第50話 不安
おかしい……。
シリアスだと言ったはずなのに……。
〜ミリー視点〜
王都から街に戻って来た翌日。
私とレオ様は二人で本の整理をしています。 昨日のうちに荷車からお店の中に本を運んでおいたので、今日はその山を少しずつ切り崩す作業です。
ジャックの病気に関しては、もう悩んでも仕方がないですから今まで通りに接しています。 今はジャック用のベッドの上でぐっすりと眠っています。
「レオ様〜。 この本はどこに持って行けばいいですか〜?」
ジャンルごとにまとめられている本を抱えてレオ様に尋ねます。
お店の中はジャンルごとに本の場所が決められていて、売れ筋やお客さんの心理などを読んでレオ様が配置を決めていらっしゃいます。
人の心を読むなんて、流石はレオ様です。
わ、私の心もレオ様には読まれてしまっているのでしょうか……。
いえ!
別にレオ様に知られて困るようなことは考えていません。 けど、その……たまにエッチなことを考えてしまっているので、は、恥ずかしいです。
昨日もたくさん愛していただきました。 久しぶりだったので嬉しかったです。
…………はっ!
わ、私ったらまた変なことを。
「ん、なんの本〜?」
「え、えっと……。 園芸や農作業関係のものですね」
レオ様はレオ様で別の本の整理をしていらっしゃるようで、私の顔が真っ赤なのは気付かれませんでした。
声だけはなんとか取り繕って平静を装います。
「あぁ、それなら裏で大丈夫だよ。 園芸はお年寄りの人がメインターゲットだから配達が主になるし、農作業関連の本ってあんまり需要がないからね。 欲しい人がいたら裏から出す感じでいいんだ」
「わかりました」
レオ様に顔を見られないように、本を抱えたまま小走りで階段を登りました。
心を落ち着かせるために、持って来た本を無心で所定の場所に並べて行きます。
ここも本のジャンルごとに整理されているので、新しく買ったものは決まった場所に置くのです。
整理するのに少し手間がかかりますが、そうすることで取り出す時に簡単になるのでお客さんを待たせずに済みます。
「これでお終いですね。 さて、早くレオ様の元に戻らないといけませんね」
顔の熱も既に引いているのでもう大丈夫でしょう。
少し慌ててしまっていたのでしょうか、本棚に軽くぶつかってしまいました。
「あっ」
一冊の本が棚から落ち、急いで手を伸ばしました。
───けれどその手が届くことはなく、本は床に落ちてしまいました。
それを拾って、傷がついていないかを確認します。
「………これは」
まるで吸い寄せられるように、その本を開きます。
落ちてしまったのはこの国の貴族に関する本でした。 爵位の持つ意味や、主要な家の歴史などが記されています。
その主要な家の中にはもちろんルーデイン家も含まれています。
私が、生まれ育った家。
ルーデイン家のページには、私にとってはこの国の歴史と同じかそれよりも馴染みの深いルーデイン家の歴史が記されていました。
ウォンダランド王国成立時から存在する名家。
はじめは今ほどの有力な家ではなかったものの、戦争時の功績を認められ当時の王女を賜り、合わせて公爵の位を賜った。
そのあとは建国当初のような武闘派な印象はなりを潜め、国の宰相や外交官など多くの文官を輩出している。
説明を読んでいると、いつの間にか視界が滲んできました。
本を汚さないために、本を閉じて、涙を拭います。
「あれ………?」
しかし、涙はとめどなく溢れ出てきます。
過去のことはもう切り捨てたつもりでしたのに、つい昔ことことを思い出してしまったら涙が止まりません。
私には、レオ様がいてくださればそれで満足なのです。
多くのものは望みません。
現に私は幸せです。
レオ様と二人で過ごしていければそれだけで私は幸せなのです。
レオ様はずっと私のそばにいてくださると言ってくださいました。 レオ様は、嘘は付きません。
でも、なんで───。
「ん? ミリー、どうかしたの?」
すっかり座り込んでしまっていたからでしょうか。 後ろからレオ様が不思議そうな声をかけてくださいます。
慌てて涙を隠してから振り返ります。
「あ、いえ、なんでもありません」
「その本は……」
なんとか笑顔を作りましたが、レオ様にはやはりお見通しだったようです。
私の膝の上に乗っていた本をレオ様が一瞥なさいました。
隠してももう意味のないことだとわかってはいますが、両手で本の表紙を隠します。
「本当になんでもないです」
昨日も、危うく喉から出かかった言葉────私のことも最後まで見捨てないでください。
レオ様に捨てられてしまったらどうしようなんて、そんな根拠のない不安を抱くことは間違っているのです。
そんなことを思うこと自体がおかしなことなのです。
レオ様はお優しく、とても誠実で。 その上、私のことを好きだと言ってくださっています。
それなのにわざわざ言葉にしては、レオ様を信頼していないようになってしまいます。
「俺は絶対に、ミリーを捨てないから」
「……え?」
レオ様の言葉に、思わず言葉を失います。
まるで私の心を完全に見透かしているようなお言葉です。
「俺は、王太子や他の奴らみたいにミリーのことを捨てたりしない。 最後までミリーのことを愛し続ける。 だから、ミリーもずっと俺のそばにいて欲しい」
「………」
「えっと……。 要するにさ、不安を抱えてるのはミリーだけじゃないってこと。 俺にとってはミリーは本来、手の届くはずのない高嶺の花なわけだし。 ある日いきなり出会ったみたいに、いきなり別れることになってしまいそうで、不安に思う時があるんだ」
その言葉に、私は驚きを隠せません。
「……レオ様も、不安に思われることがあるんですね」
なんでもできてしまうレオ様でも、そのように思うことがあるのでしょうか。
いえ、たとえ私を励ますためだったとしても、レオ様は軽々しく嘘をつきません。
「むしろ不安なことばっかだよ。 こんなことをしたらミリーに嫌われちゃうかな、とか」
「そんな……! 私がレオ様を嫌いになることなんて」
絶対にあり得ません。
私はこの身も心も何もかも全てをレオ様が望むのであればレオ様に捧げられます。 たとえそれが私の命でも。
口にしたら重いと、そう思われてしまうかもしれませんが、この命はレオ様にいただいたも同然なのです。 いただいたものを返すのに嫌はありません。
お優しいレオ様はそのようなことはおっしゃろうとしませんし、むしろ私のことをとても尊重して大切にしてくださっています。
「うん、わかってる。 だけど、こんなことを言うと女々しいと思うかもしれないけど、俺はミリーに嫌われたら生きていけないと思う。 俺はそれくらいにミリーのことを愛してる」
「レオ様……んっ」
レオ様は憂いげな表情を浮かべながら、私の額にそっと口付けをしてくださいました。
ただそれだけなのに、まるで身体中の筋肉がほぐされたように緊張が解けていくのがわかります。 それどころか、私の身体はこれだけでもう既に出来上がってしまったと言っても過言ではないでしょう。
「不安に思ったらさ、遠慮せずに俺に話してくれていいよ。 不安なんて感じる余裕もないくらい、俺の愛情をあげるから」
弱っているところで優しい言葉をかけてくれて、さらに額に口付け。 そこにこんな言葉をかけるなんて、反則です。
もうレオ様のことしか考えられなくなってしまいます。
イケナイ女性に、なってしまいます。
「はい……。 それでは、あの……」
「ん?」
「今から、“愛して”くださいますか?」
「ふふ、いいよ。 タップリ愛してあげる」
イタズラっぽく微笑むと、レオ様は私を横抱きに抱き上げ、そのままベッドへと移動しました。
ここで重要なお知らせです。
作者が年末年始〜年度末にかけて忙しく、執筆どころか感想の返信すらできないと思います。
その間にいただいた分の感想に関しましては、纏めて新年度頃に返信させていただきたいと思っています。
誤字脱字の修正もそのタイミングになると思います。
作品に関しましては、ストックを予約投稿させていただいたので、更新頻度は5日に一度に落ちますが何も問題がなければ安定して投稿します。
ここから先、ようやく話も進み始めるわけなのですが、読者の皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。
これからも、よろしくお願いします。
活動報告も更新しました。