんが疑問を口にして、アントワさんも首を横に振る。

 そう、それが普通だ。

 この世界には前世には存在して今世には存在しない言葉が少なからず存在する。 炭水化物やビタミンなどがその例だ。


 今の話で、バラバラだったピースが組み合わさって行くのを感じる。



 ───この世界には存在しない言葉を、しかし他の世界には存在する言葉を話す子供。


 ───頭が良くて、妙に大人びた子供。



 それは、まるで俺のことを言っているようだ。

 この世界には存在しないはずの言葉をついつい口走ってしまう言葉は俺にだってある。独りごちる時などは特に多いだろう。

 子供の頃から、俺は多くの本を読んでこの世界の知識を身に付けた。同年代の子供と遊ぶこともあったけど、一人でいるときは本ばかり読んでいたな……。

 それは周りから見れば変わった子供だっただろう。



 彼女───アリス・シリーズも、転生者なのだろうか?



 俺自身がそうなのだから、その可能性もあり得なくはない。 だとしたら、彼女が大人びた性格だということも必然的に理解できる。

 彼女は大人びていたのではなく、中身は大人だったのだ。

 だから、言葉さえ覚えてしまえば勉強は簡単だったし、周りの子供も自分よりも実際の年齢が上でも精神年齢は下だったわけだから世話をしていたのも頷ける。



 しかしわからないのは、彼女の口にした言葉の指す意味。


 ────ハーレムルート


 ────ゲーム通り


 ────ミリアリアが殺しに来る


 ハーレムルートなんて、まるでギャルゲーのようではないか。 本編を完結させた後に出て来るようなやつ。

 それにゲーム通り、というのはどういうことだ。

 まさか、この世界がゲーム通りに進んでいるとでも言うのだろうか?

 いくらなんでもそんなばかげたことは……。


 いいや、この際、常識というものはかなぐり捨ててしまえば納得できる。

 彼女の少し前までの状態はまさにハーレム───あれ? ハーレムは男一人に女複数なんだから、逆ハーレムか?───だ。 王太子に、騎士団長の長男、アインハルトに、王宮大臣の次男。 まるで少女漫画のような面子だ。

 これがもしも、物語(ゲーム)の中の話なのだとしたら。

 彼女はこれから起こりうることを知っていたのか……? 男爵家に迎えられるということを。 王太子と恋に落ちるということを。

 でも、この世界が物語の中の話だなんて、そんな突拍子もないことがあるわけ……。


 ────いえ。 私なんて先を知っていましたから。



 そうか。彼女は以前そんなことを口にしていたじゃないか。

 彼女は知っていたんだ、彼女が入学してから起こりうることを。 ゲームの物語(シナリオ)として。

 彼女はゲームの物語の通りに行動して、王太子をはじめとした人たちを “攻略” したんだ。


 ミリアリアが私を殺しに来る、ということはつまりその物語の中ではミリーは悪役のポジションだったのかもしれない。

 だからこそ、彼女は何の躊躇いもなくミリーを追い出した。 王太子たちはまだしも、ルーデイン公爵たちまでもがミリーを助けようとしなかったのはゲームの補正力のようなものがはたらいていたのかもしれない。

 冷静に情報を分析できていれば、ミリーに罪がないことなど誰の目から見ても明らかだったのだ。 それを誰も止められなかったのは不自然すぎる。

 彼女がゲームの通りに動く限り、世界はゲームの通りに動いていたということなのかもしれない。


 なら、そのゲームの物語はどこまで続いているのか。

 少なくとも、ミリーが俺のところに来たのは物語には描かれていない、いわゆる物語の裏側のはずだ。


 ヒロインが追い出した相手が慎ましやかな幸せを得るというのは物語的には少しおかしいだろう。 ヒロインを殺そうとしたのならば尚更だ。

 それに、俺に出会った時の様子も、俺の目から見てアリス子爵令嬢の言動は普通だった。 その時も、俺はアリス子爵令嬢に対して激しい憤りを感じたし、その時の自分がおかしかったとも感じられない。

 俺も物語の中では悪役だという可能性も否定はできないけど、俺自身も転生者。 つまりは物語において俺は異端者(バグ)だ。 俺にもゲームの補正力がはたらくとは考えにくい。


 それに、彼女は俺のことを知らない。

 もしも俺が転生した『レオナルド』というキャラクターが物語に登場するのだとしたら、俺のことを貴族だと考えるはずがないし、俺の年齢を知らないはずがない。

 彼女のリアクションは演技には見えなかったから、知らないフリをしたというのはあり得ないだろう。


 だからおそらく、物語は既に終わっているのではないだろうか。 ミリーを追い出して王太子と婚約をした時点か、それとも学年が上がった時かはわからないけど。


 つまり、幸いなことにこれ以上ゲームの補正力がはたらく可能性は低いと考えて構わないだろう。 実際に、アインハルトの心はアリス子爵令嬢から離れている。

 彼女はもう、物語によって保護されていない普通の人間だ。 間違ったことをすれば叩かれるし、全てが彼女の望み通りに進むとは限らない。


 彼女はもう丸腰だ。

 権力にこそ守られているものの、それは絶対ではない。


 そこにこそ、鉄壁のような守りを崩す隙がある。勝ち目がある。

 もしかしたら、説得をする余地もあるかもしれない。



「これくらいで大丈夫かしら? これ以上の込み入った話はできないわよ?」


 思考の急流の中に浸かって意識が、アントワさんの声によって引き上げられる。

 そう言えば、まだアントワさんと話している途中だったね。

 普通の人だったら、大した話ではなかったのかもしれない。せいぜい、『小さな頃は夢見がちだった』というくらいだろう。けれど、俺にとってはこれ以上ないくらいに有益な情報だ。


「はい。 お話、ありがとうございました。 何かお礼を」


「いいのよ、お礼なんて。 でも、それじゃあ、子供達と少し遊んで行ってもらえるかしら? 男の人が来るのは珍しいから」


「わかりました」


 子供達としばらく遊んでから、俺たちは孤児院を後にした。


 ……ソフィリアさんが、もうキラッキラした笑みを浮かべて子供たちと遊んでいたのは心の内に仕舞っておこう。もう、デレッデレでした。


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