第39話 再会と対立
〜ミリー視点〜
なんだか、懐かしい夢を見た気がします。 ホッコリと心が温かいです。
レオ様の腕の中で寝るとやはりとても心が安らぎますね。
慣れないところで眠れるか心配でしたが、レオ様の腕の中ならどこでも熟睡できそうな気がします。
「そろそろご飯をもらいに行って来るね」
「あ、あの、私も一緒に」
今の時間は午後の7時過ぎ。
少し寝過ぎてしまったようですが、まだまだご飯を食べる時間としては問題ないです。
一人で二人分を運ぶのは大変でしょうから、私もお手伝いした方がいいでしょう。 帽子を被れば短時間なら気づかれないでしょうし、皆さんお食事中なので周りのことはあまり見ていないと思います。
ジャックも眠ってしまっているようなので、問題ないでしょう。
「ダ〜メ。 ミリーが人に見られないようにするのが目的なんだから、付いて来ちゃったら意味ないでしょ? ここで大人しくしてて?」
「う、うぅ、わかりました」
もうすっかりレオ様に骨抜きにされてしまっている私は、こうして頭を撫でられながら言われると首を縦に振らざるを得ません。
レオ様の言うことも、間違っていませんし。
く、口元がだらしなく緩んでしまいます。 もう貴族ではありませんし、これくらいならいいですよね。
「それじゃ、行ってくるね」
「はい。 いってらっしゃいませ」
部屋を出るレオ様に手を振って送り出します。
こうしてレオ様を送り出していると夫婦みたいです。
あ、いえ。
せ、正式にプロポーズもいただきましたし、私たちはこれで完全に夫婦と言うことですよね。
私は家族とは縁を切られてしまっているので報告することができませんが、レオ様のご家族は北の山間の村にいるそうなので近いうちにご報告させていただきたいです。
子供もできたら嬉しいですね。
男の子と女の子が一人ずつ欲しいです。
男の子はきっとレオ様に似て凛々しい顔立ちでしょうし、女の子だったら一緒にお買い物をしてみたいです。
娘と買い物というものには実は少し憧れています。
家族とお買い物と言うのは、旦那さんであるレオ様を除くと、お兄様とソフィくらいとしかしたことがありません。
……皆様は、どうしているのでしょうか。
なんの夢かは思い出せませんが、レオ様と出会う前、まだミリアリア公爵令嬢だったときの夢だった気がします。心の何処かで、家族への未練があるのでしょうか?
お兄様には真っ向から捨てられてしまいましたが、ソフィにはそういったことは言われませんでした。
ですが、最後の最後───私が罰せられたときには側にいてくれませんでした。 結局、私はソフィにも見捨てられてしまったのでしょうか……。
はっ!
せっかくの旅行ですのに、暗い気持ちでいては楽しさが半減してしまいますね。
ブンブンと頭を左右に振って鬱屈とした考えを吹き飛ばします。
何かをして気を紛らわせないといけませんね。
本は荷物になるので持って来ていませんし、同様に裁縫道具も持って来ていません。
荷物の整理も終わってしまいましたし。
レオ様も自分の荷物は自分でしっかりと整理なさってしまいましたから、私が何かをする必要もありません。
「………暇です」
ベッドに仰向けになってぼんやりと天井を見上げます。
レオ様が近くにいてくだされば、少しも退屈ではないのですが、一人になった途端に退屈に感じてしまいますね。
はぁ……。
レオ様、早く帰って来てください。
コンコン
「あっ ♪ はーい!」
木のドアが叩かれた音に、バネ仕掛の人形のように勢い良く飛び起きます。
下のお客さんの迷惑になるので、あまり大きな音を立てないようにしながら小走りにドアに向かいます。
レオ様の体にぶつからないようにと、ゆっくりドアを開けると───
「おかえりなさいませ、レオさ───」
「お嬢様!」
聞き慣れた声がして、前から抱きつかれました。
私のものよりも少し高い位置にある胸が私の鎖骨に当たり、私の肩口に当てられた頭の後ろで、一つに結わえられ黒い髪の毛が揺れています。
顔はよく見えませんが、この感じは一人しか思い付きません。
「ソ、フィ………?」
「はい、お嬢様!」
恐る恐る名前を呼ぶと、少しだけ距離をおいたことでしっかりと確認できます。
いつものお仕着せではありませんが、間違いありません。
「貴女、どうして」
どうしてここにいるの?
仕事はどうしたの?
どうしてここに私がいるとわかったの?
そんな疑問が頭の中に次々と浮かび上がります。
「お嬢様のことを、ずっと探しておりました。 お嬢様、再びこうしてお会いできて本当に光栄です。 よくぞご無事で」
そう言うソフィの声は震え、目元には涙が滲んでいます。
「ソフィ……? もしかして泣いているの?」
「申し訳ありません、お嬢様。 お嬢様のお力になれず……」
「───ミリー!?」
ソフィの背中をそっと撫でていると、廊下の向こうからレオ様の慌てた声が響きました。
手には大きなお盆を持っていて、その上に二人分の食事が乗っているようです。
「レオ様!」
私がレオ様の名前を呼ぶと、ソフィもガバッと顔を上げレオ様の方を向きます。
「おい! ミリーから離れろ!」
いつもの優しい声とは打って変わって、あまり大きくないのに威圧感のある声でレオ様が言います。
「お嬢様の名前を呼び捨てにするなんて、なんて無礼な! 貴様のような者が気軽に口にしていい名前ではないぞ!」
「お、お二人とも落ち着いてください」
二人とも互いのことを敵とみなしてしまっているようで、場に言いようのない緊張感が漂います。
「ミリー。 この人、知り合い?」
「貴様はまた……!!」
「落ち着いて、ソフィ。 レオ様、こちらは私の侍女だったソフィです」
レオ様を射殺さんほどに睨みつけているのを宥めて、レオ様にソフィを紹介します。
「侍女だった、ですか……」
「侍女、ねぇ」
「っ───!」
侍女という言葉を聞いた途端、レオ様が今までに感じたことがないほど殺気立ちました。
私を断罪したときの王太子様たちよりも数段恐ろしい殺気です。
「お、落ち着いてくださいっ」
このままではいけないと思い、少し声を荒げます。
「……ふぅ。 それで、その公爵家の侍女様がどうしてこんなところに?」
ため息とともに殺気を収めたレオ様が少し不機嫌そうな顔をしてソフィに問いかけます。
「貴様に教える筋合いはない」
「へぇ……。 教えてくださらないなら、帰っていただけないですかね? せっかくの料理が冷めてしまいますので」
「ふん。 誰が貴様の指図など」
「あ、あの、とりあえずお部屋に入りましょう? ここでは他の方の邪魔になってしまいますし」
再びピリピリとし始めたので、慌てて二人を促します。
「ん、そうだね。 それで、この人も入れるの?」
「貴様は……!」
「あのレオ様、ソフィは本当に大丈夫ですので」
「まぁ、ミリーがそう言うなら信じるけどさ。 それじゃ、中に入ろう」
私の言葉に納得しきれない部分を残しつつもなんとか頷いてくださいます。
「はい。 ソフィも付いて来てください」
「かしこまりました、お嬢様」
なぜかいつも通り私の後ろに控えていたソフィにも声をかけて、お部屋の中に入りました。
……周りのお客さんに謝りに行った方がいいでしょうか?




