第71話 腹の探り合い
〜レオ視点〜
数日後、俺は再び学校へと足を運んでいた。
もちろん公爵家の制服に身を包み、両手にはミリーからもらった革の手袋を嵌めている。 黒ベースのきっちりとした格好だ。
「こんにちは。お久しぶりですね、シリーズ様」
学校の外れの方、ひと気の少ない廊下で俺はアリス・シリーズ子爵令嬢と遭遇した。 俺は爽やかな笑みを心がけながら、にこやかに挨拶をする。
当然ながら、ここで遭遇したのは偶然なんかではない。
ミリーやアインハルトの証言をもとに彼女のよく使う道を絞り込んだ。
次に、彼女が復讐を受けていると言う事実から、あえてひと気の少ない道は通らないだろう……と、判断しかけて思い直した。 彼女に、それは当てはまらないかもしれないと。
決して被虐嗜好があるだろうと考えたわけではなく、先日の会話の内容から考えるに彼女は復讐を気にしていないのではないかと考えたからだ。
俺が会った時にいたのも、人目につかない校舎裏。 しかも王太子と待ち合わせをしていたとはいえ、一人で無防備な姿を晒すなど嫌がらせをしてくださいと言っているようなものだ。 彼女の真意は読めないけど、ひと気の巣ない道を通らないと言い切ることはできない。
他にも時間や女子寮の位置などを考慮に入れた上で、シリーズ子爵令嬢が通りそうな道を端から見て怪しまれない程度にフラフラしていた。 そうしたら俺の読み通り、シリーズ子爵令嬢が現れたのだ。
こちらの意図に勘付いて近寄ってきたのか、それとも向こうからしたら偶々(たまたま)だったのかは分からないけど、ひとまず接触することには成功したことになる。
「あ、お久しぶりです! えっと……レオナルドさん、ですよね?」
「えぇ、次期王妃様に名前を覚えていただけるなど、光栄の極みです」
わざとらしくない程度に、胸に右手を当てて頭を下げる。 これは王族に対する臣下の礼と同じものだ。
今日の目的は、いくつかの揺さぶりをかけて彼女の本心を見抜くというものだ。
「あの……あまり仰々しくしなくて大丈夫ですよ……? 本当にむず痒いというか、違和感があるので……。できれば、邪険に……というのは違いますけど、普通に接して欲しいです」
眉を八の字にして、ものすごく申し訳なさそうな顔をしながらそう頼んでくる。
王太子の婚約者としての地位に踏ん反り返る気はない、ということだろうか。 芝居がかったところは俺の目から見るには、見当たらないな。
「ですが、シリーズ様は次期王妃陛下でいらっしゃいます。 やがて全ての国民から傅かれることになりましょう。 王族としての威厳を示すためにも、今のうちから慣れておいて損はないかと」
「それはそうなんですけど……」
俺が言ったことは間違いなく正論だ。
国王の伴侶───王妃はこの国の全ての女性の代表となる。 国母として民を労わり、ある種の信仰の対象にすら近い存在になるのだ。
また今回はもちろん違うけれど、女性が王位を継承して女王となった場合は、国母と国王の二つの役割を一人でこなすことになる。 しかも、国王は戦乱時に備えて武術や戦術に通じている必要があり、体のつくり上さらなる苦労を強いられる。 一応、伴侶となった男性が補佐をするけど、男性の国王よりもハードなのは言うまでもない。
そんなわけで歴史を鑑みても、多くの女性王族は王位継承権を破棄して有力貴族のところなどに下っている。
「なんて言うか、敬われるだけの王妃様っていうのもなんだか違う気がして……。 それに私はまだ、敬われるほどの人ではありませんし」
「シリーズ様らしいお考えですね」
確かにたいそうお綺麗な考えだ。
でも言い換えれば、王族としての責任を負う心の準備がまだできていないということでもある。 責任から逃げて、彼女の向かう先にあるのは、一体なんなんだろうか。
「いえ。 でも、私は私にしかできないことを見つけて、頑張っていきたいと思ってるんです。 ほら、私って元々は庶民ですし、中身は全然変わってませんから」
俺の言葉に頬を赤らめつつ、両手を大きく動かして取り繕っている。
「ふふふ、それではあまり畏まった口調はなしということで」
ここで庶民アピールか。
敬意を払わなくていいと言いたいがために口にしただけなのか。 それとも自分は庶民から王族になった稀有な存在だということをここで再確認させたかったのか。
この様子を見るに前者だろう。
やはりどう見ても、腹芸が得意そうには見えない。
……もう一つくらい揺さぶりをかけてみるか。
「そういえば、今日は王太子殿下はいらっしゃらないんですか?」
苦笑いを浮かべながらそう問いかける。
別に常に一緒というわけでもないだろうけど、そういう印象が強いですよという意思を伝える。
「あ、はい。 先日は本当にすみませんでした。 今は王城に出かけているんです」
俺の言葉をどう受け取ったのか、慌てて頭を下げた。王太子の言動についての謝罪だろうけど、その当日にも謝っていたのに今回もまた謝るなんてどういった思惑だろうか。
本当に申し訳ないと思っているのか、そう思わせるためのフェイクか。
とりあえず、笑顔で応対をすることにしよう。
「気にしていませんから大丈夫ですよ。 それにしても、王城ですか? 確か、学校と王城の出入りは禁止なのでは?」
あらかじめ把握している情報ではあるが、知らないふりをして話を進める。
「本当はそうなんですけど、ルイスは次期国王として勉強することがあるらしくて」
次期国王としての勉強、ねぇ……。
「陛下の側についてその仕事の補佐をしているということですね」
「はい。 ルイスも頑張っていますから、私も頑張らないとなんですよ」
ふーん。
さて、彼女のこれは演技か、それとも本物か。
俺の目にはどうにも本物に見える。 本当に王太子が国王の元で勉強をしていると思っているようだ。
王太子が嘘をついているのか、彼女が俺の目を誤魔化しているのか。 後者だとしたらミリーを追い出したこととも辻褄が合うけど……。
「それでは折角の貴重なお時間をこれ以上、奪ってしまうのは申し訳ないですね」
「あっ、いえお構いなく。 私も人と話すのは良いリフレッシュになりますから」
今日はこの辺りにして引き返そうとしたら、逆に引き止められるようなことを言われてしまった。
なんのつもりだろうか……?
俺を躍らせて逆に情報を引き出そうという魂胆か?
まぁ、いいだろう。
こちらとてそう易々と情報を奪われるつもりはない。 真っ向勝負をしようじゃないか。
「そうですか? では、もう少し話しましょうか」
笑顔で答えながらチラリ、とアリス・シリーズ子爵令嬢の髪飾りに目をやる。
細かな細工が施されていて、大粒のサファイアが一粒こしらえてあるバレッタだ。 十中八九、王太子からの贈り物だろう。 子爵令嬢に買えるようなものではない。
「その髪飾り、とても良くお似合いですね。 殿下からの贈り物ですか?」
「あ、これですか? はい、ルイスがこの前プレゼントしてくれたんです。 中でもこれは一番のお気に入りで、最近はいつもこれを付けているんです」
頭のバレッタに手を添えて、えへへ、と照れ臭そうに笑う。 高いものだから気に入っているというわけでもなさそうだね。
「それは殿下もお喜びでしょうね。 自分の贈ったものを気に入ってもらえるのはとても嬉しいですから。 相手が自分の恋人ならなおさらです」
「えへへ、そうですね。 私もプレゼントしたハンカチをルイスが使ってるのを見ると、つい頬が緩んじゃいます」
まだニヘニヘしてるし……。
シリーズ子爵令嬢が王太子のことを好いているのは間違いなさそうだ。 先日のは本人の前だからというのも考えたけど、本人がいないところでもこれだけなのだからまず確定だろう。
「ハンカチをプレゼントしたんですね」
「はい。 王族ともなるとアクセサリーとかってたくさん持ってるとと思うので、普段使いのもののほうが良いかなって。 それに、ハンカチそのものなら私でも買えますし、刺繍も入れられますから」
「物の価値よりも思いを優先されたと、いうことですね。 とても素晴らしいお心だと思います」
ここだけ聞くと実に庶民の女の子っぽい健気な考えだ。
しかし、見方によっては高値のプレゼントに安物───とは言ってもそこそこ高いのだろうけど───のハンカチを返しただけということになる。 思いなどを省けば、得をしているのは明らかに彼女だ。
「うーん。 そうなるのかなぁ……」
俺の言葉に頬を掻きながら少しだけ俯向く。
そのあとしばらく雑談をしたあと、俺は彼女と別れ王城へと戻った。
結局、彼女が白なのか黒なのかは判断がつかなかったな……。
何かに利用されただけの少女だと考えればそう見えないこともないし、様々に策を巡らせる謀略家だと考えればそう見えなくもない。
アリス・シリーズ子爵令嬢から情報を引き出すのは、難しいかもしれないな。
情報を引き出したとして、それが真実かどうかを確かめる術がない。
はぁ……。
次はどこから攻めるべきか……。
お久しぶりです!
予定通り、なんとか帰還しました!
今回からは、感想に再びしっかりと返信していきます!
ここからは物語が佳境に入るということもあり、メンタルを強く持っていこうと思います。
また、次回の更新は4月の3日。そのあとは2日に一度の更新を予定しています。
あと、ちょっとした報告です!
『物語の裏側で』がネット小説大賞で一次選考を残りました。
書籍化はいくらなんでも難しいでしょうが、どうせなら行けるところまで行って欲しいですね。
それもこれも、読者の皆様の応援のお陰です。本当にありがとうございます!
最後に、以前から告知しておりました、『200万PV突破』『50万ユニーク突破』『ブクマ5,000件突破』御礼の番外編に関してはこれから執筆に取り掛かります。
正直、本編が完結するまでに書き終えるか不安ですが、完成し次第投稿していきますので、少々お待ちください。




