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物語の裏側で  作者: ティラナ
第二章
42/105

第38話 宿屋の醍醐味

 



 クーティンさんの後に続いて階段を昇る。

 この宿は3階建てで、俺たちの泊まる部屋は最上階の3階だ。

 ちなみに2階は一人客向けの部屋が大部分を占めていて、家族向けの部屋が一つだけあったはずだ。

 ところで、さっきまでミリーの腕の中で興味深そうに周囲を見渡していたジャックは、疲れてしまったのかスヤスヤと寝息を立てている。 やはりまだ体力が十分に回復しきっていないのかもしれない。


「ここが二人の部屋だよ〜」


 マスターキーか何からしい鍵で扉を開けたクーティンさんが、ジャジャーンという効果音でも付きそうな感じで両手を広げて部屋に案内してくれる。


 いや、一人部屋の方ならすでに何回も来てるんだけどなぁ。

 そんなことを考えつつ、促されるままに中に入る。

 うん、基本は一人部屋のときとあまり変わっていないようだ。

 あえて感想を言うなら───


 ───ベッドが1つ!!!


 まぁ、うん。

 そりゃ、うちでは一緒に寝てるよ?

 これって完全にそういうことでいいの?

 でもさ、シーツとか汚しちゃったら洗うのは頼むしかないじゃん?

 そうするとさ、お母さんにエロ本を見つけられたとき以上に気マズくなると思うんだよね。 ベッドが別なら自制できるかなぁって思ってたんだけど……。


「ま、一人部屋とほとんど同じだから説明はいらないかもだけど、一応説明しとくよ〜」


「ん、あぁ。 よろしく」


 なんとか思考をベッドから引き剥がしてクーティンさんの話に耳を傾ける。

 ……ミリーも話を聞こうね?

 ベッドを見たまま顔を赤くする姿は、見てるこっちが恥ずかしいから。


「入ってすぐ、左側がトイレね〜。 流す分の水はタンクにあるやつを使ってくれればいいから。 なくなったら声をかけてくれれば補充するから遠慮なく言ってね」


 ドアノブを回して開けたのは2〜3畳ほどのトイレだ。

 かなり大きいと思うかもしれないが、そこには水瓶が置かれていてるから実質的にはあまり広く感じない。 これを桶で汲んでブツを流すのだ。

 ちなみにうちのも同じくらいの広さ。


「あと、反対側のここがクローゼット。 一人部屋の3倍くらいの大きさがあるから服が多くても困らないと思うよ。 あ、最後にお風呂だけど、一階に共有の浴場があるからそこを使ってね。 男女で別れてるから一緒に入っちゃダメだよ〜?」


 そうなんだよな〜。

 ここだと部屋に風呂がないんだよねぇ。

 それが旅行の醍醐味でもあるんだけど、もし万が一、ベッドの上で身体が汚れたときにすぐに洗えないんだよな。

 しかし、それに関しては他のどの宿屋も同じだから仕方がない。


「あ、お風呂は別なんですね」


「そうだねぇ。 2階までならなんとかなるけど、さすがに3階だと水を運ぶのが大変だからね。 トイレ用の水だけでもヘトヘトだよ」


「あ、いえ、そうではなく……」


「ん? あっは〜っ、そういうこと〜。 ミリーさんのエッチ〜」


 最初は何のことか分からなかったが、クーティンさんのリアクションからなんとなく想像が付く。


「え、なに、そういうことだったの、ミリー?」


 意外と積極的だな。

 嫌じゃないんだけど、ここだと不都合が多いんだよね。

 男として、求められたら応じる所存だけどさ。


「え、あ、そそ、そそそ、そんなこと、そんなこと、なくもなくもなくないです!」


 ミリーは顔をリンゴのように真っ赤にして、頭をブンブン振りながら、更に右手を体の前でパタパタと振る。 左手に抱えられたジャックがビクッと目を覚ましたが、再び眠りに落ちた。

 ところで、結果的にミリーの返事は肯定になっているんだけど、それでいいんだろうか?


「動揺しすぎだよ〜。 あ、でも昼間だったら使う人いないだろうから、特別に貸し切りにしてもいいよ?」


 冗談なんだか本気なんだかよくわからないニュアンスで提案してくれる。

 こういうのって反応に困るよね。


「い、いえ、大丈夫です!」


「あっはは、まぁ、使いたくなったらいつでも言ってね。 それじゃあ、あたしは下に戻るから〜」


「ありがとね、クーティンさん」


「そ、その、ありがとうございます」


 ミリーで遊んで気が済んだのか、手をヒラヒラと振りながら部屋を出て行くクーティンさん。

 ところでさ、ミリーに大きな恩があるって言ってなかったっけ。 その様子がイマイチ見えないんだけど。


 クーティンさんの姿が見えなくなってから、部屋のドアを閉める。

 そして、ミリーがジャックを外套を丸めて作った簡単なベッドの上に寝かせているのを横目に、そのままベッドに後ろ向きにダ〜イブ。

 これぞ旅行の醍醐味だよね。


「ふぁ〜。 いやぁ、旅行っていいねぇ。 実際には出張みたいなもんだけど〜」


「れ、レオ様……?」


 急にベッドに横になった俺の様子にビックリしたらしいミリーが戸惑いの声を上げる。

 確かに行儀もなにもあったもんじゃないな。

 まぁ、やめる気もないけど。


「ごめんごめん。 こうやって宿のベッドに思いっきり横になるの好きなんだ。 自分の家とは違うところに来るとなんかテンションが上がるって言うかさ」


 旅行に来ると、なんとな〜くテンションが上がるんだよね。

 ホテルでも仕事をしないといけないときなんかは別だけど、そうじゃなければ出張とかでもテンション上がるし。

 ……子供なのだろうか。


「そういうものですか?」


「うん。 ミリーはそういうことない?」


「私はレオ様のお側ならどこでも嬉しいです。 ただ、どちらかと言えば自分の家の方が安心できる気はします」


 うーん。

 確かにここはホームじゃなくてアウェーだからな。

 いや、ミリーにとっては慣れ親しんだところでもあるんだろうけど、どこに敵が潜んでいるか分からないから宿の中とはいえ心を落ち着けられないのかもしれない。


「あ〜、まぁ、それはあるよね。 3泊だから我慢してくれる?」


「あ、い、いえ、決してここが嫌だというわけじゃないんです。 レオ様と普段とは違うところに来るのも楽しいですし」


「そう? なら良かった。 ほら、せっかくならこういう楽しみは共有したいからね」


 俺一人で盛り上がってても虚しいだけだし、何よりミリーにも楽しんでほしい。

 少しでもミリーの不安感を取り去ってあげたいな。


「せっかくだし、ミリーも横になりなよ。 ほら、横あいてるよ」


 ポンポンと俺の隣を叩く。

 ダブルサイズのベッドだから、俺が大の字になっていてもミリーが寝るスペースは十分にある。

 普段のベッドは二人で寝るには少し狭かったからね。


「で、では、失礼して……」


 頬を染めながら照れ臭そうにハニかんで、ベッドにポスンッと横になる。

 位置的に枕には届かないから、俺の腕を差し出してあげると、ミリーはその上に頭を乗せてくれた。 いわゆる腕枕というやつだ。

 お、襲っちゃダメだぞ。

 落ち着け〜、俺。


「ミリーの髪、柔らかくていいね」


 危うく伸びかかったもう一方の手をミリーの頭に持っていき、そのまま髪を優しく撫でる。

 金色の髪は5日間の旅にも関わらず、いつも通りのサラサラふわふわ感を保っていて触り心地が最高だ。

 ミリーも目を瞑って気持ち良さそうに俺の手を受け入れてくれている。

 ほんっとうに愛おしい。


「んっ……。 ありがとうございます」


「夕食まで時間あるし、少し昼寝しようか」


 平日はもちろん仕事があるし、休日は休日で買い物をしていたから昼間っからのんびりするというのは、あまりなかったからな。


「お昼寝、ですか?」


「たまにはいいでしょ?」


「そうですね」


 俺の言葉に頷いてから、そっと身を寄せて来る。

 その仕草が仔犬や仔猫のようで、ミリーの愛くるしさが溢れ出している。

 空いている手をミリーの背中に回して俺も微睡みの中に意識を手放した。

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