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物語の裏側で  作者: ティラナ
第二章
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第46話 何かあった

 





 〜レオ視点〜





 お昼はブツブツ言いつつも準備をしてくれたガルフさんにご馳走になり、俺たちは本の仕入れを終えた。

 あらかじめ昼は別にすると言ってあったから、ソフィリアさんも昼飯は既に終えているだろう。 それにもう一つの頼み事の方も。


「ふふ、いっぱい買いましたね」


 リアカーに山積みにされた本を見て、ミリーが楽しそうに呟く。


「そうだね」


 よっぽど本が嫌いじゃない限り、これだけ本が積まれていたらなんとなく嬉しくなってしまうのではないだろうか。

 ……本当に嫌いな人は目眩がしてもおかしくはないが。

 買った本の数は注文分と合わせておよそ600冊。 なんだかんだ言いつつ、一日に数冊のペースで売れているから、なくなった分の補充という感じだ。

 割と売れてるんだよ、本。

 女将さんが先日の『恋愛詩集纏め買い事件』のように、たまーに謎の大量購入をしていくからお客さんのニーズが読めないこともあって困るが、基本は幅広く取り扱いつつ、売れ筋のジャンルを多めに買った。

 ウチに来るのは勉強に興味がある人や若い女性が多いので、学術書や恋愛小説が人気だ。

 恋愛小説なんかは俺が読んでも面白いものが多いから、数が多いと俺も楽しみである。


「昨日と同様に宿の裏に置かせていただくのですか?」


「ううん。 流石にそれは不用心だからね。 荷車とか、馬車とかを預かってくれる業者があるからそこに頼むんだ。 宿屋と違って有料だけど、防犯はしっかりしているし、盗まれた時の保証とかもしてくれてるからね」


 この辺りは本をはじめ様々な卸問屋が混在しているエリアで、いたるところに前世で言うところの屋内駐車場のようなものが設けられている。

 馬は別料金になるが馬車も預かってくれるし、リアカーなんかも預かってくれる便利な場所だ。


 ただ、防犯や保証がしっかりしている反面、少々値が張るのだ。

 そんなわけで、昨日はケチって宿の裏を使わせてもらったのだ。 ここは治安がいいから、盗みなんてそうそうないしね。


「なるほど、そういうお仕事もあるのですね」


「そう。 使うのは始めて?」


「はい」


 まぁ、利用するのは旅人か商人、下位貴族くらいだからな。

 公爵ほどの上位の貴族ともなるとそんな一般向けの施設は利用しないのだろう。

 ミリーをガルフさんの店の中に残して、リアカーを預けに向かった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「お待たせ〜」


 店の裏口から中に入り、何やら談笑をしていたらしいミリーとガルフさんの元に向かう。

 ガルフさん、ミリーにはやけに甘いっていうか、俺と話している時のような頑固さが見られないんだよな〜。 何も知らない人が見たらお爺ちゃんと孫娘みたいなんだろうな。


「お疲れ様です」


「まったく、遅かったのうレオ坊。 娘っ子を待たせているという自覚はないのか」


 う、毒舌が……。

 さっきまでのニコニコとした表情はどこに行った。


「ガルフお爺様、あれだけの本だったのだから仕方がありません。 手続きなどもあるでしょうし」


 ミリーの言う通り、盗まれた時の保証云々があるからいろいろと手続きが大変だった。

 何が積まれているだとか、引き取りに来る時間だとか。


「娘っ子に言われては仕方がないのぅ」


 そしてあっさりと引き下がるのね。

 まぁ、ミリーに言われたら誰だって引き下がるしかないだろうけど、なんか釈然としないな。


「それでは失礼しますね」


「また来ると良いぞ、娘っ子」


「失礼します」


「レオ坊、くれぐれも気をつけるのじゃぞ。 あと、お前だけでは何もできんからな」


「わかっています」


 はぁ、なんてわかりにくい激励なんだろうか。

 さっきのお説教の時もお前は無力だとか、お前には何もできないとか何度か言われたが要するにミリーを頼ることも忘れるなってことだったんだろうな。

 あれか、こう言うのをツンデレって言うのか?

 ……ツンデレなお爺さんってやだなぁ。


「いま何か変なことを考えんかったか?」


「いえ、なにも」


 危ない、危ない。

 お年寄りの勘って侮れないな。

 ガルフさんには曖昧な笑みを浮かべながら、店の裏口からミリーと二人で外に出た。

 ソフィリアさんとの待ち合わせ場所は店のすぐ目の前だ。


「そろそろソフィお姉様が帰って来る頃だと思うのですが……」


 懐中時計を見ながらミリーが呟く。 ちなみに懐中時計は俺のものを預けているのだ。


「もしかして、先に宿に帰っちゃってるのかな?」


「どうでしょう。 お姉様は一度した約束はそう違えないのですけれど」


 確かにソフィリアさんのきっちりとした性格を考えるに、約束を忘れて帰ってしまったということはなさそうだ。


「だとしたら、なにか、あったと考えるのが妥当かな……」


 ミリーと一緒にいるところが見られたのかはわからないが、例えばルーデイン公爵に見つかって屋敷に戻るように説得をされているとか。 もしくは………。


「そ、そんな……!」


 ミリーが口に目を当てて、小さく悲鳴を漏らした時───


「すまない、遅くなった」


 ───女侍ことソフィリアさんが小走りでやって来た。

 あれ?

 誰だよ、何かに巻き込まれたとか言ったやつ。

 い、いや、何事もなくてよかったんだよ。 よかったんだけど、なんか恥ずかしい。


「お姉様!」

「ソフィリアさん。 どうかしたの?」


「いや、ベンチに座っていたらジャックが眠ってしまってな。 抱き上げて移動していたら、私の服に粗相をしてしまったのだ。 それで仕方がないから、一度宿に帰って身体を洗って服を着替えて来たのだ。 あ、ジャックは部屋で眠っているぞ」


「それは、申し訳ございませんでした、お姉様」


「大変だったね」


 何事かはあったらしい。

 巻き込まれたのは事件じゃなくて、オネショだったと。


「まぁ、まだ小さいのだから仕方がない。 生後半年といったところだろうからな」


「へぇ〜、詳しいんだね」


「ミリーに仕えるまでは自分の屋敷にいたからな。 庭で数匹飼っていたんだ」


「それは初耳です」


 ほー。

 道理でジャックの世話を自ら買って出たわけだ。

 犬好きっぽいし、小さな頃の記憶がいまに活かされているのかもしれない。


「あぁ、初めの頃は仕事を覚えるのでいっぱいいっぱいで、それどころではなかったからな。 仮にも子爵家の娘がいきなり洗濯や掃除を叩き込まれたのだからな。 しかし、私室にはその犬たちを模したぬいぐるみが置いてあったぞ」


 私室にぬいぐるみ。

 もしかして、その子たちを抱きしめて頬擦りしたりしていたのだろうか。

 なんとも心温まる光景だな。


「あっ、そういえば、ありましたね。 あれはそういうことだったのですね」


「……ミリー、まさか私の部屋を覗いたのか?」


「小さな時にお姉様の目を盗んで何度か。 ピンク色の可愛らしいお部屋でしたね」


「────っ!?」


 ソフィリアさんは頬を紅潮させ、口をパクパクとし始める。

 大切な秘密を見られて恥ずかしいんだろうね。


「ミリーって、小さな時は割とアクティブだったんだね」


 いまでは落ち着いた淑女って感じだけど、ミリーの話を聞く限り、小さな頃のミリーは割と活発だったのかもしれない。


「お姉様に手を引かれてお庭を走り回ったりしてましたから」


「なるほど」


 もしかしたら、そういうところで基礎体力がついていたから、王都を追い出されて何とか街まで着けたのかもしれないね。


「ありがとね、ソフィリアさん」


「なんの話だ! 私の部屋の情報がか!?」


「あ、まだ引きずってたんだ……」





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「レオナルド、少しいいか?」


「わかりました」


 宿屋に着いて、ミリーとジャックと一緒にゆっくりとしていると、ソフィリアさんに呼び出された。

 俺はそれにさっきまでの穏やかな表情を消して、神妙に頷く。

 これが甘酸っぱい愛の告白ではないというのは確実だけど。


「ジャックのことだが、やはり病を患っているようだ」


「そうですか……」


 ソフィリアさんには今日の昼間のうちに動物専門のお医者さん、つまりはこの世界の獣医さんのところにジャックを連れて行ってもらっていた。 馬が交通の主体であるこの国では獣医さんの数は人間の医者とまではいかなくてもそれなりに多い。

 昨日、咳き込んでいたジャックの様子が少し気掛かりだったのだ。


 何もなければいいと思いつつ、ソフィリアさんの話に真剣に耳を傾ける。


「医者が言うには人間には感染する危険のないものだそうだが、治るかどうかはわからないそうだ」


「………わかりました」


「ミリーにはどう説明するんだ?」


 楽しそうにジャックに話しかけているミリーと、その膝の上で大きくあくびをしているジャックをチラリと見る。


「………しばらくは、何も言わないでおいてあげようかと」


 俺は、ミリーの笑顔を曇らせる選択はできない。

 これがただ、問題を先延ばしにしているだけだということはわかっている。

 だけど、せめて街に帰ってから。 完全に落ち着いてからにしよう。


「あ、レオ様。 お話は終わったんですか?」


「……うん」



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