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物語の裏側で  作者: ティラナ
第三章
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第53話 キレた

 



 〜レオ視点〜




「おに……、アインハルト様」


『お兄様』と言いかけから、改めて言い直すミリー。

 日の光を浴びた水面のような輝きを持ちつつ、大海原の底のような深い蒼さを合わせもつ瞳を大きく見開き、驚愕の色を隠すこともなく露わにしている。

 そんな詩的表現がスラスラと出て来るほどに、その表情は可愛らしいのだけれど、今はミリーを愛でていていい時ではない。


「久し振り、ミリー」


 さも当たり前の権利のようにミリーの名前を呼び捨てにする目の前の男。

 改めて見ると、悔しいことに二人の造形はよく似ている。

 全体的に緩やかなウェーブがかった黄金の髪に、碧いその眼、端正な整った顔立ちは二人に血の繋がりがあることを証明していた。


「 “俺の妻” のことを馴れ馴れしく呼び捨てにしないでくれますか? “アインハルト様” ?」


 初めの部分と最後の部分を強調する。

 ミリーはもうお前にとっては他人で、俺の家族なのだと。 言葉の裏に濃く、ハッキリとそういう意味を乗せる。

 隠すつもりなんて毛頭ないからね。


「く……」


 まったく、どうしてここで悔しそうな顔ができるのだろうか。 ミリーを家族とは思えないと言ったのは自分自身だそうじゃない。

 自分で捨てたものを他の人に拾われて悔しがるとか、頭がおかしいんじゃないだろうか。

 いや、無実のミリーを捨てる時点で十分に頭がおかしいか。


「あの、どうしてここに………?」


 ようやくフリーズから解き放たれたミリーがどうにか言葉を紡ぐ。

 こいつがここに来た理由はまだ定かではない。 いや、ミリーを連れ帰ろうとしているのはわかるが、その真意が読めない。


「貴女を迎えに参りました、ミリアリア嬢。 一緒に公爵家に帰りましょう? 貴女の無実を証明して、以前と同じように公爵家の令嬢として振る舞えるように尽力します。 もちろん、レオナルド殿と別れる必要もありません。 貴方にはミリーの命を救っていただいた恩もありますから、ミリーの無実が証明された後にミリーの婿として貴族位を差し上げます。 望むなら、ルーデイン公爵家の次期当主の座も差し上げます。 その覚悟を持って、この場所にやって来ました」


「は?」

「え?」


 予想をはるかに飛び越えた発想に俺とミリーが同時に声を漏らす。

 何を言っているんだ、この男は……。


 自分の物差しで測ってばかりで、こちらのことを考えていない。 俺とミリーに今の生活を捨てさせて、貴族の世界に巻き込むことが本当に恩返しになると思っているのだろうか。


 たしかに、平民を貴族に上げるのはそうそう簡単なことではないと思う。 反対する貴族も多いだろうし、領地などの問題もある。 労力としては相当なものだろう。

 命を助けた恩返しとしては妥当なものだろうし、御伽噺とかなら例の男爵令嬢を追い出して、貴族になって幸せになりましたでも問題ないだろう。


 けれど、それはあくまでも俺たちが望んでいたらの話。

 最近の国の政治には文句があるが、俺もミリーも今の生活に満足している。 今までに築いて来た人間関係もある。

 それに俺は、権力というものに興味はない。ミリーも、貴族社会に戻るということにはやはり抵抗がある。

 つまり、俺もミリーも貴族になることなんて望んでいない。 彼の提案はただの自己満足でしかないのだ。



「学校の教師の任を解かれたおかげで、改めて状況を冷静に分析することができた。 それでわかったんだよ、君は無実だって。 だから───」


 男の身勝手な言葉が、俺の中から理性を奪っていく。

 ソフィリアさんに鍛えられた仮面が崩れ落ち、感情がむき出しになっていく。


「……本当に頭の中スッカラカンなんだな、このゴミは」


 口をついて出たのは自分でも驚くほどに冷たく、明らかな侮蔑を孕んだ声。

 先ほどまでの笑顔もいまでは跡形もなく消え去っている。


「な……」


「レ、レオ、様………?」


 俺の急激な変化に、ゴミとミリーが驚いているのがわかる。 ……いや、ゴミとミリーを並べるのはミリーが可哀想だな。


 俺の急激な変化に、ミリーが肩をビクリと震わせて僅かに怯えの色を見せる。

 ミリーを怯えさせるのは本意ではないから、腰に手を回して俺の方に抱き寄せて安心させてあげる。


「どこぞの男爵令嬢にあっさりと誑かされたのも納得だよ。 こんなんがやがて国の上層部になるなんて、この国も末期だな」


 腐り切っているのは子供の世代、つまりは次の時代を担っていく奴らなのに、現時点でも国は傾いている。

 国王陛下や宰相、その他の貴族たちは何をやっているのか甚だ疑問だが、世代が変わったらさらに状況が悪くなるのは火を見るよりも明らかだ。


 この状態ではあと50年もしないで滅びるだろう。

 隣国からの侵略、クーデター、飢餓。 滅びる要因はいくらでもある。

 隣国からの侵略やクーデターが一番可能性が高いだろう。

 この国は四方を険しい山や海に囲まれていて、攻めにくい地形になっているが、過去の歴史の中で攻め込まれたことがないわけではない。


 それどころか今回は、侵略とクーデターが同時に起こる可能性もある。

 軍を解雇された人たちを集め、纏め上げればそれなりの戦力になる。 彼らはこの国に対する不満や疑念があるから、隣国に手を貸すのに躊躇はないだろう。 現時点でも、国境付近では隣国に流れる人が少なからずいるようだしな。


「自分たちの都合でミリーを殺すも同然の状態で追い出して、無実だったとわかったら連れて帰ろうって? 頭の中、お花畑ってレベルじゃないよね。 この国の貴族って皆こんな感じなの? ねぇ、あんたはミリーのことをなんだと思ってるの?」


「それは───」


「妹、って言うのはなしね。 ハリボテの兄妹愛を見せつけろって言ってるわけじゃないのは、いくらなんでもわかるでしょう?」


「………」


 ここで『大切な妹だと思っている』なんて口にしたら、本当に理性が保てないかもしれない。

 身近に武器になりかねないものはない。 せいぜいハサミくらいだ。

 だけど、武器なんてなくたって人は殺せる。 一度死んだことがあるからわかるが、人は意外と簡単に死ぬ。

 その顔に思いっきり横蹴りを入れたら首の骨が折れるだろう。 柔道の要領で足を払い、地面に頭を打ち付ければ脳震盪を起こすかもしれない。

 いや、そもそもゴミの横に立っている護衛らしき男が剣を帯いているではないか。

 それを奪えば無手の人間なんて他愛もないだろう。


 そんな考えが頭の中を支配し始める中、いつの間にか俺の腰に回されていたミリーの腕にキュッと力が入る。

 視線を斜め下に向けると、そこには俺の最愛の嫁の姿があった。 ともに幸せを掴み取っていこうと誓い合ったミリーが。


 ……そうだな。

 こんなところで俺とミリーの道を途絶えさせるわけにはいかない。

 犯罪者になって逃亡生活を送るというのもミリーと一緒ならいいかもしれないが、できれば平和な家庭を築いていきたい。

 小さく深呼吸をして、心を落ち着けてから口を開く。


「こういう話って、そうそう即決できるものでもないんじゃない? ミリーに選択を迫るにも、考える猶予を与えるのが常識というものではないの? あ、そうか、お貴族様は低〜い税金に苦しむような貧しい庶民に猶予を与える必要なんかないのか。 これは失礼いたしました」


 え?

 冷静になったからって毒を吐かないとは言ってないよ?

 むしろ感情を直接ではないから、皮肉がたっぷりと詰まった、かなり嫌らしい毒になっている。


「貴様っ、言わせておけば……! アインハルト様、この者は自分の方が立場が上だと思って付け上がっています。 一度、引っ捕らえて物の道理をわからせるべきです」


 俺の言葉にとうとう我慢の限界に達したのか、護衛の男が剣に手をかけて声を荒げている。

 それにしてもこの人、ついさっきまで俺に怯えていたみたいで、まったく護衛の仕事をできてなかったよね。

 仮にも次期公爵の護衛なんだから、そんなんで怯えていちゃダメでしょ。

 これは予想だけど、俺がさっきこのゴミを殺しにかかっても動けなかったと思うよ。


「……いや、いいよ。 すまなかったね。 それではまた明日、出直すことにするよ。 それまでに答えを決めてくれたら嬉しいな。 ほら、帰るよ」


 護衛の男を手で制して、俺に頭を下げる。


「しかし……!」


「帰るよ」


「……わかりました」


 護衛の男はまだ不満だったようだが、仕える主が帰ると言ったのだから彼も帰るしかあるまい。

 彼らがウチから出て行くのを一瞥してから、俺はミリーの頭をたっぷりと撫でた。


 怖い思いをさせちゃってごめんね。


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