第59話 タイミングを奪われた……
〜シュヴァルツ・ルーデイン視点〜
屋敷から早馬がやって来て、私は飛び出すように王城をあとにした。
早馬を送った主は、息子のアインハルト。
ミリーが見つかったとの報告だった。
半年以上前、アインハルトは教師の職を解雇された。 理由は職務怠慢、及び一部生徒への必要以上の干渉・肩入れ。
あの場所は貴族の子女が集まるという性質上、庶民向けの学校よりも教師に求められる条件や規則が多い。
中でも特殊なものは特定の生徒に対して一定以上の関係を持たないこと。 曖昧ではあるが、貴族社会にとっては重要なことである。
ある特定の生徒に肩入れしていると知れた場合、他の生徒やその家から学校が集中砲火を浴びせられることになるからだ。
それが王族などならば、肩入れをしても問題はない。 そもそも王族を相手に対立しようなどと考える家が少ないからだ。
これは学府を守るための重要な仕組みの一つで、貴族社会の影響を大きく受けていると言っていいだろう。
だからこそ、アインハルトが男爵令嬢に肩入れしたことには大きな問題があった。
王太子の婚約者になったところで、結婚をするまでは結局は男爵令嬢。 男爵位の家を含め、その令嬢に魅了されたもの以外にとっては面白くない話だ。
事実、学校や我がルーデイン公爵家に対しての理由説明や迅速な対処を求める書状や使者が後を絶たなかった。
その結果として、アインハルトは教師の職を失った。
学校側からしてみたら難しい選択だったのだろう。
ルーデイン公爵家を敵に回す危険を追う代わりに規則を守り今の世代に対する道理を通すか、それとも男爵令嬢たちを擁護し王太子のような次代を担う権力者たちの傘下に入るか。
結果、彼らは前者を選んだ。
私もその決断は正しかったと思う。
それからハルトは私の元で、近頃は疎かにしていた公爵としての勉強を再開した。
私とハルトが調べたところでは、ミリーの有罪を決めるものは全て意味を成さず、むしろアリス男爵令嬢の自作自演を決定付ける証拠が揃った。
そして一週間ほど前、ミリーの居場所が掴めたからと言って屋敷を飛び出して行った。
ハルトがミリーの足取りを辿っていたのは知っていた。
周囲からの目も少なくなり、より積極的にこちらから動けるようになったのが理由だろう。
私の方はと言うと、この国の政のせいで恥ずかしい話だがそれどころではなかった。 本当は私もハルトとともにミリーを探しに行きたかったのだが、この国の民を見捨てるわけにはいかなかった。
だから私は、ハルトからの使いの者に二つ返事で席を立ち、屋敷に向かった。
「ミリーはどこだ!?」
馬車を降りてすぐ、出迎えに出て来ていた使用人に問いかける。
愛娘に会えるということでどうにも気持ちが急いてしまう。
確かに、再会の喜びを味わいたいというのもある。 しかし、それよりも、ミリーに謝らなければならないという気持ちの方が大きかった。
謝って許されることでないのはわかっている。 だが、たとえ許されなくても償いをしなければならない。
「応接室にいらっしゃいます」
「わかった、すぐに向かう」
「お、お待ちください!」
入り口から少しのところにある応接室に向かおうとしたが、使用人に止められてしまう。
その行為の真意が読めず眉を顰める。
「なんだ」
「お嬢……ミリアリア様は本日はこの屋敷への来客ということになっています。 ただいま旦那様がお帰りになられたことを知らせに向かいましたので、食堂にてお待ちくださいませ」
「………わかった」
ミリーは『帰って来た』のではなく、ここに『やって来た』のか。
彼女はやはり私たちのことを許してはいないのだろう。
しかし、それならば何故わざわざ危険を犯してまで王都に足を運んだのか。
「それと……」
「どうかしたのか?」
何やら言いにくそうに言葉を選んでいるところに、声をかけて促す。
「ミリアリア様には、ここの使用人であったソフィリアと、男性が一人同行しているとのことです」
「男、だと」
言葉を反芻しながら、目を瞠る。
考えたくはないが、ミリーがここを訪れた理由はその男に言われてのことかもしれない。
ミリーが公爵家の元令嬢だと知り、金をせがみに来たのか。 それとも、他に何かしらの思惑が───。
……職業柄なのか最悪の事態を想定してしまうのだが、日常生活でもこれでは良くないな。
「はい。 私はその場にいなかったので見かけてはおりませんが、ミリアリア様と歳は近く、そのうえミリアリア様とその男性はとても親しげだったと」
「そうか」
男の目的はわからないが、ミリーがその男に思いを寄せている可能性は高いと見るべきだろう。
だとしたら、ミリーがその男を連れてきた目的は結婚報告か。
いや、それは飛躍しすぎかもしれない。
万が一のときのために護衛として同伴してもらったということも考えられる。
うむと頷いてから、食堂へ向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
────謝罪のタイミングを逃してしまった。
妻のアルティミシアがミリーに抱きついているとき、私はその横で二人の様子を見ていた男の姿に目を向けていた。アルティが泣き崩れるものだから、私はやけに冷静に状況を分析してしまう。
ミリーの横にいたのは剣などは握ったことがないとでも言うような男だが、その足取りにはところどころに剣術の足運びのようなものが見受けられる。
我が恩師の後を継いだ、あの男だ。
「改めて、本当にすまなかった。 こうして再び会うことができて嬉しく思うぞ、ミリー。 そして、久し振りだな。 ……レオナルドだったな」
「お久しぶりでございます、宰相閣下」
「……思った以上の狸だったようだな」
あのときも、この男には何かがあるとは思っていたが、そういうことだったのか。
私がミリーの居場所を探していると、追い出したことを後悔していると話した時、この男は全てを知っていたのだ。
確かあのとき、妻の愛称もミリーだと言っていた。
別に珍しいものでもないので特に気にも留めていなかったが、彼処をもう少し突ついていればボロが出たかもしれない。 いや、仮定の話をしても詮無いな。
結論から言えば、この男はそれほど上手く私を欺いたということに過ぎない。
「お褒めの言葉と、受け取らせていただきます」
「はぁ……。 もういいわかった。 私は貴殿の本音と話がしたい。 礼儀などは不要だ、楽にしてくれ」
このままでは埒が明かない。
恭しく礼を取ったレオナルドに手を振ってそれを終わらせる。
一年前にもまして、こういった駆け引きの腕に磨きがかかっているらしい此奴と正面からぶつかるのは得策ではない。 無駄に疲れるだけだ。
────私はいま、ミリーの父親としてここにいるのだから。本当ならばいますぐにでもミリーの前で頭を地に擦り付けて謝りたいが、感情に任せてそんなことをしてはこの場が余計に収集がつかなくなる。
「それでは私の方から紹介をさせていただきますね」
ミリーがそう言って、片手をレオナルドの方へ向ける。
「こちらの方の名前はレオナルド様です。 街で本屋さんを営んでいらっしゃいます」
「ふむ……」
私が知っている通りの情報だ。
「私が王都を追い出され、疲れ果てて道で倒れていたところを助けてくださいました。 そして、今は私の旦那様です」
「……まぁ!」
「………やはりか」




