第58話 感動のご対面
〜レオ視点〜
「なんか、本当に豪華な造りだね」
ジリーアスさんに通された応接室らしき部屋を見回す。
応接室とは言っても、ここだけで既にウチの店の中よりも大きいのではないだろうか。
内装はいかにも貴族の屋敷といった感じ。
部屋の中央には背の低いテーブルと、それを挟むように三人掛けくらいの深紅のソファが配置されている。 そしてその周り───部屋の壁際には何故か、騎士の甲冑やツボなどが置かれている。さらに天井にはシャンデリア。
この国の……いや、そもそも前世も含めて、貴族世界については詳しくないから俺からしたら全く理由のわからない配置だ。
庶民の俺からしてみたら、お値段なんか知らないけれどここにあるというだけで全てが高そうに見えてしまう。
もしかして意図的に高そうなものを並べることによって、相手を威圧したり、自分の経済力の高さを示したりすることで、交渉などを有利に進めようというものだろうか。
だとしたら、その効果は絶大だよ……。
「うーん……。 そうでしょうか?」
お茶を優雅に飲んでいたミリーが俺の言葉に不思議そうに小首をかしげる。
いや、小さな頃から慣れ親しんでるミリーには当たり前な空間でも、前世でも今世でも一般ピープルな俺からしてみたら明らかに豪華な部屋だよ。
「うん。 なんか、あのツボだけで一年は暮らせそうな気がするよ」
たまたま目に付いたツボを指差す。
某お宝鑑定番組に出てきそうなやつだ。
「ふふ、流石にそんなことは……あ、でも……」
俺の言葉を笑って受け流そうとしたミリーだが、途中で言葉を詰まらせて考え始める。
え……?
なんでそこで逆説来たの?
その流れだと一年くらい余裕で暮らせるお値段なの?
まさか、ほそぼそと暮らせば一生働かなくていい的なやつなの?
ミリーと話して少しでも緊張を和らげようとしたのだが、逆に背中を冷や汗がツーと伝った。
「レオナルド様、ミリアリア様。 旦那様がお戻りになられました。 もうじき準備が整いますので、お二方もそろそろ……」
ジリーアスさんとは違う、若い執事さんが声をかけてくれる。
着いたのが何時だったか見ていなかったから正確な時間はわからないが、この部屋に通されてから一時間も経っていないと思う。
王太子関係のことで宰相は多忙を極めているようで、近頃は王城の執務室で寝泊まりすることも少なくないらしいから、ジリーアスさんかアインハルトあたりが王城に使いを送ってくれたのだと思う。
「わかりました。 行きましょう、レオ様」
「ん、わかった」
珍しくいつもとは逆にミリーに手を取られて、俺たちは応接室をあとにした。
執事さんに案内されて着いたのは屋敷の中心近くにある場所。
入り口を入ってすぐのところにあった先ほどの応接室とは違い、ここに住む人たちのプライベート空間だということだろう。
執事さんが俺たちに深々と頭を下げてから部屋の扉を開ける。
そして俺たちの目に飛び込んで来たのは────
「ミリー! 会いたかった、会いたかったわ!」
────というか、物理的にミリーに飛び込んで行ったのは、金髪碧眼の美人だった。
癖のない真っ直ぐな金髪が、慣性の法則にしたがって後から追いついて来てふわりと揺れる。
ミリーのすぐ近くに立っていた俺の顔にその揺れた髪が触れ、臭くない程度に軽くつけられた香水の匂いが鼻をくすぐる。
「あの、えっと……」
謎の美女───おそらくミリーのお母さんだと思われる人物がミリーに抱きついている様子に思わず手を伸ばすが、次に紡がれた言葉にその手をゆっくりと下ろした。
「ごめんなさい。 ごめんなさい、貴女を信じてあげられなくて。 ごめんなさい、貴女に酷い仕打ちをして。 私のことを、憎んでいるわよね。 貴女になら、もし殺されても仕方がないと、思っているわ。 赦してほしいなんて言わないわ。 だけど、謝らせてちょうだい。 本当に、ごめんなさい」
ミリーを力いっぱい抱きしめるその様は、まさしく懺悔そのものだった。
その様子に演技のようないやらしさはまるでなく、その言葉が心の奥底から来るものなのだと感じ取ることができる。
「あの、お、お母、様……」
「………え?」
ミリーの言葉にまるで信じられないとでも言うように、目を見開くミリー母。
「あの、苦しい、です」
「私のこと、お母様と呼んでくれるの? 貴女にあそこまで酷いことをしたのよ……?」
慌てて抱きしめる力を弱めたミリー母は、ミリーの方に手を置いて諭すようにそう言う。
「お母様はあの件に関してはほとんど関わっていなかったありませんか」
そう。
ミリーやソフィリアさん、ジリーアスさん達の話を聞く限り、この人はミリーが断罪され王都を追い出されたことに関してはあまり関与していない。
いや、俺からしてみればこの人はソフィリアさん以上に止めるチャンスがあったのだから、ミリーに対して謝るのは当然なのだが。
ちなみに使用人やミリーの家族を見た瞬間にキレなくなったのは俺にとってこの一年間での成長かもしれない。
「いいえ、私はアインハルトや主人を止められなかったのだもの。 同じだけの罪があるわ。 貴女は感情を表に出してはいけないと教わったかもしれないけど、こういうときくらいは怒ってもいいのよ? 感情を剥き出しにしてくれて、本当に構わないの」
「確かに、王都を追い出されて間もない頃は、お母様のことも恨んでいました。 いえ、全てのものを恨んでいました。 けれど、後になって冷静になったら、それはお門違いだということに気がつきましたから」
「そんなことは……」
「アルティ、そろそろミリーを解放してやってくれると助かるのだがな。 このままでは、私たちと話ができる頃には夜が明けてしまう」
「……そう、ですわね」
宰相の言葉に、しぶしぶながらミリー母が引き下がる。
アルティと言うのはこの人の愛称なのだろう。
「改めて、本当にすまなかった。 こうして再び会うことができて嬉しく思うぞ、ミリー。 そして、久し振りだな。 ……レオナルドだったな」
「お久しぶりでございます、宰相閣下」
スッと目を細めて俺の方を見てくる宰相にゆっくりと腰を折り笑顔で応える。 気分は奇術師か、はたまたディーラーだ。
この人とは一年前に一度会っている。 ミリーと初めて結ばれた翌日、ウチの店にやって来たのだ。
最後に『覚えておく』と言っていたのだが、本当に覚えてくれていたようだ。
その辺りはさすがは宰相様といったところだろう。
「思った以上の狸だったようだな」
「お褒めの言葉と、受け取らせていただきます」
「はぁ……。 もういいわかった。 私は貴殿の本音と話がしたい。 礼儀などは不要だ、楽にしてくれ」
互いの腹を探り合う会話に嫌気が差したのか、手を振って無礼講だと言うことを示すミリー父。
……えっと、名前は確か。 シュヴァルツ……だったかな。
「それじゃあ、お言葉に甘えて、そうさせてもらいますね」
腹を探り合って話が進まないのはこちらとしても望むところではないから、仮面はあっさりと捨て去って楽にさせてもらう。
いくらなんでもタメ口はしないけど。
いや、だってミリーの父親だし?
「まずは自己紹介と、ミリーの現状について話させてもらってもいいですか?」
ミリーとの結婚の挨拶をする前に、まずは自己紹介が必要だろう。
ミリー母とは今回が本当に初対面なわけだし。
「あぁ、そうしてくれ」




