第72話 この人も頑張る
〜アインハルト視点〜
「そういうわけで、義兄さんには王太子の方に探りを入れてもらいたいんだけど、どうする?」
僕の私室兼執務室にわざわざ足を運んでくれたレオナルドくんは、彼にしては珍しく僕に頼み事をしてくる。
初めて出会ってからずっと彼は僕のことを警戒していた。 僕が変な動きをしないか気を配っていたり、僕の監視についている人たちの監視すらも行っていた。 我ながら信頼のかけらもないなと感じていた。
まぁ、それも仕方がないこと。 一時の気の迷いと言って仕舞えばそれまでだけど、確かな証拠もなしに実の妹を殺しかけたのだ。 人としても、為政者としても、家族としても最低なことをした。
これで何の警戒もされなかったら逆に不気味だ。
「ん〜。 いいんじゃないかなぁ。 でも急にどうしたの? 僕のこと、全然信頼してくれてなかったみたいなのに」
彼に対して腹の探り合いは一切の用を成さない。 それはもう、怖いくらいに痛感している。
むしろ下手なことをして彼の怒りを買うことの方が恐ろしい。 こういう人種のことを、化け物とか傑物とか言うんだと思う。
ほんと、真っ向から敵認定されていなくて良かったと思う。 彼に殺気を向けられた時は生きた心地がしなかったし。
「あぁ……。 今でもそれほど信頼はしてないけど?」
「………僕、泣くよ?」
分かってたけど、義弟にここまでキッパリ言われるとグサッとくる。
「まぁ、自分の行いを考えれば当然でしょ。 ただ、いつまでも警戒し続けても意味がないって思っただけ。 それに、王太子ともアリス・シリーズ子爵令嬢とも親しい義兄さんの立場は貴重だからね。 それを活かさない手はないでしょ?」
「ま、そうなるよね」
彼はいざという時はとても合理的だ。
言ってしまえば、僕のことを使える駒としか見ていないのかもしれない。
それでも裏切る可能性が低いと判断されたということだろう。 その期待に応えるだけの働きをしてやろうじゃないか!
そして、言葉の上だけじゃなくて心から俺のことを兄だと認めさせてやろう!
「それで? 具体的には何をすればいいの?」
「具体的には、王太子の暴走の裏には誰がいるのかっていうのを調べて欲しい。 王太子の独断なのか、アリス・シリーズ子爵令嬢が裏で人を引いているのか、はたまた別の誰かが関わっているのか」
ふんふん。
なるほど、事件の発端がどこにあるのかを探るというわけか……。
確かに、中途半端な位置の人間を捕まえたところで、その黒幕を捕まえることができなければ事件を解決したとは言いにくい。 だったら、黒幕を捕まえる算段が整うまでは他の奴は適当に泳がせておくのが賢明。
この国の次期国王が国民の一人に泳がされているという、王族に仕える貴族としては笑っていられない事態なんだけどね。
「オーケー、分かった。 やれるだけのことはやってみるよ」
「頼んだよ」
レオナルドくんの黒い笑みに、同じく黒い笑みを返す。
さて、それじゃあ本腰入れて僕の方も動きますかね。
そう思って腰をうかせようとすると、レオナルドくんは何故か苦笑いを浮かべていた。
「……まだ何か?」
「いや……。 義兄さんって、普段からこんな感じで真面目ならいいのになって」
不思議に思って問いかけるとそんな答えが返ってきた。
ふむ、ついつい難しい顔になってしまってたかな。 周りを油断させるの半分、この方が面白いの半分で、いつもはヘラヘラだもんね。
ここは彼の期待に応えなければね。
「ふっふっふっ〜。 そこは時と場合によるのだよ、弟くん!」
チッチッチと指を左右に揺らしながらドヤ顔で宣言する。
するとレオナルドくんは徐ろに立ち上がると僕の顔に手を伸ばす。 そのまま頭を鷲掴みにして、ギリギリと力を入れ始めた……!
「んぎゃあ! ちょ、痛い痛い! ほんと、すみませんでした! 調子に乗りました!」
ミシミシいってるから!
頭から聞こえちゃいけない音がしてるから!
僕が涙目で訴えるとしばらくしてから漸く手を離してくれた。 適度な力加減が分かってるみたいだけど、だからこそタチが悪い。
「ねぇ、僕って公爵家の跡取りなんだよ!? 国内有数の貴族なんだよ!? 扱いが酷くない!?」
「酷くない」
「本当に泣くよ!?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さ〜って。 気を取り直してお仕事しますか。 弟くんの信頼をしっかり確保しないとね!」
レオナルドくんとワイワイやった後、僕はさっそく王城にやって来ていた。
こういう時に名門公爵家の跡取り息子って便利だよね。 顔パスで王城に入れちゃうし、こうして廊下をフラフラしてても何も怪しまれない。 もちろん、悪いこともできないけどね。
「あ、やっほ〜! ひっさしぶり〜、ルイスちゃん」
偶然を装ってルイスに遭遇して、いつも通りに笑顔で手を振る。 当然ながら、彼がこの時間にこの場所を通るのは調べてある。
「………」
対するルイスは面倒臭そうにこちらを一瞥すると僕を無視して通り過ぎようとする。
「ちょっと、ちょっと! ねぇ、無視!? 恩師のこと無視するの!?」
慌ててルイスの腕を掴む。
まったく、この子は僕のことを何だと思ってるんだか……。
「はぁ……。 誰が恩師ですか」
「ボ・ク」
「………」
「ちょっと〜、無視しないでって〜」
「何の用ですか? 知っての通り、俺は忙しいんですよ。 遊びたいなら他の人とどうぞ」
「いや、アリスは元気にしてるかなって思ってね〜」
「……アリスはやらねぇよ」
僕の言葉に怒りを露わにしたルイスは敬語をかなぐり捨ててそう宣言してくる。
「ははは、分かってるよ〜。 流石に自分の国の王族から婚約者を奪おうとはしないって。 僕ってそんなに信用ないかなぁ……?」
「まぁ、元気ですよ。 最近は少し頑張りすぎてる気はしますけど」
「そうなの?」
「えぇ、立派な王妃になるんだって意気込んでますね」
なるほどね〜。 少なくとも、ルイスの目の前だと頑張ってはいるのか。
「そっか〜。 アリスらしいね。 頑張ってるならご褒美あげないとかな。 僕も久しぶりに会いたいし。 何か欲しいものとか言ってた?」
「欲しいものですか……」
「どうかしたの?」
「いや、アリスは欲しいものをあれこれ口にしたりはしないですから。 欲しそうな目をしていたりするのを察してあげないといけなくて」
「ふんふん、なるほどね〜」
それが故意なのかどうかも問題だね。
故意なのだとしたらレオナルドくんの初めの読み通り、アリスがルイスを動かしている可能性が高い。 その裏に誰かがいるかは別として。
逆に故意じゃないのだとしたら、すべてはルイスの暴走ということになるね。
「この前も『ログハウスって憧れるよねぇ……』と言っていたんで、今日はその手配をしてあげたくてこうして王城に戻ってきたんですよ」
「へぇ〜、ログハウス」
具体的なものを提示してきたのか……。
これはレオナルドくんも交えて、現時点での情報をすり合わせる必要がありそうだ。
「まぁ、そんなわけで俺はこれで失礼します」
それから少しだけ話した後、ルイスを呼びに来た王宮近衛が登場したことで僕とルイスは雑談を終わらせた。
「え、あぁ、うん。 あはは、呼び止めちゃってごめんね〜」
笑顔を貼り付けて、僕はルイスと別れた。
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