第56話 やっぱりチートかもしれない
レオ様チート回
〜レオ視点〜
王都までの道を半分ほど過ぎたであろう頃、いままで全速力で走っていた馬車はその動きを止めた。
急ブレーキではなかったものの、減速したことで体が前につんのめる。
「あれ〜? どうかした〜?」
「アインハルト様、盗賊と思われます」
御者と話をするための小窓を開けてゆ〜ったりとした声をかけるアインハルトとは対照的に、わずかに早口で緊迫したように答える従者さん。
窓からチラリと外を覗くと、馬車の行く手を塞ぐように武器を構えた人たちが見えた。 どうやら近くの林に潜んでいたらしい。
車と違って馬車だと轢いて逃げるのは難しいのか、それともいくらなんでも気が引けたのだろう。
「あちゃ〜、それはまた」
「盗賊、ですか……」
小さく体を震わせるミリーをそっと抱きしめる。
「相手は何人なのかな〜?」
「10数名ほどと思われます」
「ありゃりゃ、結構多いね。 貴族の馬車を襲うだけのことはあるってことか〜。 こっちは4人だっけ」
「はい。 私を含めて4人です」
4人か……。
おそらくこの国の精鋭、とまでは言わなくても少数で公爵子息の護衛を任せられるだけの腕はあるのだと思う。
けれど今回の相手は想定外の数だったようだ。
薄情なことを言ってしまえば、そのうち三人でどうにか時間を稼がせて、そのうちに馬車を走らせてしまうというのが堅実だろう。
1対1のときの実力に十分な差があったとしても、相手の方が数が三倍以上あり、そのうえ何かを守りながら戦うというのは相当な負担になる。
いくらなんでも護衛の数を絞り過ぎていたのかもしれない。
「仕方ないか〜。 そんじゃ、僕も出るかね〜」
のほほんとした表情を浮かべながらアインハルトはやおら立ち上がり、椅子の下にしまってあった剣を取り出した。
うん。 同じ護身用のはずなのに、俺の木剣とは天と地との差がある。
装飾などは全くない分、逆にそれが殺すためのものだということを感じさせた。
「俺も、行くよ」
剣を携えたアインハルトに対して、俺は愛用の木剣を手に立ち上がる。 木刀は旅に出る時の必需品ですから。 部屋の角にかければ、洗濯物を干すのにも使えるからね!
「レオ様!?」
「実戦経験はあったりするのかな?」
「残念ながら、ないね」
「ナメてたら痛い目を見るよ」
「わかってる」
念を押してくるアインハルトに鷹揚に頷く。
危なくなったら、申し訳がないけれどすぐに逃げるつもりだ。 ソフィリアさんや師匠に剣術の指南は受けているけれど、実際に命のやり取りをしたことはない。
俺の目的は可能な限り盗賊を生きたまま無力化すること。
それは甘い考えなのかもしれない。 けれど、目の前で彼らが殺される姿を見るのは後味が悪すぎる。
装備を見る限り、彼らはリストラされた元軍人たち。 つまりは生活のために盗賊をしているということだから。
「……ならいいけどさ〜」
「あの、レオ様……本当に……」
「うん。 大丈夫、怪我しないように気をつけるから。 ソフィリアさん、ミリーのこと、よろしくお願いしますね」
「了解した」
ミリーの頭を撫でて安心させるように言う。 ミリーと、そしてソフィリアさんが神妙な面持ちで頷いた。
「おや〜。 武器はどうするの〜?」
「これでいい」
木剣は武器だと認識していなかったのか、俺の手に持たれた木剣を見て目を丸くしていたアインハルトだったが、俺が本気だということを悟ってなにも言わずに馬車から降りた。
「おうおう、貴族のにぃちゃん達のお出ましか」
「いや、片方はそうだろうが、もう片方は護衛ってところだろうよ」
俺たち二人を見ながら、男二人がそんな会話をしている。
「そうか。 まぁ、派手な服の方がこの馬車の主ってことだな。 悪いんだけど、身包みと金目のもん置いてってくれねぇか? 俺らも生活がかかってるんだ。 馬車と馬までは取らねぇからよ」
やはり金品が目的らしい。
俺の気持ちとしては、この不景気にも関わらず高そうな服を着ている貴族様の服を差し出したいところなのだが、そんなことをしてしまっては余計に被害者を増やしてしまうだけだ。
ここまでで被害を食い止めるためにも彼らと戦わなければならないだろう。
「残念だけどさ〜、お金になりそうなものって積んでないんだよね〜」
「じゃあ、その服でいいぜ。 置いてってくれるなら手荒な真似はしねぇよ」
「うーん。 そうしてあげたいところなんだけど、そうすると僕が裸になっちゃうからね〜。 悪いんだけど、諦めてくれるかな?」
「………残念だ。 野郎ども! こいつらぶっ飛ばして服を引っぺがせ! ついでに馬車ん中も調べろ!」
「「「おぉーーーーー!!」」」
盗賊の頭らしき男が声を荒げ、周りの男がそれに応える。
馬車の中は調べさせるわけにはいかないよね。 ミリーの顔を見られたら要らない手間が増えちゃうかもしれないし。
「交渉決裂、だねぇ〜。 行くよ、みんな」
気の抜ける口調ながらも鋭い目つきで護衛の人たちに指示を出すアインハルト。
その様子を横目で見ながら、俺は盗賊たちの懐に飛び込んだ。
身を低くして身体を前に倒し、地面を滑るように地を駆ける。 ソフィリアさんに教わった足運びの一つだ。
素早さと小回りが効くから使い勝手がいい。
そのまま盗賊の一人の後ろに回り込み、木剣を兜越しに首筋に叩き込む。
師匠から教わった相手を気絶させる方法の応用だ。 首を手刀でトンってやるやつ。
「う……」
「一人目……」
続いて近くにいた男の元へ移動し、足払いをしてから鳩尾に拳を入れて男の意識を刈り取る。
「がぁ……」
「二人目……」
そして襲いかかってきた男の腕を取り投げ飛ばす。 一本背負いみたいなやつだ。 受け身を取ることもできなかったのか、背中を強打して意識を失った。
「三人目……」
三人目が声を上げる間も無く意識を失ったのを確認してから、三人まとまっていたところに走る。
「い゛……」
「ぐぅ……!?」
「がっ……」
「四、五、六……」
走りながら横薙ぎに胴に一発ずつ入れて次に移る。
走りながらでも十分に力の入った攻撃ができるのはソフィリアさんの指導のおかげだ。 本来は逃走用らしいけど、こうすれば奇襲にも使える。
「がふっ……」
「ぁぁあ! ……」
「七、八……」
走った勢いを乗せて男二人に回し蹴りを入れる。
……あ、いま男の急所に入ったかも。 ショック死してなければいいな。
まぁ、別にいいか。
そんな考えと一緒に、馬車に近寄ろうとしていた男を後ろから木剣でぶっ飛ばす。
「がぁ……!」
「九」
アインハルトと護衛さんたちもしっかりと働いてくれたいるようで残りもかなり少なくなってきた。
そんなわけで、お頭のところに突っ込む。
途中に一人いたから殴っておく。 ピクリとも動かないが死んではない、はず。
「十……」
周りのほとんど動かなくなった仲間を見て、そのあとに俺に対して怯えるような目を向ける。
残りはもうこいつだけらしい。
なんで他の人たちはお頭を後回しにしたんだろう。
まぁ、それは同じか。
「ば、化け物……!」
「そんで、ラスト」
剣を振り上げて来たのだけど、そのせいで脇がガラ空きだったから胴に一発お見舞いする。
「うがっ!?」
「ふぅ、いっちょ上がり」
侍が刀を振るうように、木剣を一振りしてから手に持って馬車の方に向かう。 本当なら、歩きながらカチンッと鞘に収めたいところだけど、木刀なのが残念だ。
鞘とかは持ってないからね。
そもそも必要ないし。
「お、思ったよりもやるね〜……。 しかも皆、殺してないとか……」
俺が倒して回った男たちの様子を確認したアインハルトが、頬を引き攣らせながら言う。 みんな気を失っていたり、痛みで動けないでいたりするが死んではいない。
「殺すわけにはいかないでしょう? さっきの会話や装備、動きを確認するにこの人たちはもともと軍の所属だった人たちだよ。 この人たちに責任がないわけではないけれど、全ての責任がこの人たちにあるわけでもないし。 この人たちは命までは要求して来てない。 なら、こちらも命まで奪う必要はないだろう?」
「はは……。 本当に化け物だよ」
「さて、あまりここで止まってたら王都に着くのが遅くなるよね。 この人たちはどうする?」
「あ、あぁ、そうだね。 それはこっちで人を残してやっておくから、僕たちは王都に向かおっか〜」
やけに明るく振る舞うその様子に少し頭に来たから、少し毒を吐く。
「そうだね。 ただ、今回の責任はお前にもあるんだから、そのことを忘れるんじゃないぞ?」
「………」
「まったく……。ミリーにもしものことがあったらどうしてくれるんだよ」
「え!? そっち!?」
「………他に何があるの?」