第62話 真面目なお話………?
〜レオ視点〜
俺たちは再び王都のルーデイン公爵家の屋敷に戻ってきた。
既に時間も時間だからミリーには部屋でゆっくりしてもらっているが、俺はシュヴァルツさんに呼び出されて、彼の執務室で向かい合って話をしていた。
「さて、改めて君の立ち位置と頼みたい役割について説明をさせてもらおう」
俺の向かいに座ったシュヴァルツさんが紅茶を口にしてから話し始めた。
「君……いや、これでは人が多いところではややこしいな。レオナルド君と呼ばせてもらっても構わないだろうか?」
他人行儀な呼び方に違和感を覚えたのか、そう提案してくる。
「えぇ、もちろん。 俺の方はなんと呼べばいいですか。 流石にお義父様というのはまずいでしょう?」
「あ、あぁ……。いや、悪くないな。 別に、私的な場ではもちろん構わんぞ。 それで、そうだな。 私はルーデイン公爵と呼ばれるのは好きではない。 屋敷の外では宰相と呼んでもらえればありがたい」
冗談半分に言ったつもりだったのだけど、普通に受け止められてしまった。
え、なに?
これって本当にお義父様と呼ばなきゃいけない感じ?
け、結婚とかそもそも初めてだし、どうすればいいのか分かんないんだけど。 ミリーに後で相談しとこう。
「わかりました、宰相様」
とりあえずは宰相様で。 お仕事の話だし。
「うむ。 さて、レオナルド君の立ち位置についてうまくて手回しができたから、改めて話させてもらう。 レオナルド君には申し訳ないが、私の隠し子ということになる。 もちろん表立って公表するつもりはないし、家の問題について他の家がそうそう介入してくることもあるまい」
「隠し子って、都合のいい立場ですね」
戸籍制度のしっかりしていないこの世界では、かなり幅広く使えるな。
これが学校に入学させようと思ったり、結婚するときとかだったら、いろいろと問題は出てくるのかもしれないけれど、隠し子自体は貴族社会だとそんなに少なくないらしいし。
完全に見捨てて縁を切ってしまうことあるらしいけど、中には使用人───付き人としてそばに置いておくことも少なくないそうだ。 例の男爵家のように貴族の学校に入学させようというのはまずないらしいけど。
ある意味では、その男爵は娘想いだったのかもしれないな。 俺にとっては迷惑この上ないけど。
「……まったくだ。 シリーズ家もいまでは子爵家まで上り詰めおったわ」
「ははは………」
マジですか。
シリーズ男爵家とは、ミリーを追い出した令嬢の家だ。 いまでは子爵家か。 ソフィリアさんの家と同格だな。
アリス・シリーズ。
それがその令嬢の名前。
彼女が王太子の婚約者まで上り詰めたことにより、自然とその家の発言力も強くなり、周りがその家に媚を売り始めて家が力をつけたということだろう。
爵位を貴族に与えているのが基本的に王族、要するに王太子だというのも理由のひとつかもしれないけど。
「いかんいかん、話を戻すぞ。 私は公爵家の次期当主はアインハルトに譲るつもりで、君にはその補佐についてもらいたいと思っている……という設定だ。 レオナルド君を貴族社会に巻き込むことは約束通り、これから先、ないと誓おう」
「ん、まぁ、家族付き合いはお願いしますね」
貴族社会の面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだけど、たまにはミリーを家族に会わせてあげたいからね。
「それは言わずもがなだ。 それで、君に頼みたい仕事だが表向きは私の付き人、つまりは私の補佐だな。 だが、君の自由は私が保障する。 私に助言をしてくれれば、あとは君は王城では自由に動いてくれて構わない」
「いや、王城で自由にしちゃっていいんですか?」
俺が……お、お義父さん───あれ、ここは宰相様でいいのか?───に助言するべきことがあるのか、というツッコミはしない。
彼だって人だし、ミリーの件がある以上、どんなとんでもないミスをするかわからないからだ。 そのミスを防ぐのが俺の役目の一つ。
もう一つの役目のためには確かに自由に動けた方がいいのは事実だけど、王族と一部関係者以外立ち入り禁止の場所とかあるんじゃないの?
「本当は良くないのだがな。 娘に対する罪滅ぼしでもある。 君が何か騒ぎを起こせば間違いなく私の首が飛ぶな」
あ、要するにかなりギリギリなラインってことか。
宰相である彼ならばたとえ王族の居住区域だろうが、入ることはできるだろう。 だけど、その従者となると宰相様がそばにいないとギリギリってことね。
どっちかというとギリギリアウトって感じがするけど。
「ま、安心してください。 あなたのことを完全に許したわけではないですけど、昔のようには憎んでませんし、何よりミリーが悲しみますからね」
「それは頼もしい。 娘をよろしく頼むぞ」
「言われるまでもありませんよ。 それで、俺は王城で税金の無駄遣いの証拠を上手く集めて、王太子をギャフンと言わせればいいわけですよね」
「あぁ。 王族の力が強いとは言っても、王太子である彼のそれはまだ絶対ではない。 アリス・シリーズ子爵令嬢の身の回りを調べて、無駄使いを指摘すれば王太子も何も言えないだろう。 更に……これは余裕があればでいいが、シリーズ子爵令嬢に近寄り、殿下のことを戒めるように説得してもらいたい」
「それはまた……」
なんて無理難題を。
ミッションの難易度が高い上に、主犯を目の前にして冷静でいられるのかって問題もあるからなぁ。
「余裕があればでいい。 無理をする必要はないが、近ごろの殿下の様子を見る限りそれが一番確実だと判断したのだ。 あとは君の目で見て判断をして欲しい」
「わかりました」
宰相様の言葉に神妙に頷く。
臨機応変に対応するしかないということか。
「ですが、学校への出入りは基本的に認められていないと聞きましたが?」
そう、学校は万が一にも誘拐事件なんてものが起こらないように、出入りが厳しく制限されていたはずだ。
「なに、例外はあるということでもある。 許可証をあとで発行しておくから、必要になったら使ってくれて構わない」
「………どうも」
いや、そんなに簡単に発行していいものじゃないんじゃない? それ。
「さ、固い話はここまでだ。 どうだ、一杯」
足を崩して、使用人に酒を持って来させるお義父様。
さてはこの人、初めから話が終わったら酒を持ってくるように言ってあったな。
「………俺、結構前に酒で失敗したんですよね」
一年前の野外プレ○事件を思い出す。
酒に弱いとは思っていなかったのだけど、あれ以来どうも酒を飲む気になれない。
「はは。 まさか、ミリー以外の者に手を出したのか?」
「いえいえ、そんなことあり得ませんよ。 ただ、ミリーに無理をさせてしまったので」
「なんだそんなことか。 私だって若い頃はそれくらいの経験はあるわ。 アルティが翌日動けなるなったこともあったぞ。 なに、気にするほどのことではない。 ささ、飲め飲め。 我が家秘蔵の100年ものだ」
「それじゃあ、少しだけ……」
差し出されたぶどう酒を受け取り、傾ける。
………あ、これすごく美味しい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
〜ミリー視点〜
レオ様のお帰りが遅いので私自らお父様の執務室に向かいました。
先に寝ていてもいいと言われましたが、やっぱり一人で眠るのは寂しいです。
お父様の執務室の前で待機していた侍女に聞くと、二人は先ほどお話し合いを終えたところで、いまは親子の中を深めているとのことです。
それならば問題ないと判断して、ゆっくりと扉を開けます。
「失礼します。 あ、レオ様 ♪ 」
部屋の中にはソファに座ってぶどう酒を煽るレオ様の姿がありました。
どうやらお父様は向かいのソファで横になってしまっているようです。 後で誰かを呼んでおいた方が良さそうですね。
「お、ミリ〜」
どこかのんびりとした様子のレオ様が、片手を上げて私を手招きします。
「も、もしかして酔っていらっしゃいますか?」
レオ様は酔っても見た目に現れにくいので判断が難しいです。
いつもより動きや口調が緩慢な気がするくらいですね。 あ、あと、よく口元に不敵な笑みを浮かべていますね。
「ふふ、ちょっだけね。 だいじょぶ、部屋までは歩いて帰れるから」
ゆっくりと立ち上がったレオ様が私の手を取って歩き出します。 あの、お父様は放置でよろしいのでしょうか。
「そ、そうでひゃう!?」
答えようとしたら頬にキスをされてしまいました。
う……。少しお酒臭いです。でも、レオ様にならもっとされたいと思ってしまいます。
全身がぞわぞわとして体が火照ってきました。
「ふふふ、ミリーのほっぺ、柔らかくてすべすべだね。 部屋に戻ったらしよっか?」
「え、あの、きゃっ!?」
レオ様に横抱きに持ち上げられて、そのままの姿勢で部屋を後にします。
部屋の入り口ですれ違った侍女に目線でお父様のことをお願いしてから、廊下を進みます。 もちろんレオ様の腕の中で。
こういうときにはついついレオ様の首に手を回してしまうので、私もレオ様に強く反論できません。
「ふふ、大丈夫だよ。 ほら、足取りもしっかりしてるでしょ? 俺、酔ってもフラフラにはなりにくいんだ」
「し、知ってます……」
以前酔われたときもそうでした。
いつもよりも強引さの増したレオ様にタップリと蹂躙されるのは、それはそれでとても刺激的です。
「あれ、そうだっけ。 ふふ、ミリーは本当に可愛いね」
私の顔をまじまじと見つめながらそうおっしゃいます。
なんだか酔っ払ったレオ様に言われると、包み隠さない本心から言われているような気がして恥ずかしいです。 いえ、いつものものが本心からのものではないという意味ではないのですが、レオ様の愛情表現は酔うととても情熱的になります。
「最っ高に可愛い。 大好き。 大好きだよ、ミリー。 愛してる。 ふふっ、ねぇ、ここでしちゃおっか?」
廊下の少し奥まったところに来ると、私の足を地面に下ろして、空いた手を私の服の胸元に移動させます。
「そ、それはダメです! ここは人も通るんですから! お、お部屋まで帰りましょう!?」
レオ様としたくないわけではありませんが、ここでするのは良くないです。
使用人やお母様たちに見つかりでもしたら恥ずかしさで顔が焼けてしまいます。
「ふふ、ミリー、照れてるの? 可愛い」
「ちょ、れ、レオ様!?」
「大丈夫、ここなら一目につかないから」
「え、や、ちょっ……ひゃぁ」
真面目な雰囲気が、R18ギリギリなものに一転……。
いや、真面目な雰囲気に耐えられなかったんだ。許して……。




