第40話 侍女の決意
お話の進みが遅くて申し訳ない。
・若干の修正を行いました。(2016/6/7)
〜ソフィリア視点〜
お嬢様のお食事の邪魔をしては申し訳ないから、お嬢様のお食事が終わるまで部屋の中で待機をしていた。
ときどき、レオと呼ばれていた男から警戒するような眼差しを向けられたから、思いっきり睨み返してやった。
どうしてお嬢様と一緒にいるのか。
どうしてお嬢様はこの男に心を許しているのか。
そもそもどこの誰なのか。
様々な疑問が思い浮かぶが、お嬢様のお食事が終わるまでは口には出さずに心の内に留めておいた。
本来ならば食事や飲み物を運んだり空いた皿を片付けたりと給仕をするところなのだが、生憎とその必要はなく、お嬢様の後ろで邪魔にならないように控えることにしていた。
部屋の隅の方でスヤスヤ眠っている仔犬が可愛らしい。 ただでさえ小さくて可愛らしいのに、それの子供ともなるとまるで人形のようだ。
お嬢様のペットなのだろうか?
思わず頬が緩みそうになるが、慌ててそれを引き締める。
食べ終えた食器を片付け終え、椅子に座るとお嬢様が口を開いた。
「ではあの、改めて。 こちらがソフィリア。 私が公爵家を追い出されるまでは、私付きの侍女をしてくれていました」
「畏れながら、私は今でもお嬢様の侍女のつもりです」
お嬢様の言葉に、再び心が痛む。
お嬢様にとって私はもう自分の侍女ではないと。
もう、昔のように奉仕させていただけないのでしょうか。
「そう、なのですか」
「はい。 私が仕える主は今までも、そしてこれからもミリーお嬢様だけです。 ルーデイン家には既に辞表を提出させていただきました」
私はお嬢様を探しに出るために、ルーデイン家から去った。 同じような者は他にもいて、私のように宿屋を回って旅人に情報を尋ねたり、他の街を回ったりしている。
今日ここがわかったのだって、たまたま“ミリーと呼ばれた少女がいた”という情報を得たからだ。
ここにお嬢様がいるという確信はあまりなかった。
「ソフィ……」
「つまり、ソフィリアさんはミリーの味方ってことでいいんだね?」
「あぁ、間違いない」
男に肯定の意を示す。
「それじゃあ、ミリーが追い出されたときはどうして助けなかったの? 王太子たちに逆らって自分の地位が脅かされるのが怖かったの?」
男の言い方はあえて私を挑発するような、そんな言い方だ。
私がお嬢様を見捨てたと言いたいのだろう。
「そんなわけがないだろう!? あのとき、旦那様の命で、お嬢様の処分に対して反対派だった使用人は屋敷の一室に監禁されていた。 身動きが取れればすぐにでも……! いや、これはただの言い訳に過ぎないな」
ついカッとなって声を荒げてしまうが、徐々に言葉尻が小さくなっていく。
お嬢様が一番困っているときに何もできなかったのは紛れもない事実だ。 今さら何と言おうと、その事実は変わらない。 あの日、お嬢様を助けようとしたものは少なくなかった。 大切なお嬢様だ、命に代えても助けたいと思うものもいた。
しかし、そうでない者もいたのだ。 誤解して欲しくないが、お嬢様を慕っていなかったわけではなく、家族を危険に晒す危険を犯してまでお嬢様を守ろうとは思わなかった者たちだ。 その者たちを非難しようとは思はないが、彼らのせいでお嬢様を救いに行けなかったのは間違いない。
「身動きが取れていれば、すぐにでも助けに入ったと」
「あぁ。 ……ところで貴様は何様のつもりなんだ! お嬢様が許しているからいいものの、本来ならば貴様のような部外者が聞いて良い話ではないのだぞ!」
先ほどから私に敵意むき出しな様子の男に思わず怒鳴りつける。 人間は敵意を向けてくる相手には無意識にこちらも敵意を向けてしまうのだそうだ。 そのことを理解しつつも、私は声を荒げずにはいられなかった。
初めて見る顔だから何処かの子息ではないだろう。 そもそも、宿屋に泊まっている時点で王都の人間ですらないかもしれない。一体、なにが狙いだ。
「え、あぁ、そう言えば自己紹介がまだだったね。 俺は───」
「あの、私がご紹介します」
自ら名乗ろうとした男を止めて、お嬢様が口を開く。
この男の声を聞くよりも、お嬢様の声を聞いていた方が何倍も耳にいい。 いや、そもそも比べること自体、意味がない。 お嬢様に失礼だ。
どうしてこの男はこれ程までに私に敵意を飛ばしてくるのか。 それは、貴族に対する恨みでもあるのか疑いたくなるほどだった。
「ん。 なら、よろしく」
「はい。 ソフィ、こちらはレオナルド様。 街で本屋を営んでいて、道で倒れていた私を助けてくれた命の恩人です」
「そうですか。 お嬢様を助けてくれたことには感謝する」
なるほど。
それならばお嬢様がこの男を立てることも納得だ。きっと、助けられたことにとても恩義を感じているのだろう。
しかし、私はこの男がどうにも好きになれない。 第一、出会ってから間もないのにここまで敵意を飛ばしてくる相手をどうして好意的に受け止めることができようか。
お嬢様には申し訳ないが、この男には元の生活に戻ってもらうことにしよう。
本来は出会うことのなかった二人なのだ。 完全に元通りとまではいかないだろうが、そのための手助けは行おう。
お嬢様を公爵家の屋敷に連れ帰るわけにはいかないから、お嬢様の無実が証明できるまでは他の元使用人たちと共に何処かに家を探してそこに住むのが賢明だな。
「そして、その、あの。 わ、私の旦那様、です」
「……………は?」
お嬢様の言葉に思考が完全に停止する。
旦那……様?
あ、つ、つまり、お嬢様の主であるという意味か!
この男、お嬢様をまるで自分の所有物のように………!
「で、ですから、私の旦那様です。 私たち、結婚したんです!」
「…………………………………は?」
次いで出たお嬢様の言葉に開いた口が塞がらない。
視界の端では男も苦笑いを浮かべながら首を縦に振っている。
「ま、そういうことだね」
「み、ミリーお嬢様が……結婚?」
「はい」
「この男と……?」
「はい」
現状が全く理解できない。
いや、理解が追いつかないというわけではなく、頭が理解を拒んでいる。
しかし、そこは仮にも私は、ミリーお嬢様の側近の侍女であるわけだから、あまり現実逃避をしているわけにもいかない。
目の前で二人は仲睦まじく微笑みあっている。
レオナルドという男に関しては、ついさっきまでの雰囲気とはまるで違う。
お嬢様は少なからず、この男に対して好意を抱いているということだろう。
しかし、お嬢様ほどの女性ならば他にもいい男はたくさんいる。
この国ではダメだったとしても、隣国へ渡れば才色兼備な貴族の子息から婚約の打診は多いだろう。 例の男爵令嬢が学園を荒らすまではお嬢様は学園一、いや、国内一の女性だったのだから。
王太子との婚約があったものの、それでもお嬢様に想いを寄せる貴族は少なくなかった。 そんな男たちに見向きもしなかったお嬢様が、こうもあっさりと決めるというのは、おそらく───
「畏れながら、お嬢様」
「なんでしょう」
「お嬢様のお気持ちを否定すること、どうかお許しいただきたいのですが、お嬢様のそのお気持ちは恋心ではございません。 命を助けられたことへの感謝と、この男に頼るしかないという気持ちを、恋心と勘違いなさっているのだと思われます。 どうか一度、冷静に考え直してくださいませ」
窮地に陥ったところを助けられ、盲目になっているのだろう。
確かに見た目は悪くないが、それだけではお嬢様とは釣り合わない。
お嬢様が困っているときに何もできなかった私が、とやかく言える筋合いではないというのはわかっている。 お嬢様からしてみれば、後から出てきて何を偉そうなと思っていらっしゃるかもしれない。
「確かに出会って間もない頃はそうだったのかもしれません。 けれど今の私の気持ちには間違いありません」
「しかし、お嬢様の地位や美しさに目が眩んだだけかもしれないではないですか」
「私のことを心配してくれる気持ちはありがたいですが、レオ様のことを悪く言うのはやめてください。 私には既に地位などありませんし、むしろ公的には犯罪者です。 下手をすればレオ様だって、周りから侮蔑の眼差しを受けるかもしれないのです。 それでも、私をお側に置いてくださっているのです! そ、それに、容姿に関しては、レオ様に気に入っていただけたなら本望です」
「お嬢様……」
一息で言い切るお嬢様。 その様子から苦しくも、お嬢様の気持ちがそう簡単に揺らぐことはないと、わかってしまった。
「とりあえず納得してもらえたかな?」
「あ、あぁ。 事態は理解した。 しかし、貴様がお嬢様に相応しいかどうかは別問題だ」
この男がお嬢様に相応しいかどうか、私が見極めてやる。
お嬢様がこの男から離れるつもりがないのなら、この男をお嬢様に相応しく鍛え上げればいいのだ。
ふむ。
その手は悪くないな。




