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物語の裏側で  作者: ティラナ
第三章
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第67話 怒りの向こう側

 



 〜レオ視点〜




「アリスにナンパとはいい度胸だな。 王太子である私の婚約者に手を出すことがどういうことか、わかっているのだろうな」


「………は?」


 ちょっと待て!

 いま、この少女のことをアリスって呼んだか!?


 ってことは、まさか、いままで話していたこの少女がミリーに濡れ衣を着せて追い出したアリス子爵令嬢ってことか!?


「その服についている家紋、お前ルーデイン公爵家の者だろう? 一体なにをしに来た」


 俺の服を見て、怪訝そうな顔をする王太子。

 だけど、今はそんなことはいい。 こいつが、こいつらが……!


「ちょ、ちょっと、ルイスっ。 いくらなんでも失礼だよ!? この人はお仕事でここに来て、たまたま私と話してただけなんだから」


「ふんっ、どうだかな。 もともとアリス目当てでここにやって来たのかもしれない」


 激怒を通り越しているのに、俺の頭は怖いくらいに冷静だった。 頭に血が上ることも、殺意が暴走することもなく、冷静に分析をする。

 俺は元々、怒ると冷静になるタイプだ。スゥと心が芯まで凍りつき、その氷が殺意となって相手に突き刺さる。

 しかし、今回は氷の殺意が相手の方に飛んで行かない。まるで俺自身が氷像にでもなったかのように、ただただ冷静に現状を把握することができた。


 目の前のこの少女が、アリス・シリーズ。王太子を呼び捨てにしているあたり、本人である可能性はかなり高い。

 何らかの理由で替え玉を使っている可能性もゼロではないけど、俺がここを訪れたのは気まぐれみたいなものだし、この場所でこの少女と出会ったのだってついさっきのことだ。 王太子が何らかの機転を利かせてこの少女をアリス・シリーズ子爵令嬢に仕立て上げているのだとしても、現時点ではその意味がない。 それに、この王太子の様子は完全な嫉妬だ。

 少女は人を待っていると言っていたし、その待ち人が王太子だったとすれば辻褄は合う。

 こちら側、つまりは俺と宰相の繋がりとその動きが筒抜けになっていたのなら俺の行動を先回りするということも可能だろうけど、それは考えにくい。

 確かに、俺自身は自分の存在を隠そうとはしていない。 さっきだって堂々と宰相の執務室から出てきたし、何よりこの服には公爵家の家紋が入っている。誰が見ても一目瞭然だ。

 王城内、もしくは王都内に王太子に情報を送っている密偵がいるのだとしても、俺と宰相の考えや目的、これからどう動くかなどは予想しようがない。


「ルイス、それはいくらなんでも考えすぎだよ」


 あとは考えたくはないが、ルーデイン公爵家の中に王太子たちと繋がっている人がいる可能性だ。 しかし、俺がやって来たことは知ることができても、今後の予定に関しては知る由もない。 一部、ジリーアスさんを含めたルーデイン公爵の側近らしき人たちなら部屋の中や部屋の外に待機していたけど、屋敷の執務室や王城の執務室に常に誰か特定の一人がいたわけではない。

 集団での裏切りをして、こちらの情報を纏めて照らし合わせないとここまでうまく先を読めるほどの情報は集まらないだろう。

 アインハルトに関しては、俺はあまり信用をしていないから、あまり近くには寄せ付けていない。それに彼の行動は公爵や使用人たちの監視──と言っては少し仰々しいが──の下にあるから、迂闊なことはできない。

 つまり、王太子の人間がこちら側の動きをあらかじめ掴んで先手を打ったという可能性は、ほとんど机上の空論に過ぎない。


 最も現実的なのは、この少女が本当にアリス・シリーズ子爵令嬢その人で、王太子と校舎裏でイチャイチャでもしようとしていたところに俺が鉢合わせてしまったというものだろう。

 なんともマヌケな結論だが、これが一番現実的だ。


「アリスは優しすぎるんだ。 宰相の遣いなのだろう? 何の用だ」


 あともう一つは、この少女が始めから俺に対してのみ、もしくは誰に対してでも演技をしているのかということだ。

 俺に対してのみだった場合、おそらくは俺の服についているルーデイン公爵家の家紋を見て判断したのだろう。 ミリーの兄、アインハルトも彼女の取り巻きの一人だったそうだけど、去年度の末に学校の教師をクビになっている。

 こうして一人で仕事を任される人間だから、それなりには宰相の信頼があると判断して俺を取り込もうとしたとも考えられる。 宰相の家であるルーデイン公爵家の内部情報は貴重なものだろうからね。 利用価値はいくらでもある。

 誰に対してもだった場合、その演技力と体力には舌を巻かざるを得ない。 常に気を抜くこともできないで何かを演じ続けるなんて芸当、俺には無理だ。


 しかし、俺の目から見た限りでは少女は演技をしているようには見えない。 むしろ、そういった腹芸は苦手そうに見える。

 もちろん、気付くこともできないほどに上手いということも考えられるけど、それほどの相手なら勝ち目はほとんどないと言ってもいいだろう。

 相手の本心を見抜くには、相手よりも言葉のやり取りや細かな仕草の観察に長けている必要性がある。しかし、相手が何かを隠しているかを見抜くのは実力の差が広くなければ可能だ。 事実、宰相の考えや思考までは読めなくとも、感情を見抜くくらいならできた。 これはある意味、商売人としての経験もあるかもしれない。

 彼女が俺も目を誤魔化せるほどに演技を上手く隠しているのだとしたら、彼女はこの国の宰相ですら敵わない怪物ということだ。 ミリーを追い出した手腕は見事だけど、それほどの人物なのだろうか……?


「もう、ルイス! あの、本当にごめんなさい」


「………お前は俺よりもこの男を信じるのか?」


「そうじゃないよ! 私はルイスのことを信じてる! ………って、なにを言わせるの!?」


「はは、照れるアリスも可愛いよ。 わかった、今日はここまでにしておこう。 おい、さっさとここから去れ」


「わかりました」


 目の前でのイチャイチャ具合を見る限り、そういった怪物には見えないな。 だとすると、この少女も誰かに踊らされていたという線も考えに入れたほうがいいかもしれない。少なくとも、ミリーを追い出した計画はこいつらだけでは成功させることはできないだろう。

 ある程度の分析を終えた俺は、BGM代わりにしていた彼女たちの言葉に返事をする。少なくとも、今までの言動を見ても、彼女が本物であることはまず間違いなさそうだ。


 慇懃に頭を下げてから、俺は彼女たちから離れた。 


 それにしても……人前であんなにイチャイチャして、恥ずかしくないんだろうか?


 ……え?

 なに?

 人のことを言えない?

 ………なんで?




 まぁ、いいや。

 情報収集としてはこれ以上ないくらいにいい収穫が得られたんだけど、このまますぐに引き返してはいくらなんでも怪しまれる。

 王太子は俺に対する警戒心むき出し。子爵令嬢は一見すると無害な少女に見えるけど、だとするとどうしてミリーを追い出すに至ったのか見当もつかない。


 ここはひとまず、もう少し情報収集をしてから帰った方がいいだろう。


「あの、すみません。 お話いいですか?」


 校舎の外を歩いていた男子生徒に声をかける。

 服の上からでもわかる引き締まった体をしているから、騎士志望の生徒だろう。


「ん、俺か?」


「はい。 私は宰相様の遣いの者なのですが、学校内で困ったことなどがないかを聞いていまして」


「あぁ、それは大変だな。 困ったこと……、そうだな」


 顎に手を当てて考え込み始める騎士くん。

 かなり真面目そうだし、いい答えが聞けそうだ。

 子爵令嬢か、王太子関連の情報が出てくれるとありがたいな。


「最近、自分の想いを寄せていた相手が別のクラスに行ってしまったこととかはどうだ?」


「…………」


 誰だ、いい答えが聞けそうだとか言ったやつ!?

 かんっぜんに普通の高校生じゃん!

 いや、本人にとっては重要な問題なんだと思うよ?

 思うけどさ!


「あとはそうだな……その相手が自分では手の届かない相手と婚約してしまったとか、自分がそれを素直に喜べないこととか」


「………えっと。 そうですね、ありがとうございました」


 あぁ……。

 こいつダメだ。

 そういうのは別のところでやってください。

 青春ラブコメですよね。


 大丈夫。

 多分、密かに想いを寄せてくれていた幼馴染とかが出て来てくれるから。 相談はその子に乗ってもらって?

 その流れで告白してもらえると思うから。


「あとは……。 あぁ、学校にいると外の情報が得にくいということだな」


 こっそりとため息をついて踵を返そうとした時、騎士くんがボソリと呟いた。


「そうなんですか?」


「なんだ、知らないのか? ここは外部からの力が働きにくいように、内外の連絡は制限されているんだ。 校内で行われる社交パーティーなども、学園の生徒のみで行われるからな。 良くも悪くも外界から切り離されているというわけだな。 そこをどうにかして欲しいのだが」


「ご意見ありがとうございます。 しっかりと有効活用させていただきます」


 これは案外、いい情報だったかもしれない。

 内部にいると外の情報が手に入りにくい、か。

 確かに、ここは全寮制だと聞いたから、あり得る話だね。

 王太子はともかくとして、例の子爵令嬢は外の様子をどこまで知っているのか。

 調べて見る必要があるかな……。


「いや、気にしなくていい。 むしろ、こうして意見を聞いてくれることには感謝している。 それでは、私は剣術の訓練があるので失礼する」


「はい。 ありがとうございました」


 騎士くんに頭を下げてから、俺はその場を後にした。




 そのあとに何人かから情報収集をした結果、面白いことがわかった。

 ミリーを追い出してしばらくしてから、(しん)ミリー派の人たちがアリス子爵令嬢を陰でイジメているらしい。どういうわけか、本人はそれを王太子たちに告げることはしていないようだけど、嫌がらせをする側は王太子を恐れてか大っぴらには行っていないようだ。


 しかし、本人はイジメ……というか困ったことは1年前に終わったと言っている。

 その困ったこととはミリーのことだろう……。


 もう、わけがわからない。

 何がどうなってるんだよ……。

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