第41話 謎の決意
〜レオ視点〜
女将さ……じゃないや、ナーシサスさんに作ってもらった料理を受け取る。
いや、ナーシサスさんも女将さんで間違いはないのか。 ただ、俺にとって女将さんってジャスミンさんのニックネームみたいなもんだからな。
女将さん2号ってのも失礼すぎるし。
食事は俺とミリーの二人分。 ジャックには代わり映えがしなくて申し訳ないが、保存食を食べてもらうことにする。
それでもビーフジャーキーだったり、ドライフルーツだったりと犬が食べても問題ない天然由来のご馳走だ。 どちらもただ干しただけのものだから、健康への害もないしね。
既にピークは過ぎたのか、満席ではないものの、店の中にはなかなかの数の人がいる。
ここは、ナーシサスさんとその旦那さん、あとはクーティンさんの3人だけで切り盛りしているから3人とも大忙しだな。
お盆を持って階段に向かおうとしたとき、ホールを担当していたクーティンさんに呼び止められた。
「……レオちゃん、ちょっといいかな?」
「なんでしょう?」
俺が尋ねると、周囲を警戒するように軽く目を動かしてから、俺の耳に顔を近付けてそっと耳打ちをした。
「さっき、お客さんに『ミリーと言う愛称の女性を知らないか』って聞いてた人がいてね。 どうもそのお客さんがレオちゃんとミリーちゃんを見かけてたみたいで、何か答えたみたいなんだ。 そしたらちょうどレオちゃんが女将さんと話してたときに、階段を上に上がって行って。 ただの人違いかもしれないけど、念のためにレオちゃんに伝えといた方がいいかと思って」
俺から顔を遠ざけて、すごく申し訳なさそうな顔をするクーティンさん。
おそらく、そのときに何もできなかったことを悔いているのだろう。 ついさっきミリーの力になると言っていたから、なおさら。
しかし、それは仕方がないことだと思う。
下手に『内にそんなお客様はいません』と言えば逆に怪しすぎる。
また、『宿泊客以外の方はご遠慮ください』と言うのも少しおかしい。
宿泊客を訪ねて来たと言われれば引き下がるしかないし、そこまで個人のプライベートに踏み込むことをしないからだ。 だから、下手にそこで追及をしても怪しまれる。
ナーシサスさんと話していたのは、ついさっき料理を受け取ったときの短い間だから、女性が階段を上がるのを見てすぐに俺の元に知らせてくれたのだろう。
クーティンさんにお礼を言ってから、階段を駆け上がる。
料理がカタカタと音を立てたが、体の軸がしっかり安定しているおかげか、零れることはない。
「───ミリー!?」
「レオ様!」
慌ててミリーを呼ぶと、俺の存在に気がついたミリーが戸惑ったような困ったような声を上げる。
ミリーは部屋の前で誰かに前から取り押さえられていた。
相手が何者かわからないが、ミリーを拘束していた時点で俺にとっては敵認定だ。 ……冷静に考えればただ抱き付いていただけなのだが、基本的に王都の人間をほとんど信頼していなかった俺には、そうとしか見えなかった。
「おい! ミリーから離れろ!」
完全に頭に血が上っていた俺は敵対心丸出しでそう言った。
それからは、まぁ、カッとなって大声で言い合いをしてしまった。
情けない。
ミリーに促されて、ようやく冷静になって部屋に入り、食事を取ってから、女性と向かい合う。 部屋には椅子が二つしかないから俺はベッドに腰掛けている。
ミリーが言うには、この黒髪ポニーテールの人はソフィリアというミリーの元・侍女らしい。
侍女というよりも、女侍という方がしっくりくる。 着流しと刀が似合いそうだ。
侍女だったということは、この人自身ではミリーの冤罪についてどうこうすることは難しかっただろう。 相手は王太子や上位の貴族子息だったらしいし。
しかし、この人自身の立ち位置がしっかりと理解できるまでは安心はできない。 ミリーはこの人のことを信頼しているみたいだけど、この人がどう動くかはわからないのだ。 誰かの差し金で暗殺しに来たというのも考えられる。 まだ政治的価値があるとか、見た目がいいから愛人にしたいとかの理由で誰かが引き込もうとしている可能性だってある。
少し挑発を交えながら、相手の出方を伺うことにしよう。 何処かでボロを出すかもしれない。
しばらくしたところで、俺の方の自己紹介がまだだったから、ミリーが紹介してくれることになった。
「あの。 わ、私の旦那様、です」
頬を両手て挟んで、身体を左右にクネクネと揺らしながら嬉し恥ずかしそうに俺を紹介してくれる。
これからはもう、結婚しましたということで進めていくのね。 ……早いとこ家族に報告に行かないとな。
ところで、対するソフィリアさんはと言うと───
「…………………………………は?」
───口を開いたまま彫像のように固まっていた。
まぁ、無理もない。
探していた主がやっと見つかったと思ったら、結婚してたんだからな。
ギギギギと、音でも聞こえそうな動きで俺の方に顔を向けてくる。
「ま、そういうことだね」
「み、ミリーお嬢様が……結婚?」
「はい」
「この男と……?」
「はい」
「畏れながら、お嬢様」
「なんでしょう」
「お嬢様のお気持ちを否定すること、どうかお許しいただきたいのですが、お嬢様のそのお気持ちは恋心ではございません。 命を助けられたことへの感謝と、この男に頼るしかないという気持ちを、恋心と勘違いなさっているのだと思われます。 どうか一度、冷静に考え直してくださいませ」
……なんか、めっちゃ失礼なこと言われてない?
こんな男に惚れるわけはない。 それは勘違いだから早く気付けってことだよね?
「確か出会って間もない頃はそうだったのかもしれません。 けれど今の私の気持ちには間違いありません」
「しかし、お嬢様の地位や美しさに目が眩んだだけかもしれないではないですか」
なんだ、その出て来てすぐに殺されそうなキャラは。 あれだろ、金に目がくらんで遺跡に突っ込んで、次は死体で登場ってやつでしょ。 そんな噛ませ犬キャラ扱いしないでほしい。
「私のことを心配してくれる気持ちはありがたいですが、レオ様のことを悪く言うのはやめてください。 私には既に地位などありませんし、むしろ公的には犯罪者です。 下手をすればレオ様だって、周りから侮蔑の眼差しを受けるかもしれないのです それでも、私をお側に置いてくださっているのです! そ、それに、容姿に関しては、レオ様に気に入っていただけたなら本望です」
ミリー。
可愛いこと言ってくれるじゃないですか。
見た目だけが目的とか、そんなことは全然ない。 むしろこんな可愛いところが大好きです。
「お嬢様……」
なんだか複雑な表情になったソフィリアさん。
「とりあえず納得してもらえたかな?」
「あ、あぁ。 事態は理解した。 しかし、貴様がお嬢様に相応しいかどうかは別問題だ。 ………お嬢様。 お嬢様はこの男と別れるつもりはないのですね」
「それはもちろんです」
ソフィリアさんの言葉に、力強く頷くミリー。
互いの想いはしょっちゅう確認しあっているから、ここで詰まることはあり得ない。 俺も即答できる。
反対にしばらく考え込む素振りをみせたソフィリアさんは、意を決したように口を開いた。
「わかりました。 それでは、不肖ながら私がこの男をお嬢様に相応しく仕立て上げて見せましょう!」
「………は?」
「はい?」
ソフィリアさんの謎の決意に、俺とミリーが同時に首を傾げた。
同じような話が3話も続いて本当に申し訳ないです。
キャラの固定などをしていたら3話に及んでしまいました。
ソフィについては数多くの感想をくださりありがとうございます。 実は、キャラへのヘイトが作品へのヘイトにならないかとビクビクです(>_<)
作者なりの解決編……というか落とし所、結末は第43話で行うつもりです。
早く投稿をしたいのですが、ペースを見出したくないですし、予約投稿で先までぎっちりなのでズラすとカオスなことになってしまうので、もうしばらくの辛抱を……。




