第70話 情報整理
〜レオ視点〜
目が覚めたときには、アルコールの残りはなくスッキリとした朝を迎えることができた。 ついでに身につけているものもなかったが、ミリーも一緒だったからOK。
いや、流石に昨日のことはちゃんと覚えてる。
この世界の酒は前世のよりも酔いやすいことがわかったから、それを頭に入れて飲めば記憶が吹っ飛ぶほどは酔わない。 甘々なミリーと蕩けるような時間を過ごしてから、互いに溶け合うように眠りについたわけだ。
今日は代表たちの会議が午後からということで、登城は午後からにするらしい。
そんなわけで、俺も部屋に残ってミリーとイチャイチャ………は、してられないから、屋敷にいてもできることをしている。
服は例の軍服風なやつだけど、手には昨日ミリーからもらったグローブをつけている。トータルで見たらどこぞの元帥みたいだ。……室内で手袋っていうのも変な話かもしれないけど、やっぱり嬉しいからね。
ところで、俺の基本的な仕事場所はお義父様の執務室ということになっている。 その方が色々と都合がいいのだ。
もちろんメインのテーブルは本人が使うから、俺が使うのはサブの少し小さめのやつ。 小さい、とは言ってもそれでも十分な大きさではある。
「王太子とシリーズ子爵令嬢について、少しご相談したいことがあるのですが」
昨日のうちに纏めておいた昨日の情報収集の成果から視線を外し、お義父様に話しかける。
「ああ、どうしたのだ?」
「王太子が今まで要求してきた物品や催しなどを纏めたものはあるでしょうか? なければそういったものが記載されている書類でもあれば俺の方で纏めますが」
「……纏めたもの。 そうだな、過去の議題について纏めた書類があったはずだ。 その会議の時に使った資料に、おおよその要求が記されているだろう」
「それを見せてもらうことは可能ですか?」
「あぁ。 そこの棚の、上から3段目。 右から5、6番目にあったはずだ」
「わかりました。 ありがとうございます」
お義父様に頭を下げてから席を立つ。
書類がどこにあるのかをしっかりと覚えているあたりは流石と言わざるを得ないなぁ。ま、必要かと言われたらアレだけど。
「あったあった」
目的の書類は、本当に言われた通りの場所にあった。
驚いている暇はないから、早速それを手にとって席に戻る。
どうやら、一年ごとの会議の内容が事細かに記されているようだ。 確かに昨日も書記官みたいな人がいたような気がする。
それに穴を開けて紐で纏めて本のようにしたものだ。どうやらこれはコピーらしく、オリジナルは王城にあるらしい。
お、あったあった。
関係のないものも混じっているから、書き出してみるか。
・贈り物用の指輪、16個。 どれも最高峰の宝石と貴金属を使い、一流の職人に作らせた一品もの。
・パーティー用のドレス、3着。 国内最高の生地を用いたオートクチュール。←その後使われた形跡なし。
・大粒のサファイアをあしらったティアラ。台座部分には高純度のプラチナを使用。
・高山地帯でのみ見られる花を使った花束。
その他もろもろ。
「なるほど……」
これでもかってくらい贅沢の限りを尽くしてるなぁ。パンがなければお菓子を食べればいいじゃない、みたいなことを言い出しそうだよね。
でも、なんて言うか人物像がぐちゃぐちゃなんだよな。
ミリーに無実の罪を着せて追い出した悪女。
校舎裏でぼーっとしていた話しやすい少女。
民のことを省みず、贅沢の限りを尽くす傲慢貴族。
それに、いくら媚を売るのが上手いからと言っても、アホ王太子を含めて名だたる名門子息たちが彼女に現を抜かしていたというのも気がかりだ。
彼らだって社交界に出たことがないわけではないはずだから、自分に媚を売ってくる異性が他にいなかったわけではないだろう。 なぜ彼女だったのか。
「やっぱり、王太子とシリーズ子爵令嬢の人柄をもう少し詳しく見てみないとわからないか……」
二人についてよく知っている人物がいればいいんだけど、そうそういないよな。
学校内で情報を集めるにしても、何度も出入りしていては怪しまれるし、外で集められる情報には限りがある。 ミリーは彼女にあまり深くは関わろうとしていなかったらしいし、王太子に関しては真面目で冷静だったと。
さーて、どうしたものか……。
「お父様〜、領地運営の件でご相談があるんですけど〜」
「あっ! いいのいるじゃん!」
資料の束を片手に部屋に入って来たアインハルトを思いっきり指差す。
もう俺の中でこの人に対しては礼儀もマナーもなくていいということになってる。 命を狙わないだけでもありがたいものだと思って欲しい。
「ど、どうしたの」
「ねぇ、後で少し時間いい?」
お義父様に用事だったらしいし、それが終わってからの方がいいだろう。
「え? あぁ〜、うん。 別にいいよ〜?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで〜? 何の話かな? まさか愛の告は………はい、すみませんでした」
なんだか巫山戯たことを言い始めたから、殺気付きで睨みを効かせておいた。
本当にさ、俺はお前のことまだ完全には許してないんだよね。
ミリーが悲しむから何もしないけど、そうじゃなかったら事故に見せかけて亡き者にしてるよ。 見た目は子供な名探偵も流石に異世界には来れないだろうから、上手くやればバレる心配はないしね。
「ルイス・ウォンダランド殿下と、アリス・シリーズ子爵令嬢について教えて欲しいんだ」
「あ〜、そういうことね〜。 いいよ〜」
何処か間の抜けた話し方が相変わらずイラっとくるけど、今はそこに突っかかっている場合じゃないな。
「まずはルイスね〜。 彼は基本的には冷静で真っ直ぐだよ〜。 だけど、アリスのことになると別みたいだよね〜。 恋は盲目ってやつかな、アリスのためなら何だってするみたいな感じかな〜」
……王太子、バカ決定。
昨日の様子を鑑みても、どこに冷静要素があるのかはわからないけど、間違っても王様にしちゃいけないタイプ。恋人を大切にするのはいいことだし、俺もミリーを大切に思ってるけど、そのために他のことが出来なくなるのはいただけない。
この国がなんとか滅びずに残っても、傾国王とか呼ばれるだろうね。
「う〜ん。 アリスの方は、俺からみたら健気な女の子だったよね〜。 屈託のない笑顔のできる、貴族っぽくない子。 基本的に常識的って言うか考えが庶民的で、誰にでも優しい感じかな〜。 努力家で、未来が見えてるのかなってくらいに先を見通す力があったよ。 ま〜、ミリーの件があるから本性はわからないけどね。 ……あ、でも〜、彼女がミリーに向けていた眼差しは本当に怯えてるように見えたよ〜。 それに、ミリー以外の人間にイジメられたって話はミリーが追い出されてからだね〜。それまでは彼女、他の女子生徒との接点自体がそもそも少なかったと思うよ」
「何かの理由で、ミリーだけに対して恐怖感を覚えていたってこと?」
ミリーがアリス・シリーズ子爵令嬢をイジメていたという可能性は全くない。 ゼロだ。 プラスマイナスゼロではなくて、ゼロ。あり得ない。
だから、ミリーに何かをされて怖がっていたという線はないだろう。
ミリーの顔は怖いどころか聖女様みたいに優しさと穏やかさに満ち溢れてるから、感想は人それぞれだと言っても、見た目が怖いというのも考えにくい。
俺が貴族に詳しくなくて、彼女の立場だったら、一番考えられるのは相手の身分が高過ぎて怖いってやつだな。 下手に近寄って何かの間違いで怪我でもさせてしまったら打ち首にされても文句は言えないと考えるかもしれない。
まぁ、もしそれだったら、王太子なんて怖くて遠目に見るのがやっとだろう。 ましてやミリーに濡れ衣着せて追い出そうとか考えないと思うし。
そういえばあの時、顔を青くしながら怖いことを思い出してしまったと言っていたな。
もしかしてあれはミリーのことだったのか?
でも、なんで……。
「それすらも演技だったら恐れ入るけどね〜」
「はは。 ありがとう、参考になったよ」
パズルのピースが集まっているのか、それとも紐がどんどん複雑に絡まって行っているのか。
現時点ではまだわからないか……。
あの少女は、一体何なんだ。




