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物語の裏側で  作者: ティラナ
第二章
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第36話 いざ王都へ

 




 なんだかんだ色々とあったと言えば色々あったし、何事もなかったと言えば何事もなかった5日目。

 日は既に南中を通り過ぎているが、日が沈むにはまだしばらくかかりそうな時間に、俺たちはとうとう王都の目前までやって来ていた。


 周囲を石の壁に覆われたその姿はかつての戦争の名残で、要塞としても活用されていたことを体現している。

 改めて見るとやっぱり大きい。


「もうすぐで街に着くからね。 用意しておいた変装と、念のためにフードを被っておいて?」


 本人も分かっていると思うが、一応、言葉にして促しておく。

 伊達眼鏡は普段からかけておくにはちょっと邪魔だということで、旅の間はつけていなかった。 前世のものと違ってグリップがしっかりしてないから、飛んだり跳ねたりしたらすぐに落ちちゃうしな。


「はい」


『ワン!』


 俺の声に、一人と一匹の可愛らしい返事が返ってくる。


「ジャック、大人しくしててね?」


『ワン!』


「随分ミリーに懐いたね」


 ジャックというのは、初日に拾ったミニチュア版ミニチュア・ダックスフンドの名前だ。

 あれから4日経ち、様態も安定した彼───男の子だということは確認しました───はすっかりミリーに懐いている。

 犬というものが知能の高い動物だからなのか、ミリーが必死に自分の看病をしていたことを理解しているのかもしれない。

 今もミリーの腕に抱かれて大人しくしているし。


 美麗なミリーが小動物を両手に抱える様は、ギャップがあって萌える。



 名前といえば、ミリーと俺は偽名は使わず、本名のままで行くことにした。

 下手に偽名を使って、万が一のときに反応できなかったらマズイからだ。


 この国では、ミリーというニックネームは意外と多い。

『ミリアーナ』『ミリアシア』『ミレリー』もちろん、『ミリアリア』などなど。 中でも一番多いのがミリアーナで、前世だったらクラスに一人は大体いそうな感じでいる。 さらに言えば、『ミリー』が本名という人もいる。

 レオはそんなに多くはないけど、別に俺は名前バレも顔バレもしていないから大丈夫だろうというわけだ。


「はい。 ジャックも元気になってくれたみたいで嬉しいです」


 嬉しそうにミリーが答え、それに続くようにジャックも元気よく鳴いた。

 王都の壁に沿ってしばらく歩くと、王都の入り口である門が見えて来た。


「お、見えてきた見えてきた。 よかった、混んでるみたいだね」


 門のあたりでは多くの人が出入りしている。

 王都に野菜や肉を運び入れる人や、逆に品物を王都から地方へと運ぶ人など様々だ。

 そして門の左右には恐らく軍の所属だろう人が一人ずつ控えている。 検閲のためだろう。


「混んでるといいのですか?」


「そうだね。 ほとんど気持ちの問題かもしれないけど、ガラガラだとじっくりと見られるかもしれないからね。 それに対して、それなりに混んでいたら向こうも大勢を見ないといけないから、一人一人を見る時間は短くなるんだよ。 まぁ、知ってると思うけど、なんの検査があるわけでもないんだけどね」


 そう。

 一応、検問みたいなものはあるが、パスポートのないこの世界ではなにをチェックされるわけでもない。

 滞在期間を聞かれることもないし、戦時中でもない今は武器の携帯の規制や強引に顔を覗き込まれることもない。

 剣を携帯してはいるものの、抜くことなんてまずないだろうし、門の左右に立って通過する人の中に明らかに変なのがいないかを警戒しているだけの、ほとんど形式化されただけの検閲だ。


 さらに今は時間帯が良かったのか、出入りする人がそこそこいるからチェックはますます緩くなる。


 そんなわけでリアカーを引っ張って、他の人たちに紛れて門を通過する。 普通に、駅の自動改札を通過するくらいの感覚だ。


「お仕事ご苦労様です」


「ご苦労様です」


『ワン!』


 門番にかる〜く会釈して通り過ぎる。

 彼らも俺らをチラッと見たがすぐに他の人に視線を移した。


 ふぅ。

 特に怪しまれることもなかったらしいな。


「ちょっと待て」


 ピシッと、俺の表情筋が硬直した気がする。

 帽子のつばに隠れて見えにくいが、ミリーの表情も強張っているのだろう。

 もちろん平然とした表情のまま固まったから、別に変な感じはないだろうが。


 すぐに平静を装って、『急に呼び止められて困ったな。 なんで止められたんだろう? 早くしないと宿屋が埋まっちゃうかもしれないのに』という表情で振り返る。

 演技って具体的にイメージした方がやりやすいと思うんだ。


「……なんでしょう?」


 門番の一人が真っ直ぐにミリーの元へと歩み寄って行く。

 自分の喉が一人でにゴクリという音を立てた。


 一歩。

 また一歩。

 と、ミリーと門番の距離が縮まっていく。


 そして、その手がゆっくりと伸び───


「イヌを連れて行くなら、逃げられないように首輪を買っておくことを勧める。 逃げられたら困るだろう?」


 ───ジャックの頭を撫でた。


 ………あ。

 数瞬、なにを言っているのか理解できなかったが、すぐに頭がお仕事を開始した。

 よかった。 どうやらミリーのことがバレたわけではないらしい。


 油断し過ぎないように気をつけながら、表情と声を作っていく。


「そうですね、ありがとうございます。 安くていいものを売っているところってありますか? 」


「あぁ。 それなら、この大通りを真っ直ぐ行った突き当たりにある雑貨屋がいいだろう。 庶民向けのペット用品を扱っているのはあそこくらいだからな」


「突き当たりの雑貨屋ですね。 ご丁寧にありがとうございます」


「いや、気にしなくていい。 では、私は仕事があるのでな」


 案外、いい人だったようだ。

 口調は少しぶっきらぼうと言えなくもなかったが、対応は丁寧だったし、とても紳士的だった。


「き、緊張しましたね」


 門から十分に距離を置いてから、詰めていた息を吐き出すようにミリーが言葉を紡いだ。


「そうだね。 ダメかと思ったよ」


「帰りもこんなに緊張するのでしょうか?」


「いや、帰りだと後ろ姿だけになるだろうから、大丈夫だと思うよ」


 門の内側に門番は待機していないから、行きと違って顔を見られる心配は少ない。

 しかも、これは東京などのような大都会には共通して言えることだが、人が多いほど人と人との繋がりは希薄になる。 すれ違う人の顔なんていちいち見ないし、有名人に似ていたとしても、『あ、似ているな』程度にしか考えないだろう。

 ある程度の変装をしていれば問題ない。


「ほぅ……。 良かったです」


『ワン!』


「まずは首輪を買いに行こうか」


 さっさと買っておかないと、また他の人に声をかけられるかもしれないからな。


「そうですね」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 〜雑貨屋で〜


「あ、これなんてどうでしょう? 可愛いですし、比較的安いですよ」


『ワン!』


「……うん、ジャックも喜んでるみたいだしいいんじゃないかな」


「ではこれにしますね」


『ワン!』


「……うん」


 何故だろう、セリフを言うタイミングをジャックに奪われている気がする。

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