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物語の裏側で  作者: ティラナ
第三章
83/105

第74話 孤児院

 




 〜レオ視点〜




 馬車を街の入り口のあたりで降りて、あらかじめ調べておいた目的の場所に向かう。

 なぜ場所を調べることができたのかというと、シリーズ子爵がこの街の見取り図を年に一度、しっかりと王城に提出していたからだ。 自分の治める街の見取り図を提出するのは貴族の義務の一つなのだが、シリーズ子爵ほどしっかりと提出しているところは少ないだろう。


 余談だけど、俺たちの住んでいる街は王都の衛星都市としての役割が強く、王族の直轄地と言うことになっている。

 ミリーの件で騎士が直接やって来たのもそれが理由だ。本来ならば、土地を治める領主に紙を手渡すことになっている。



「ふむ、おそらくここが例の孤児院だろう」


「ありがとう、ソフィお姉様」


「ここが、そうなんだ……」


 先頭を歩いていたソフィリアさんが立ち止まる。

 今回は相手に無駄な警戒心を持たれないように少数で動くことになっている。万が一に備えて、少し離れたところにルーデイン公爵家の人には待機してもらっているけど、この場にいるのは俺とミリーとソフィリアさんの三人だけ。

 そんなわけでソフィリアさんに先頭を歩いてもらって、俺とミリーがその後ろを並んで歩いているのだ。


 孤児院は古びた一階建ての建物だけど、手入れはしっかりとされているようで汚い感じはしない。 この街は情報通り、水産業で潤っているようで、他の街に比べるといくらか明るい雰囲気だ。


「あらあら、これはこれは、珍しいお客さんね〜」


 建物の前で立ち尽くしていると、庭の掃除をしていた女の人に声をかけられた。 俺たちの倍以上はありそうな妙齢の女性だが、老いなどは感じられない。 むしろ彼女にとって年齢は気品を増すための要素の一つであるかのように、落ち着いた大人の美しさを体現していた。


「お仕事中失礼いたします。 ここがこの街で唯一の孤児院だと伺ったのが、間違いないでしょうか?」


「えぇ、あってるわよ。 うふふ、お若いのにしっかりとした方ね〜」


「ありがとうございます。 少々、お伺いしたいことがあるのですが、今はお時間大丈夫でしょうか?」


「えぇ、えぇ、もちろん構わないわよ。 ささ、三人とも中へいらっしゃい」


「ありがとうございます」


 人の良さそうな笑みを浮かべて中へ招き入れてくれる。子供に好かれそうな優しい雰囲気だ。

 建物の中に入ると、子供達が背の低い机に座って元気に遊んでいた。

 いや、前に少し年上の子が立っているから、もしかしたら勉強をしていたのかもしれない。

 なぜ過去形なのかというと───


「わー、おにーちゃんだれー?」

「おねーちゃん、きれー!」

「こっちのおねーちゃんはカッコいいよ〜!」

「こっちのおにーちゃんもカッコいいよ〜!」


 ────すでに勉強になっていないからだ。

 お客さんは珍しいのか、それとも子供ゆえの好奇心か、俺たちの方にステテーと駆け寄って来て思い思いに話しかけてくる。


「こーら、お客様なんだから大人しくしないとダメよ」


「「はーい!」」


 おててを大きく挙げて返事をする姿はとても微笑ましい。

 うんうん、元気だね〜。


「ごめんなさいね、皆さん」


 奥の部屋に俺たちを案内してから、女性が申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。

 物の少ない簡素な部屋ではあるがみすぼらしくはなく、むしろ美しさすら感じられた。


「いえ、子供は元気なのが一番ですから」

「皆さんとても可愛らしいですね」

「うむ、可愛いな」


「そう言ってもらえると、私も嬉しいわ。 それで、どのようなご用なのかしら?」


 仕草で席を勧められて、奥から順にソフィリアさん、俺、ミリーの順番で椅子に腰を下ろす。

 その後に、ティーセットともに女の人も腰を下ろした。

 女性が席に着いたのを確認してから、ゆっくりと口を開く。


「そうですね。 まずは自己紹介をさせてください。 私はレオナルドと申します」


「レオナルドの妻のミリーです」


「ソフィリア、です」


 俺、ミリー、ソフィリアさんの順番で頭を下げる。

 妻アピールをしてくれるミリー、可愛い。


「あら〜、これはこれはご丁寧に。 私はこの孤児院の院長をしていて、アントワと言うの。 よろしくね」


 アントワさんは人好きのしそうな微笑みを浮かべながら頭を下げてくれる。


「それにしても、ミリーさんもソフィリアさんもとっても可愛いわね。 レオナルドさんも格好いいし。 うふふ、オバさん困っちゃうわ」


「はは、アントワさんも十分お綺麗ですよ」


 アントワさんと社交辞令的な────アントワさんは実際に綺麗だが────挨拶をしていると、テーブルの下で俺の服の袖をチョンチョンとミリーが引っ張った。


「……レオ様、本題」


 ミリーの方に顔を向けると、ジトっとした目で俺の方を見つめてきていた。 その口はいかにも不機嫌ですよと言うように、への字に曲げられている。

 どうやらアントワさん相手にヤキモチを焼いているようだ。


 実はミリー、俺が女の人と親しげに話していると時折こういった表情を見せる。 よほどのお婆ちゃんや子供ともなれば例外だけど、イレースちゃんを筆頭としたうちの常連さんと話す時も、俺の腕に抱きついていたり、その余裕がなければ遠目にこちらをチラチラと伺い見てきていたりする。


 美人でなんでもできるのに、ちょっぴり嫉妬深いミリーです。

 ん?

 もちろんプラス評価だよ?


 今さら珍しいことでもないから、そっと頭を撫でて安心させてあげてから話を進める。


「えっと、この孤児院に、アリスという少女がいたと思うのですが、覚えていらっしゃいますか? 男爵家に引き取られた少女なのですが」


「えぇ、よく覚えてるわよ〜。 あの子は頭が良くてしっかりしててね。 ……そういえば、王太子様の婚約者様も同じ名前だったわね〜」


 頬に手を当てて楽しそうにアントワさんが言う。

 やはりここの出身で間違いないらしい。

 しかし、彼女は王太子の婚約者となった令嬢と自分のところで育った少女とが同一人物とは思っていないようだ。

 まぁ、普通に考えたら孤児院出身の少女が王太子と結婚なんて考えないし、同じ名前の人がいるんだなぁくらいの方が納得がいくだろう。 詳しく調べれば年齢や外見的特徴などから判断は付くかもしれないが、さほど興味がなければそんなものだと思う。

 ミリーの顔を見ても顔色一つ変えなかったところを見ても、この人が貴族の動向に興味がないのは明らかだ。


 そもそも、いくら王太子の婚約者の出身地とはいっても、王都から遠く離れたこの地までミリーの件がしっかりと伝わっているのかも怪しいものだ。

 ちなみに、王太子の婚約者の件については、これでもかと言うほどに本人たちが喧伝しているから知っていたとしても別に驚かない。


「その少女について、教えていただけますか?」


「それくらいなら構わないわよ。 ただ、どうしてそんなことを調べているの? アリスちゃんの不利になることは私は話さないわよ」


「あぁ……、そうですよね」


 このやりとりだけで分かったことがある。

 かのアリス子爵令嬢はこの人に十分に好かれているのだろう。 彼女の人身掌握術がそれほどのものだった、と考えるには少しばかり無理がある。

 おそらく、少なくとも無意識下において人に好かれやすいのだろう。


 しかし、この情報がアリス子爵令嬢を不利にするものかと言われると口を閉ざさざるを得ない。

 この情報はアリス子爵令嬢を断罪するためのものなのだから。


「これで彼女が不利になるかどうかはわかりません。 私はただ、真実を、明らかにするだけです」


 アントワさんに対して嘘を付くことは少し躊躇われた。

 だから、包み隠すことなく真実を話すことにした。

 ミリーを追い出した時点で許せないが、どうにも引っかかるものがある。 これはそれを明らかにするための調査だ。

 彼女の罪が明らかになるのかもしれないし、別の真実が明らかになるかもしれない。


 まっすぐにアントワさんを見つめていると、アントワさんはため息とともに首を横に振った。


「………はぁ、分かったわ。 いいわよ。 ただし、込み入ったことまでは話さないわよ」


「はい。 それで構いません」


 彼女の情報を得られるのはここくらいだ。

 たとえ少ない情報でもあるに越したことはない。

 流石に彼女と同年代のこの孤児院で育った人を探すのは手間がかかるし、当時はその人も子供だったわけだから主観的な意見が大きくなってしまうから情報の正確性は高くない。


 俺が神妙な顔で頷くのを確認してから、アントワさんはおもむろに口を開いた。

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