閑話 捜索
第三章を前にして奇跡の二話連続投稿!
本日は二話同時投稿をしているので、こちらに飛んでしまった方は一つ前のお話もどうぞ。どちらも閑話ですので順番はどちらが先でも大丈夫です。
こちらは本編開始前後の話
〜ソフィリア視点〜
「ソフィリア、本気なのか」
「はい」
私の辞表を見て難しい顔をするジリーアスさんにしっかりと頷く。
この人はこの屋敷の執事長を任されているが、お嬢様の危機に何もできなかったことを悔いている。
立場は違えど、それは私も同じだ。お嬢様の専属の侍女だったにも関わらず、大切なときに何もできなかった。大切な主であり、妹のような存在を守ることができなかった。
「……わかった。 私は立場上、ここを離れるわけにはいかない。 どうか、よろしく頼む」
「わかりました。 ジリーアスさんも、どうかお元気で」
ジリーアスさんに頭を下げてから、私は裏門から屋敷の外に出た。
「まずは、どこから探すべきだろうか……」
お嬢様が王都のどこから出たのかもわからない。そうすると、どの方角に進んだのかもわからないのだ。
まずは王都の周りを探すしかない。
私は心臓が早鐘のように鳴るのを感じながら、馬を駆って王都を飛び出した。
食料や水はほとんど積んでいない。そんなものを用意する時間が惜しいし、そんなものを積んでいては馬が遅くなる。
いまは私の身のことはどうでもいい。 走りやすく見通しのいい草原などにはお嬢様はいないだろう。 そう言ったところは人通りも多く、人に発見される可能性があるからだ。
お嬢様が罪を犯したという話はまだ広く知らされてはいない。 どうやらそれを知らせる張り紙が用意されているらしいが、少なくともそれまでは誰かに助けてもらっている可能性もゼロではない。
問題は、お嬢様が草原以外に進んだ場合だ。
聞くところによると、お嬢様はまるで魂が抜けたかのような状態だったそうだ。 どこに向かうともなくフラフラと彷徨い歩いている危険性もある。
この4日で徒歩で向かうことができる草原以外の場所はおよそ二種類。 森林と岩石地帯だ。
どちらも木々や岩が邪魔になって見通しが悪い。
草原にはいたるところに森や林が存在している。 そこには木の実など食べることのできるものが多い。 近くに川が流れているところが多いから、水にも困らないだろう。
森や林の数が多すぎで探すのは大変だが、ここにお嬢様がいるのだとしたらいくらかの余裕はある。
最悪なのは、ここから北東に徒歩で3日ほど進んだところには岩や石の転がる地帯があるが、そこに向かっていた場合だ。
元々は採石場だったらしいのだが、王都の近代化とともにその役割は王都から離れた地域へと移された。 いまでは人の往来はほとんどない場所で、食料もなく怪我の危険もある。
ここにお嬢様がいるのだとしたら、一刻の猶予もない。
まずは岩石地帯に向かうべきだろう。
私は馬に鞭を打って北東へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お嬢様ー! ミリーお嬢様ー!」
馬を採石場の外に繋ぎ、自分の足で採石場の中を進む。
ここの採石場は下に掘り進める形になっており、大きな窪みが点在する形になっている。 深さは人の背丈の5倍ほどあるところもあり、落ちたら一たまりもないだろう。また、この辺りにはところどころに硬い岩でできた小さな丘のようなものもあり、見通しが悪い。
私は足元に気をつけながらも、駆け足でそこを降りて行く。
上から見たときにはお嬢様の姿は発見できなかった。
しかし、上からでは岩が邪魔で見にくい部分や洞窟のように横穴が掘られている部分も多い。 実際に降りて確認しないとダメだ。
邪魔な岩を退かしながら、上から確認しづらいところを確認して行く。
「ミリーお嬢様! ミリーお嬢様ー!」
ダメだ。
どうやらここにはいないらしい。
屈まないと入ることができないような場所まで確認したが、お嬢様の姿ははなかった。
仕方がない、隣の採石場へ向かわないと。
立ち上がって駆け出そうとしたとき、視界がぐにゃりと歪んだ。
「あっ……」
慌てて手を前に出すが、体を支えることはできずにそのまま倒れ込んでしまう。硬い岩肌が私の頬を削り、腕からは血が流れている。
そう言えば、お嬢様が王都を追放されてからまともな食事を摂っていなかったな。
しかし、こんなところで倒れていていいときじゃない。いまはお嬢様のみの安全が第一だ。 お嬢様を発見できるまでこの身が保てば後はどうでもいい。
簡単な携帯食料を口に含み、立ち上がる。
次、次の採石場に向かわないと……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
幸か不幸か、採石場にはミリーお嬢様はいなかった。無駄に広いのと、入り組んでいたせいで無駄に時間がかかってしまった。
私はそこで結局、二晩を明かして近くの森へと馬を走らせた。
空腹感や飢餓感は寝て起きたら感じなくなっていた。本来ならば身体には良くないことなのだろうが、いまの私にとっては好都合だった。
私は睡眠も食事もほとんど取らずに馬を走らせて、森をしらみつぶしに周りまくった。 木の実をむしり取り、それを口に含むことでどうにか倒れるのを防いでいた。
後になって考えれば、動くことで自分の心を保ちたかったのかもしれない。 何もしないで待っていては、心が壊れると本能が理解していたのかもしれない。いや、もしかしたらこの時点で私はすでに壊れていたのかもしれない。
「ぉじょ……! み……おじょう……まー!」
蔦を退かし、羽虫が集って来るのを腕で払い除ける。
喉が掠れてまともな声は出ない。
これが喉の渇きから来るのか、別の理由があるのかはわからなかったが、そんなことに気を配っている余裕はなかった。
どうやらここにもいないらしい。 次の場所に向かわないと……。
「ソフィリア! 貴女、何をやってるの!?」
突然声をかけられて、振り返るとルーデイン家でともに侍女をしていたキサがいた。
「あぁ……。 キ、サ……か」
「キサか、じゃないよ! う……、すごい匂いだよ! まさかこの14日、お風呂に入っていないわけじゃないよね!? それにガリガリだし!」
キサは私に近寄るなり鼻を摘まんで顔をしかめる。
「あぁ、もうそんなに経ったのか……」
夜も昼もなく動いていたから、正直、自分がどのくらいの回数、眠りについたのかもわかっていない。日の動きも、最近はほとんど気にならなくなっていたな。
まだ回れていない場所も多いのに……。 次は王都から見て南側の森を探さないと。そのあとはさらに活動範囲を広げて街を探して……。あぁ、そんなに時間が経ったなら、もっと遠くも探さないといけないか。
「もう時間の感覚もないの!? 貴女は一回、王都に戻って休んで! 森と林の捜索は私がするから!」
「ダメ、だ。 お嬢様を、探さないと……!」
私はこの身が果てるまでミリーお嬢様を探す。
お嬢様のためなら、なんだってする。
あの日、私は何もできなかった。 主を守れない侍女である私の存在はゴミ同然だ。
ゴミが壊れたところで、何の問題もない。
「あ〜、はいはい。 ソフィリアって頭いいけどバカだよね。 それじゃあ、王都の捜索をして頂戴! 他の街を探してくれてる人もいるから」
「………わかった」
肩を掴まれて前後に揺さぶられながら、凄い剣幕で言われて渋々頷く。 いまの私がほとんど使い物にならないことはわかっている。
だったら、キサに任せた方が確実かもしれない。しかし、だからと言って私が何もしない理由にはならない。
王都に戻ったら、まずは旅人たちに情報を尋ねないと。
私の答えに満足したらしいキサが両手を離す。しかし、キサの手が私の肩から離れると、支えをなくした私の身体はまえに向かって倒れた。
「って、大丈夫!?」
どうやらキサにぶつかってしまったらしい。彼女はなんとか倒れることなく、私の身体を支えてくれた。
情けない……。
自分の惨めさと無力さに嫌になりながら、どうにか足に力を入れて身体を起こす。
「大丈夫だ……。 問題、ない……」
「そうは見えないから」
「本当に、大丈夫だ。 キサは次のところに……」
私に構っていては時間がもったいない。
私も早く王都で捜索をしないといけないのだから。
「あ〜、わかったわかった。 気をつけて帰ってね?」
「わかって、いる……。 お嬢様を見つけるまでは、死なない」
「見つけたら死ぬみたいな言い方しないの!」
「いまはお嬢様の安全が第一だ……」
腕が折れても、脚が折れても、内臓が破裂したとしても、私はお嬢様の捜索を続ける。
それが私の役目だ。
「貴女、怖いくらいにお嬢様への忠誠心が強いよね」
「お嬢様、だからな」
「はいはい。 とりあえず王都に戻って、お風呂に入って身体を洗って、あと食事も摂ってね。 それと貴女それ、指の骨が折れてるんじゃない?」
「気のせい、だ」
私の右手の中指と薬指には、布を千切って木の棒をぐるぐると巻きつけてある。
彼女の言う通り、転んでしまったときに折れてしまったらしい。まぁ、馬を駆るのに支障はないから、対した問題ではない。
「いや、どう見ても折れてるでしょ。 応急処置はしたみたいだけど、医者に見せた方がいいよ!?」
「そんな時間はない……」
「そんなボロボロでお嬢様に会ったら、余計な心配をかけちゃうでしょ!」
「わかった」
お嬢様に心配をかけるのは私の本意ではない。
王都に戻ったら、キサの言う通り風呂に入って医者のところに行かなければならないか。
私はフラつく体に鞭打って、馬に跨って王都に向かった。




