第69話 昔話
お砂糖補給回、2弾目!
〜レオ視点〜
ミリー手作りの素晴らしすぎる夕食をいただいて、お風呂で汗を流してから、俺たちは部屋でのんびりとしている。
場所は違うが、いつも通りの光景だ。
ただ、俺たちが風呂に入っている間に使用人さんがワインとグラスを用意して置いてくれていた。 きっとミリーが頼んでおいてくれたのだと思う。
コルクをキュッと開けて、濃紫の液体をワイングラスに注ぐ。 アルコールの独特な匂いが鼻をツンとくすぐった。
「そう言えばさ、ミリーもお酒飲めるんだね」
「はい。 嗜む程度ですが」
そう返事をしながら、ミリーはとても優雅な仕草でワイングラスを傾ける。
思いっきり傾けて一気に飲み干さないあたり、飲み物に関するマナーを守っているのだと思う。 俺も下品にならないように気をつけてはいるが、この国の上流貴族のマナーとかは知らないから、今度ミリーの都合のいいときにでも教えてもらった方がいいかもしれない。
「あの、レオ様はお飲みにならないのですか?」
「ん? いや、少しずつね」
ミリーのことを眺めていたら、不思議そうにされてしまった。 嫌そうな顔ではなくて、少し恥ずかしそうな顔をしている。
「あの、もしかして、昨日のことを気になさっているのですか?」
「ん、まぁね。 そんなに弱くはないと思ってたんだけどさ。 大丈夫、少しずつ飲むから」
今回、俺はあまり飲み過ぎないようにしようとペースを抑えている。 この世界のお酒は前世のものよりも強いのだと、今までのことで学んだのだ。
せっかくミリーとお酒を飲むのに酔っ払って意識がなくなってしまったらもったいないから、少しずつ飲んでほろ酔い気分を楽しむつもりだ。 まったく飲まないのは俺もミリーもつまらないしね。
「そうですか」
「うん。 ……あ、せっかくだからミリーの小さかった頃の話とか聞かせてよ」
「私の小さかった頃の話、ですか?」
「そう。 ほら、あんまりそういう話ってしたことなかったでしょ?」
「言われてみればそうですね。 ……あ! そう言えば、昔の姿絵があったかもしれません」
そう言うなり、ミリーはテーブルに置かれていたベルを鳴らす。
このベル、ベッドの枕元だったりテーブルの上だったりといたるところにあるよね。
「どうした?」
そしてベルの音からほとんど時間を開けずにソフィリアさんが部屋に入ってくる。 なんだかんだでこの人もチートだよなぁ。
ちなみに、ソフィリアさんはこの部屋のすぐ近くにある使用人用の私室を使っている。 もともとソフィリアさんが使っていた部屋で、本人曰く『子爵程度の娘が住むにはもったいない部屋』らしい。
レディの部屋を覗く趣味はないから直接見てはいないが。
「私の小さかった頃の姿絵ってあるでしょうか?」
「確か書斎にあったはずだ。 すぐに持って来よう」
「ありがとうございます、ソフィお姉様」
ミリーの言葉を受けてすぐに部屋を後にするソフィリアさん。
ソフィリアさんの今の立場って傍から見てるとかなり不思議だよなぁ。 お姉様って呼ばれてて一見すると姉妹なんだけど、それでいて主従っぽい関係でもある。
ミリーは主従ではなくて育ちの姉妹として接したいみたいだし、ソフィリアさんもそのことにはこの一年で慣れている。
世話焼きのお姉さんとその妹、と言い表すとしっくりくるかもしれない。
そう思いながら一口だけワインを口に含む。
うん、昨日も飲んだけどかなり高級っぽいね。
俺がワインを口にしたのを確認してから、ミリーはおもむろに口を開いた。
「私が本当に小さな頃、まだ他の貴族の子息令嬢の方々との交流がなくて王太子様との婚約もなかった頃は、お兄様とお姉様にベッタリでした。 一人ではどこにも行けませんでしたから、二人に手を引いていただいてばかりでした」
「そうなんだ」
ソフィリアさんと仲がいいというのは今の様子からでも想像が付くけど、アインハルトともというのは意外だな。
いや、ミリーのことだから仲が悪かったということはないだろうとは思っていたけど、兄妹仲が良かったのなら……と、思ってしまうこともなくはない。 今頃は父親に代わって公爵家としての仕事をこなしているだろうヘラヘラした男のことを思い浮かべる。
「はい。 お兄様にはお勉強などを教えていただいていましたし、お姉様にはよく中庭で遊んでいただいていました。 私、小さな頃は活発だったんですよ」
ソフィリアさんとよく遊んでいたという話は前にも聞いたことがある。
小さな頃から勉強をしていたというのはさすがミリーだ。 小さなミリーがペンを持って勉強をがんばっている姿を思い浮かべると思わず頬が緩む。
すると、木のドアがノックされソフィリアさんが入ってきた。 その手には卒業証書のような本が数冊抱えられている。
「ミリー、あったぞ。 これで大丈夫か?」
「はい。 ありがとうございます、お姉様。 お姉様もご一緒にいかがですか?」
「いや、私はもう寝させてもらうよ。 もちろん何かあったら呼んでくれ」
「わかりました。 それでは、おやすみなさいませ、お姉様」
「あぁ。 おやすみ、ミリー」
「おやすみなさい、ソフィリアさん」
「おやすみ。 ……ほどほどにしろよ?」
「ははは………」
ソフィリアさんにジト目でそう言われると笑うしかない。
彼女には今朝、迷惑を掛けたばかりだからね。
そしてしっかりと返事ができないのも、申し訳ないが。
「レオ様♪ これは私が5歳の頃の姿絵です。 ちょうどソフィお姉様がお屋敷にやって来た頃ですね」
「か、可愛いね」
そう言ってミリーが見せてくれたのは、ぬいぐるみを抱えてちょこんと椅子に座ったロリな少女だった。
下の方で二つに纏めた髪は、まだ癖が出ていないのかストレートだ。 ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめている仕草は大変いじらしい。
………幼女趣味に目覚めそうなほどに可愛い。
「ありがとうございます♪ 先ほどの話はこの頃だと思います」
「へぇ〜」
ソフィリアさんの後ろをヒヨコみたいについて歩くロリなミリーを妄そ………ぐはっ。 凄い破壊力。
「あっ♪ こちらは8歳の頃ですね。 王太子様との婚約が決まったのはこの頃です」
「………ふーん」
オモシロクナイな。
ミリーにその気がなかったというのは聞いているけど、あんまり気のいいものじゃないよね。
「うふふ。 レオ様、ヤキモチを焼いてくださっているのですか」
珍しく、ミリーがイタズラっぽく俺を揶揄うような笑みを浮かべてくる。
ふふ、それじゃあその期待に応えてあげないとね。
ミリーの身体を抱き寄せて、その耳元で囁く。
「うん、ミリーに婚約者がいたなんて許せないよ。 ミリーは俺のものなのに、ね?」
「ひゃう……!?」
ピクンと体を跳ねさせて可愛らしい声を上げるミリー。
この子に小悪魔系のことは難しそうだな。
「まったく。 ミリーから仕掛けて来たんだから、逃げちゃダメだよ?」
「はぅ〜……」
耳まで赤くしていて、色っぽく半開きになってしまった口から湯気でもあげそうだ。
「よしよし。 こっちは……10歳のやつ、こっちが12歳のやつだね。 もう大分いまのミリーに近づいて来たね」
頭を撫でながら、他の姿絵に目を向ける。
この頃になると髪の毛に癖が出始めて、フワフワとしたウェーブができてきている。
「んにゃぁ……。 胸が大きくなり始めた頃ですね」
「そ、そうなんだ」
可愛がり過ぎたせいか、アルコールが回ったせいか、トロトロになったミリーが色っぽい。
「はい。 あと、学校に入学したのも12歳のときですね」
「12歳からなんだもんね」
「全寮制で家族ともあまり会えなくなっていたんですよね」
「そっか、大変だったね」
「初めの頃は辛かったですけど、同じ不安を抱えた人が他にも大勢いましたから。 それに、そのおかげで今はこうしてレオ様のお側にいられるのですから、頑張った甲斐がありました」
俺の腕を抱き寄せて頬を摺り寄せてくれる。
「ふふ、ミリーはお酒を飲むといつもよりも甘えん坊さんになるのかな」
「そうかもしれません。 ……ご迷惑ですか?」
「そんなことないよ。 ミリーだもん」
「レオ様も一緒に酔っ払っちゃいましょう?」
「可愛いなぁ。 そうだね。 それじゃあ、そうしちゃおうかな」
こんなに素敵な奥さんにそんなこと言われたら断るなんてできないよね。
ワイングラスに手を伸ばそうとすると、その手をミリーに取られてしまった。
「……んん〜」
唇を尖らせて、こちらを向いてくるミリー。
え、エロい。
「ん? キス?」
「んん〜」
俺の問いに首を横に振る。
どうやら違うらしい。
しかし、ミリーはそのまま顔を寄せて唇を俺の唇に重ねる。
「……ん?」
なんだ、やっぱりキスなんじゃないか。
「ん ♪ んむっ……」
ミリーの舌が入ってきたかと思うと、それと一緒にワインが口の中に入ってきた。
よ、要するに口移しですか。
「ぷはぁ……。 美味しいですか、レオ様?」
俺から少し顔を話してにっこりと微笑むミリー。
「いや、もう味なんてわかんないよ」
「それじゃあ、もう一回……」




