第5話 貼り紙と公爵令嬢
ミリーがウチにやって来てから3日目。
つまり、あの凄惨なレオナルド入浴中に鼻血事件から二つの夜が過ぎた。
あ、あれは仕方がなかったんだ!
風呂に入ったらそれはもう甘い匂いがしたし、溜めてあった湯船にさっきまでミリーが浸かっていたと思ったらあっという間に逆上せてしまったんだよ。
ま、まぁ、それは置いといて。
何か変化があったかといえば、これと言って何もなかった。 あえて挙げるとすれば、俺がミリーの魅力に更に魅せられてしまったということくらいか。
昼食の用意を終え、席に着こうとして居たとき、店の戸を叩く音が聞こえた。
「すまない、店主の方は居られるか?」
よく通る男性の声だ。
こんな時間に一体なんだろうか。
「ちょっと出てくるね。ミリーは先に食べてて」
「い、いえ。レオ様がお戻りになるまでお待ちしています」
「でも、冷めちゃうよ?」
「待たせてください。 お願いします」
「うーん。わかった、じゃあパパッと終わらせてくるね」
早足で階段をおりて、店を開ける。
すると店の前にはこの国の軍服を身につけた男性が立っていた。
どうやらお客さんではなさそうだ。
「お食事中すみません。この街で数少ない書店だと耳にしたもので」
「えぇ、間違いありませんよ? それで何の御用ですか?」
言外に、『飯食ってたんだからさっさと要件を言ってくれませんか?』というニュアンスを込める。
「わかりました。 先日、元公爵令嬢のミリアリア・ルーデインが国家反逆罪にて貴族位剥奪、及び王都追放となりました。 付きましてはそのことを知らせる張り紙をこちらに貼らせていただきたく」
「それは構いませんよ。 それで、その方は具体的にはどのようなことを?」
「はい。 王太子様の現婚約者様への暴力行為などの数々の無礼、及び私利私欲のために学びの場を私物化しようとした。そして、王太子様への侮辱などです」
「なるほど、ありがとうございます。あ、あとはこちらで貼って置きますよ」
「それは助かります。 これから他の街にも行かなければならないので……。 それではよろしくお願いいまします」
「えぇ、お勤めご苦労様です」
貼り紙を受け取り、頭下げる騎士にこちらも頭を下げて見送る。
ここから一番近くの街までだと、馬を使っても半日はかかるよなぁ。いやぁ、本当に騎士って大変な仕事だねぇ。
「……さて、と」
ビリッ、ビリビリビリビリ……
店の戸を閉めて直ぐに受け取った貼り紙を破り捨てる。
貼り紙にはご丁寧に姿絵と名前、罪状、容姿の特徴などが記されていた。
まったく、これでは前世の指名手配書と同じじゃないか。
王都追放とはいっても、王都以外の都市にまでこんな貼り紙を貼りまくってたんじゃ実質的には国外追放みたいなもんじゃないか。ったく、ムカつくな。
………あ、姿絵のところだけでも切り取っておけばよかっただろうか?
結構うまく描かれてたし。
ま、実物を目に焼き付けとけばいいか。
「いやぁ、ごめんね。遅くなっちゃって。さ、食べよ食べよ」
「あ、はい。 そうですね」
あえて何の要件だったのか聞かないあたり、ミリーはやはりその辺りの気配りがしっかりとできる人らしい。
一体裏でどんなことが起こっていたのかは知らない。だけど、ミリーが無実であるということはこの短い間に十分と察することができた。
つまり、彼女を疎ましがる誰かによって嵌められたか、もしくは罪を擦り付けられたかのどちらか、ということだろう。
いやぁ、貴族の世界って怖えぇな。
「あの、午後からは私もお店のお手伝いをしてもいいですか?」
昼飯を食べ終わり、食器を洗っていると横で皿拭きをしてくれていたミリーがそう切り出した。
貴族だから食器洗いとかはまったくやったことはないのかと思っていたが、進んで手伝ってくれて、しかも割と手慣れた様子だった。宰相の娘が皿洗いができるなんて驚きだ。
「え? あぁ、そうだな……」
彼女はおそらく、自分の姿絵があちこちに広まっていることを知らない。
それも仕方が無いだろう。表向き罪を犯して貴族ではなくなったとはいえ、貴族の姿絵を一般市民に配るなど本来ならばあり得ないことだ。
「その気持ちはすごくありがたいよ。でも、人には言えない事情があるんでしょ? あまり表にでない方がいいんじゃない?」
「………そう、ですね」
「店番は俺がやるからさ、ゆっくりしてて大丈夫だよ?」
彼女をこの部屋に閉じ込めておくということが問題の先延ばしでしかないということはわかっている。
しかし、時間が経ちミリーのことが広く知れ渡れば知れ渡るほどよりこの国では生きにくくなり、動くなら早めに動かないといけないということも、わかってはいる。
「はい、ありがとうございます。 あの、それではそれ以外のことは任せてください。 掃除・洗濯・料理、一通りの家事は身についておりますので。 私、レオ様が望まれることなら何でもします!」
「うーん……。洗濯はともかく、それじゃあ掃除と料理はお願いしようかな」
ミリーの性格を考えるに、何もさせないというのは逆に気を遣わせてしまい、ミリーにとってストレスになってしまいそうだ。
ならばここは彼女の心意気をありがたく受け止める方がいいだろう。
……洗濯に関しては恥ずかしいから自分でやります。前世と違って井戸から水を汲んで手洗いだしね。
「はいっ、任せてください!」
両手で握りこぶしを作り小さく意気込む姿がまた可愛らしい。
あ、そろそろ店を再開しないと。