第49話 命
少しだけシリアスが続きます。
〜レオ視点〜
リアカーに積んであった荷物をミリーと手分けして一回の店舗部分に運び入れた。 本当は二階の書庫にしまったり、陳列棚に並べたりしないといけないんだけど、それはまた明日やればいいだろう。
ちなみに、半月以上の長期間家を空けていたわけだけど、ご近所への挨拶は特に必要じゃない。 ご近所付き合いが希薄だからというわけではなくて、もちろん会ったらその話はするだろうけど、移動に時間のかかるこの世界ではひと月やそこら家を空けること自体が珍しくないからだ。
それくらいで挨拶回りをしていたらキリがないということだね。
閑話休題。
本を移動させ終えて一息ついたタイミングで、俺にはミリーにしなければならない話があった。
「あのさ、ミリー。 話があるんだけど」
「なんでしょう?」
俺の方を見て訝しむような顔をするミリー。
いけない。 少し表情が険しくなってしまっていたようだ。
ミリーを必要異常に不安にさせないためにも、どうにか眉間のシワを取り除き、柔らかな声で話す。
「ジャックなんだけど」
「はい」
チラリとジャックの方に目を向けると、ミリーもサファイアのような瞳を動かす。
ジャックは家に帰ってすぐに全身を丸洗いされて、今はベッドの上でぐっすりと夢の中に旅立っている。
今になって考えると、ジャックがこれほどまでに長い時間眠っているのは身体が弱っているからなのかもしれない。 起きている間は元気そうだけど、その身体は着実に弱っているのだろう。
できればミリーには伝えたくないと思いつつも、俺は言葉をのどの奥から絞り出した。
「ソフィリアさんに頼んでお医者さんに見てもらったら……どうにも、病気らしいんだ」
「そうなんですか?」
「うん。 もしかしたら、それも群れにおいて行かれた原因なのかもしれない」
「それは……」
俺の言いたいことを鋭く察したのであろうミリーは、とても悲しそうな顔をする。
助かる可能性があるのだから、ミリーにはなにも知らないで笑っていて欲しい。 そう思う自分も間違いなく存在している。
けれど、それではダメだとミリー本人やガルフさんに教えられたばかりだ。
ミリーが汚れないように、傷つかないように守るのではなく、ともに手を取り合って困難を乗り越えて行くべきなのだと。 自分の力を過信してはいけないと。
「この子の家族たちはこの子はもう助からないって思ったんだろうね。 そこをたまたまミリーが見つけた」
「ジャックは、助かるんですよね?」
「………難しいって」
俺の言葉に、ミリーがはっと息を飲むのが聞こえた。
深蒼の瞳は悲しみと驚きで揺れていて、桜色の唇はキュッと紡がれる。 その姿に、俺の心が締め付けられるのを感じた。
本来ならば病気で体力を奪われ、さらに足を怪我していた時点でジャックの命運は尽きていたのだ。 そこを運良くミリーに助けられ、こうして命を繋いでいる。
そういう意味ではジャックの命運は尽きていなかったのかもしれないな。
それはミリーも……。 いや、ミリーだけじゃなくて、俺も、同じなのかもしれない。
ミリーはアリス男爵令嬢に嵌められて、家族や友に裏切られ見捨てられて、倒れていたところを俺に助けられた。 俺に助けられたというよりも、街にたどり着いたということが彼女の命を救ったのだ。 おそらく、道の真ん中で倒れていれば数時間のうちには誰かに発見されていただろう。
しかし、この国の街は王都を中心に放射状に広がっているが、なんの手がかりもなしに徒歩で歩くには離れ過ぎている。 下手をすれば馬車や人の通る道から遠く離れた日の光すら当たらないような森の中で彼女の命は尽きていたかもしれないのだ。
ミリーは、運良く街に着いたから助かった。 それに過ぎないだろう。
俺に関してはもっとすごいよな。
こことはまったく縁のない───転生が起こり得るあたり、もしかしたら俺の預かり知らないところでただならぬ縁があるのかもしれないが───異なる文明で生まれ、ある日突然、人生を強制的に終わらせた。 そんな人間が、何の因果か記憶を残したままに二度目の生を賜った。
一度は完全に潰えた命の灯火が、本来ならば灯るはずのない炎が別の場所で突然灯った。
これ以上の幸運があるだろうか。
こう言ってしまっては呆気ないかもしれないけど、結局は俺もミリーも運が良かっただけ。
その運の良さがあったから、こうして生きていられる。
大切なものを失う恐怖や、大切な人に見捨てられる恐怖を感じることができるのも、生きていられるから。
そこから先をどう生きるかは本人や周りの人間に左右されるが、命のやり取りは詰まる所、運にかけるしかない。
俺たちにできる限りのことはしても、最後には、ジャックがこれから先も生きいけるかどうかは、彼の運の良さを願うしかないのだ。
「だけど、難しいってことは助からないとも限らないってことでもある。 覚悟だけはしておいて欲しいけど、諦める必要はないよ」
「そう、ですよね」
「ん。 それにさ、助からないにしても最後まで楽しく暮らさせてあげよう? ミリーの腕の中にいるとき、ジャックは嬉しそうだったでしょ?」
「……はい」
ミリーがハンカチでそっと目元を拭ってからゆっくりと頷いた。 やっぱり、ミリーはか弱いだけじゃなくてしっかりしてるね。
俺が抱きしめようと伸ばした腕もそっと退ける。
俺に甘えるだけではなくて、いまは自分で受け止めることを考えたいらしい。
俯いたままで、俺の言葉を、現実を正面からまっすぐ受け止めようと頑張っている。 いまの俺にできるのはそんなミリーを見守ってあげることだけだ。
しばしの沈黙の後、ミリーがゆっくりと顔を上げた。
涙で濡れた瞳は、けれども強い光を宿している。
「私は、ジャックを見捨てません。 レオ様のおっしゃる通り、最後まで、可愛がってあげます」
「……うん。 もちろん、俺も手伝うからね」
ミリーの頭に手をおいて、労わるようにゆっくりと撫でてあげる。
「さ、暗い話はもうお終い! ほら、ご飯の用意をしよ?」
「あの、レオ様……」
「ん? なに?」
「いえ……、なんでもありません」
一瞬だけ、ミリーの瞳に陰が生まれた気がした。
「あっ。 私、お風呂の準備をしますね! 久しぶりですから楽しみです! ご一緒しましょうねっ?」
「……そうだね」