第3話 本屋さんのお仕事
俺の店では本屋とは言っても、図書館のような役割も果たしている。
利用料を払って貰えれば、その日の間はカウンター前の読書スペースで店の本を自由に読んでいいという制度を設けたのだ。もちろん汚したりしたら買取となる。
中世ヨーロッパよりは印刷技術が発達しているとはいえ、それを生業とでもしない限り大量に買い揃えるのは流石に難しいので、こういったサービスで本を楽しんでもらおうというわけだ。 お爺さんから受けた恩を街の人たちに少しでも分けてあげられたらと思っている。
そしてその志の元、前世の知識と蔵書量を活かして、子供の勉強も見ている。 こちらは無料だが、もちろん両親の同意の元だ。 この国には貴族向けの学校はあるが、庶民向けには───こう言っては失礼だが───規模の小さな寺子屋のようなものしかない。
それでも街や村の子供全員の、文字の読み書きや簡単な算術を学ぶには十分ではある。
しかし、それはあくまでも小学校の四年生くらいまでの内容までで、それ以上の専門的な学問を学ぶ場所はない。
例えば鍛冶屋の子供が将来、王都で官僚となるのはやはり無理がある。 繋がりや経験は別にしても、そもそも政治学などはそれこそ貴族くらいしか学ぶ機会がないからだ。
そういう出世ルートを考えていなくても、専門的な勉強がしたいという子供は少なからずいる。 そこで俺がそれぞれが学びたくても学ぶのが難しい専門的な学問を教えることになったのだ。 街の寺子屋の先生では流石にそこまでは手が回らないらしい。
所詮は本で読んだ知識と前世の受け売りでしかないけど、それでも子供にとっては貴重な勉強の機会なのである。
学びたい学問だけを特化して教える、無料の個別指導塾のようなものだと思ってくれればいいだろう。
「センセー、おはよーございまーす」
店を開けて本の整理をしていると、七歳の小さな女の子がやってきた。
エシルという、ウチで勉強を見ている子の一人だ。
「おはよう、エシルちゃん。 今日も元気だね」
「うんっ!」
「よし、それじゃあここにどうぞ?」
「はーい」
勉強を始める時間などは特に決まっていない。
それぞれがそれぞれに家の予定があるし、同時に見られる人数にも限りがあるからだ。
「───と言うわけで、この国は王家が政治や軍のトップになってるわけだ。 そしてその下では宰相様、いまはルーデイン公爵様だね。 それで、その宰相様が国の政治を行っていると言うわけ」
身振り手振りや手元の本を交えながら説明して行く。
普通に暮らしている限り、国のトップのことなど俺のように小まめに王都に出向いていない限り、知る必要はないため知る機会もないのだ。
「あの、お仕事中…………ですね、ごめんなさい」
二階に通じる階段から、ミリーがチラリと顔を覗かせた。 が、俺が勉強を教えていることに気が付いてそのまま引っ込んでしまった。
「……ん? センセー、いまの人だれ? お嫁さん?」
「え? い、いや。違うよ? けど、ごめん。ちょっと待っててね?」
「うん、わかった〜」
エシルの頭を撫でてから、二階に向かう。
「ごめんね、何か用だった?」
「え!? あっ、レオ様! お、お仕事はいいんですか?」
「うん、まぁね。勉強を見て上げてたんだ」
「お勉強、ですか?」
「うん、そう。ほら、この国って貴族しかちゃんと勉強をする場所がないでしょ? だからボランティアで勉強をしたい子供を集めて教えてるんだ。 まぁ、俺も庶民の出だからそんなに学があるわけじゃないんだけど」
ははは、と後頭部を掻きながら笑う。
「あの、私もお手伝いしてよろしいでしょうか?」
「もちろん。 でも、いいの?」
「はい。私も元は貴族の端くれでしたから、多少ならお役に立てるかと」
彼女は自分の言葉に気が付いていないようだ。
一体どんな事情があったのかは知らない。
しかし、貴族位を取り上げられるというのはそう起こりうることではない。しかも、貴族の学校は13歳から18歳までであるを考えると、彼女はまだ学校に通っていたか卒業したばかりだったのではないだろうか。
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
「はい! お役に立てるように頑張ります!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「綺麗なお姉ちゃんセンセー、ありがとー。センセーもー。さよなら〜。またね〜」
「気をつけてね〜」
笑顔で手を振るエシルに、同じく笑顔でミリーが手を振る。
心なしかその表情も明るくなった気がする。 作った明るさではなくて内から溢れる自然な明るさだ。
勉強は、流石というべきか政治経済などに関しては俺よりも遥かに知識が上だった。
算術、前世で言うところの数学は大丈夫だったが。 そこは前世の知識がまるまる使えるからな。
「もうそろそろ昼飯時か。よし、それじゃあ一旦店を閉めるか」
「あ、お昼は閉めるんですね」
「あぁ。街の人もみんな家だったり店だったりだからね。 特に客足が少ないんだよ」
「なるほど。そこでレオ様も休憩をなさるんですね」
「そういうこと。 さ、ご飯にしよう」
「あの、お昼までお世話になって、よろしいんですか?」
「今更なに行ってるの。好きなだけ居ていいって言ったでしょ? 衣食住くらいなら保証するよ」
現時点で最低限───特に衣はどうにかしないとヤバい───くらいしか満たせてあげられてないわけだけど……。
「あ、ありがとうございます」
若干申し訳なくなった俺に対して、ミリーは両目に涙を貯めて嬉しそうにそう言った。
「それに、午前中は疲れたでしょう? 昼飯は俺が作るから座って休んでて 」
親指でそっと涙を拭ってあげながら、椅子に座らせる。
そう。 本人の明るい口調や雰囲気を見ていると忘れそうになるが、ミリーはつい今朝方、空腹と疲労で道に倒れていたのだ。
かなり痩せてしまっているし、あまり無理をさせるわけにはいかない。
「ですが───ぁ」
「っと」
急に立ち上がったせいでミリーがふらっと傾く。 それを両手で支えて、もう一度椅子にそっと座らせる。
「ほら、まだ本調子じゃないんだから無理しちゃダメだよ? 」
「は、はい……。 ありがとうございます」
「ん。 それじゃ、チャチャっと作ってくるね」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午後はミリーには部屋でゆっくりと休んでいてもらった。
何冊か面白い小説を差し入れておいたので、少しでも暇つぶしになっていればと思ったのだが、部屋に戻るとミリーはすっかり眠りについていた。
規則的な寝息を立てるミリーは、家に運んで来たときと比べるといくらか顔色も良くなっている。
ドレスについた土を見るに、ここに来るまではもしかしたら地べたで寝ていたのかもしれない。 そんな環境でぐっすりと眠るのは難しいだろう。
もう少し、そっとしておいてあげよう。