第52話 兄の来訪
第三章はようやく話が進みます。
お砂糖が少なめになります……たぶん。
〜レオ視点〜
ミリーがうちに来てから、およそ1年の時が経過した。
ソフィリアさんもうちから少し離れたところに住む場所を見つけて、今では街での生活にすっかり馴染んでいる。 というか、ジャスミンさんの宿屋に下宿中だ。 部屋を用意してもらう代わりに忙しい時間はお手伝いをしているそうだ。
まぁ、遠くに行ってしまうわけでもないからいいかな、ということで話はまとまった。
俺とミリーの間には相変わらず子供ができる気配はまだないが、夫婦仲は良好だ。
今は俺が店番をして、ミリーは二階で部屋の掃除をしてくれている。 おかげでこの家の中はとても清潔な状態が保たれている。
あ、そういえば、結婚の報告はプロホーズをして王都から帰って来てしばらくしてから、女将さんのお店で行った。
結婚を前提にお付き合いをしていることは宣言していたから、特別驚かれることもなく、むしろ皆にとても祝福された。 ソフィリアさんも、ボロっボロに泣き崩れながら祝福してくれた。
だけど、俺の実家や故郷への報告は未だにできていない。
………実はここ最近、この国の治安が良くないからだ。
今から半年近く前、この国の軍の中で大幅な人員削減が行われた。 要するにリストラだ。
理由は『他国との戦争の心配はないため、貴重な税を無駄にしないため』だそうだ。
だが、この国において軍というのは必ずしも軍隊と等しいものではない。 街や街道、村々の治安を守るのが役目だ。 前世で言うところの警察のようなものだと思ってもらえば問題ない。
そんな人たちの間で大幅な人員削減が行われたのだ。 国の治安が悪くなるのも当然だろう。
しかも、その元軍人の人たちには新しい仕事が用意されていたわけではないため、職に就けない人も出始めた。
一部は自衛のための手段を教えて、その報酬として金銭を受け取り。 一部は傭兵や雇われの用心棒のように、金銭を受け取って盗賊退治や護衛をし。 ───また一部は、盗賊となって旅人を襲い金品を得ている。
盗賊行為がいい行いとはとても言えないが、彼らには彼らの生活があり、それに反して仕事がないのだ。
畑を耕そうにも、その技術はないし、税率は高い。
商売なんて、このご時世では新しく始めることは難しい。
そういった人たちが、自分の剣の腕を使って盗賊になった。
なりたくて盗賊になったわけではないのだ。
閑話休題
ここから俺の生まれ育った村まではなかなかの距離があるし、人の行き来も多くはない。 村の周辺までたどり着くことができれば安全なのだろうが、そこまでの道のりで盗賊に襲われないとも限らない。
行商などと行動をともにすれば、万が一襲われても俺一人ならなんとかなるかもしれない。 けれど、自衛の手段を持たないミリーに何かあるかもしれないと考えると、どうしても決断できない。
いや、治安だけじゃないな。
税率は上がったし、おかげで人々の消費が減り、店の売り上げも低迷している。 ……貴重な税云々と言っていたヤツはどこへ行ったのだろうか。
税が上がれば人々は金を溜め込み始める。 そうすると経済がうまく回らなくなる。 無駄な金を使わなくなる。
そうなった時にまず一番初めに影響を受け始めるのは、生きていく上で必ずしも必要がない商売、つまりはうちのような商売だ。
売り上げは落ちるし、ぶっちゃけ言ってうちの家計は火の車だ。
税金が上がったせいで農地を捨てる人もいるらしく、食べ物の値段も上がっている。
一人暮らしだった時の貯金がまだ残っているから、少し節約をする程度で基本的な生活レベルは変わらないけれど、これがあと何年も続いたりしたら危ない。
何かしら対策を練らなければならないと、今後のことについて考えていたある日のこと。
「あ〜、ごめんなさ〜い。 貴方が店主のレオナルドさんでよろしいでしょうか〜?」
明らかに貴族のものと思われる馬車が店の前で止まり、どこか気の抜けるような間延びした声の男性が降りて来た。
ウェーブがかった金色の髪の、長身で細身な美男子で、穏やかな笑みをたたえている。
これが年頃の女性であればイチコロだったろうが、俺にはそれがどうにも胡散臭い得体の知れないものに見えた。
何よりも、その顔立ちが俺の警戒心を否が応でも膨れ上がらせた。
「えぇ、そうですけど」
警戒心を心の内に隠し、演じる。
「あぁ、あはは、そうでしたか〜。 いや〜、妹が本当にお世話になったみたいで〜、ほんとにありがと〜」
さも当然のように、そう口にする男───ミリーの兄、アインハルト・ルーデイン。
どうやら、ミリーがここにいるということに確信があるらしい。
まぁ、ミリーが公爵家の娘であるミリアリアだということは直接的には一部の人間にしか伝えていないけど、街の人はほとんど皆が知っているわけだし。
いわゆる公然の秘密ってやつだな。
その気になって調べればそう難しいことではないだろう。
実際に、ミリーの元使用人だという人が来たこともあったし。
その都度ミリーとソフィリアさんを交えて、大勢に触れ回らないように口止めをするのが大変だった。 けど、おかげで一部の人は公爵家に再就職をして、中にパイプができたから定期的に国の上層部の情報が得られているからいい収穫だろう。
ミリーの人柄のおかげなのか、それとも公爵家の忠誠度が低いからなのか……。 こちらとしてはありがたいのだが、それでいいのだろうか?
「はて、なんのことでしょうか? 確かにミリーと言うのは私の妻の愛称ですが、貴方様の妹ではないと断言できますが」
実際さ、家族の縁は切られたらしいじゃん。
むしろお前が切ったんでしょ?
ミリーから聞いたよ。
自分のしたこと覚えてないのかな。
身に纏う雰囲気は確かに会話の駆け引きとかに慣れているようだし、心の中がイマイチ読みづらいけど、鳥頭なんだろうか。
三歩歩いたら忘れちゃうんだろうか。
「ははは。 いやぁ、本当、びっくりするくらいに嘘が上手だね。 下調べしてなかったら騙されるところだったよ」
……ぶっ殺していいかな?
なんだこの上から目線野郎は。
あ、いや……実際、年齢も身分も上だからいいのか。 ついでに物理的にも上から目線だしね。
「お褒めに預かり光栄に存じます、アインハルト・ルーデイン様。 お仕事をクビになってしまったそうで。 お悔やみ申し上げます」
まぁ、イラっとしたことに変わりはないから、こちらも爽やか〜な笑顔を浮かべながらしっかりと毒を吐いておく。
この情報は公爵家の中の内通者───さっき言った使用人の人たちからのものだ。
ミリーを追い出したその年度末。 男爵令嬢にかまけてばかりだったダメ教師はあっさりと仕事場から追い出された。
いくら才能があっても、一人の生徒にばかり構って仕事を疎かにしてるようなやつは教師失格だよな。
今は宰相である父親の元で自分を見つめ直しているという話だったが、それ以降の情報はまだ届いていない。
「………はは、これは驚いたね」
先ほどまでの、作られた余裕満面の笑みとは違い、目を見開いて渇いた笑いを口から漏らす。
向こうからしてみたら、格下だと思っていた相手に一本決められたみたいな気持ちだろう。
ざまぁみろ。
転生に加えて、ソフィリアさんにこの一年間で貴族的なやりとりも色々と叩き込まれたんだ。
舐めてかかって来るなら、思いっきり痛い目を見せてやる。
心の中でドス黒い笑みを浮かべていたからだろうか。
階段を下りてくるその足音に、俺は気が付かなかった。
「……………おに……、アインハルト様」
振り返ると、そのには驚愕の表情を浮かべたミリーが立ち尽くしていた。