第60話 これから
〜レオ視点〜
ここまでの経緯と状況説明をしてから、俺とミリーは夕食をご馳走になった。 初めの頃は公爵と夫人を中心とした謝罪の嵐で大変だった。 そのあとは同じ二人をはじめとした感謝の嵐を食らったおかげで、やれ飲めやれ食えと大変だった。 へとへとである。
どうやらここはダイニングルーム────と呼ぶには、前世の日本のダイニングルームに慣れていた俺にしてみれば大きすぎるような気がするが────らしい。
広さは……よくわからない。
とにかくデカイ。 畳だったら何十畳だって感じだと思う。
もちろん床は板張りで、その上から豪華な絨毯が敷き詰められている。 どこで作られたものかわからないが、ペルシャ絨毯に似ている気がする。
「その……レオナルド、少し時間はあるか?」
ミリーがミリー母───アルティミシアさんと談笑をしているのを少し離れたところから見つめていると、義父であるシュヴァルツさんに声をかけられた。
「……? なんでしょう?」
「こんなことを君に話すのはとても心苦しいのだが、相談があるんだ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
前世のホテルの大浴場並みの大きさの風呂に入ってから、俺たちはミリーの部屋にやってきた。
残念ながら───残念ながら?───俺とミリーは風呂は別々だった。
まぁ、お嫁さんの実家だからね。
イチャイチャするにしても恥ずかしいからそんなにおおっぴらにはできない。
……え? もうしてるって?
気のせい気のせい。
あんなのまだまだ序の口だよ。
「へぇ〜。 ここがミリーの部屋か〜」
感傷に浸りながら部屋の中を見回す。
ここはミリーが使っていた部屋らしく、掃除はされていたようだが、基本的には一年前のまま残されているらしい。
二間続きになっているのだが、その片方だけでもうちのリビング・ダイニング・キッチンを優に凌ぐ広さだ。
俺たちが今いるのは入ってすぐにある部屋で、ここは生活用の部屋になっているのか、テーブルやイスが置かれている。 奥の部屋は寝室で、部屋の真ん中に天蓋付きのクイーンサイズのベッドがある。
「何も面白いものがなくて申し訳ないです」
「そんなことないよ。 部屋のあちこちからミリーっぽさが感じ取れるよ。 それにミリーがここで過ごしてたってだけでも俺にとっては興味深いよ」
「そ、そういうものでしょうか?」
「うん」
ミリーの案内で部屋の中を見て回ったが、いかにもミリーらしい部屋だ。 華美な装飾はほとんどなくて、ゴテゴテしていなくてすっきりとしている。
部屋にあるものについて説明をしてくれるが……ベッドに置かれたクッションがミリーのお手製だったり、大きなテーブルクロスがミリーのお手製だったり、そもそも絨毯がミリーのお手製だったりと、ミリーの裁縫の腕にはこれでもかと言うくらいに驚かされた。 ミリーさん、マジパネェっす。
………絨毯って裁縫なの?
いや、もう突っ込むのはやめよう。
「しかも、トイレまで併設とか……。 もうそれ、引きこもるための準備完璧じゃん」
生活用の部屋の隅の方に扉があって、そこには広めのトイレが設けられていた。
ちなみに水は何処か外にあるタンクから運んできているようで、トイレの中に水瓶はなかった。 ハイテクだ。
「………? 確かに便利ですが、引きこもるには食料などの問題があるかと」
「あ、うん。 ものの例えだから気にしないで」
「わかりました。 でも確かに、食糧問題さえ解決すればこの部屋から出る必要はないかもしれませんね」
うぅ、真面目に答えられると恥ずかしい……。
ベッドに腰掛けてミリーを手招きする。
初めは何事かと不思議そうにしていたミリーだけれど、ポンポンと膝の上を叩くと恐る恐ると言った様子で俺の膝の上に腰を下ろした。
俺の膝の上にちょこんと座って、自分の膝の上に手を置いている。 照れているのか、耳が真っ赤だ。
「ふふ、なんか猫みたいだね」
「レオ様ぁ……」
そっと体を預けてくれるミリーがやっぱり可愛い。
「お〜、よしよし」
「ふぁ……」
撫でられたのが気持ちよかったようで甘い声を漏らす。
う……、俺の理性がまた壊れそう。
まぁ、いつものことなんだけどね。
だけど、理性を投げ捨てる前にしておかなければいけないことがある。
「さて、これからの計画を考えようか」
「けいかく、ですか」
ミリーさん、もう完全に出来上がっちゃってるじゃないですか。
もう目とかトロンとしちゃってるよ。
うー。
もう少し早めに切り出しておけばよかったかな。
これから真面目な話をするんだけど。
「ん、そう。 実はさっき、公爵……ミリーのお父さんに相談を受けたんだ。 『ここでしばらく、国を立て直すために力を貸してくれないか。 君には大きな恩もあるのに、こんなことを頼むのは申し訳ないし、非常識だとわかっている。 しかし、どうか、その力を貸して欲しい。 この通りだ』って。 ……土下座をされかけて慌てて止めたけど」
「それは……」
ついさっきまで蕩けた表情だったミリーが、驚いたように身体を強張らせる。
驚かせてごめんね。 ………あとで可愛がってあげるからね?
「もちろん、俺は貴族じゃないからこの国の政治に直接関わることはできない。 まぁ、ルーデイン公爵令嬢の婿としてなら立ち位置的には公爵の息子になるんだけどね。 ミリーのお父さんの付き人として行動をともにして、知識を貸して欲しいということらしいよ」
「………あの」
途中で言葉を挟もうとしたミリーを手で制して話を続ける。
「俺は、この話を受けようか悩んでる」
「え……?」
「この話を引き受けたら、確かに国を立て直すことができるかもしれない。 だけど、それなりのリスクを伴うし、しばらくはお店を休むことになっちゃう。 だから、ミリーの考えも聞きたいんだ。 ミリーはどうして欲しい?」
「私は……。 私が望むのは、レオ様のお側にいることです。 あとはなにも……」
俺の身体にしがみ付いて、弱々しい声でそう言うミリー。
そんな仕草もまた可愛らしいんだけど、いまはそうじゃないね。
「ミリーはもっとたくさんのことを望んでもいいんだよ。 もちろんミリーが望むならだけど。 ミリーにはたくさんの選択肢があるんだ。 それもしっかりと視野に入れて欲しい。 ねぇ、ミリー。 ミリーの考えを、お願いを聞かせて?」
出会った時よりは比べるまでもなく元気になって、本来の性格を取り戻したミリーだけど、彼女は自分の望みをあまり言わないところがある。
それは心の傷とかからではなくて、彼女の元々の性格なんだと思う。 慎ましやかで可愛いし、自分のことよりも周りの人のことを考える優しさは間違いなく彼女の美点だ。
だけど、たまにはとびきりの我儘を言ってくれてもいいと思う。
俺の言葉を聞いてしばらく考え込んでいたミリーは、ゆっくりと口を開いた。
「なんでも、いいですか?」
「もちろん」
安心させるようにしっかりと頷く。
その様子を確認したミリーは、俺の目をまっすぐに見つめながら言葉を紡いだ。
「私は、レオ様とこれからもずっと一緒にいたいです。 でも、わがままなようですが、いまのこの国はどうにかしたいです。 誰かのためにではなく、自分のために。 これからもレオ様と一緒に楽しく過ごすために」
「ん、わかった」
ミリーの身体を抱きしめ背中を撫でる。
まったく。
俺とずっと一緒にいたいなんて、なんて可愛いんだよ。
お互いによく口にしている言葉だけど、今日のそれはいつものものよりも重みが違う気がする。
「それじゃあ明日、話を受けることを伝えに行くよ。 名目上は宰相の補佐としてこの国を立て直すのに手を貸すってことでいいかな?」
「いいのですか?」
「もちろん。 ミリーの頼みならなんだって叶えてあげるよ。 ミリーが望むなら空だって飛んじゃうよ」
ミリーが望むなら、空を飛ぶことくらい簡単だ。
これが普通の人だったら無理だろうけど、前世の知識がある俺なら全力を尽くせば原始的なプロペラ機なら作れそうな気がする。
「ふふ、なんだかレオ様なら本当にできそうな気がします。 ありがとうございます」
「お礼はまだ早いよ。 しっかりとこの国を立て直したらにしよう?」
「はい。 ……それで、あの」
俺の腕の中でモゾモゾと動き出したミリー。
「どうかしたの?」
「あの、抱きしめられたままだと動けないのですが……」
「別に動かなくていいじゃん。 ほら、ここベッドの上だし」
可愛らしい耳に唇を落とす。
「ひゃう!? れ、レオ様……!?」
ふるりと身体を震わせたミリーに、全力の笑顔を向けた。
「大好きだよ、ミリー」
互いの唇を合わせ、ミリーの口の中を貪った。




