第35話 責任、とってくれますよね?
……頭が痛い。
あれ?
夕べ俺、どうしたんだっけ?
ミリーに改めてプロポーズの返事をもらって。 運命って不思議だなぁ、みたいなことを思って。
あ、そうだ、それでミリーがすごく可愛くて……。
………あ゛。
なんか、とんでもないことをした気がする。 恥ずかしいことを言いながらミリーとキスをしたことくらいまでしか覚えていないけど。
恐る恐る目を開くと、あまり高くないテントの屋根が視界に入った。 良かった、テントの外で気を失うと言うことはなかったようだ。
おそらく女将さんにもらった酒で酔ったのだろう。
でも、ほんの少しの量だったはずだし、そこまで酒に弱くはない。 そんなに強い酒だったのだろうか?
まぁ、いま考えても仕方がないことだな。 酒の中身はまだ残っていたはずだから、街に帰ってから女将さんに聞いてみよう。
とりあえず起き上がろうと両手に力を入れたタイミングで、自分が何かを抱いていることに気がついた。
あぁ、ミリーだな。
テントの中は狭いから寄り添って寝たのだろう。
視線を下ろすと金色のウェーブがかった髪のミリーがいた。
────全裸で
俺が起きたことに気がついたのか、ミリーがゆっくりと目を開く。
「うぅぅ〜。 あ、レオさま〜。 おはようございます …………え? ……あ、きゃっ!」
そして自分が服を着ていなかったことに気が付いて慌てている。
……って、俺も服着てないじゃん!
「あ、あのさ、ミリー。 昨日何があったか覚えてる……?」
「き、昨日ですか……」
俺の問いかけには返事をせず、ただ頬を真っ赤に染めて恥ずかしそうに目を逸らす。
え、いや、マジで俺、何やったの?
こういう事後そのまま朝を迎えるってことは何回かはあったよ。 お互いにそういうお年頃だもの、そう珍しいことじゃない。 そういうときは微笑みあいながら、おはようのキスをするのが習慣だ。
こんな反応、初めてだよ。
「私、目醒めてしまったかもしれません……」
何に!?
そして、なんでそんな恍惚としたような、恥ずかしそうな表情なの!?
「……………えっと、川で水浴びをして来ようか」
ミリーが自分の世界に浸り始めてしまったから、引き戻すために提案してみる。
何が何でとは言わないけど俺も汚れているし。 川でしっかりと洗い流したいところだ。
「か、川で致すんですか……!?」
「み、水浴びをね」
致すって何?
そしてその恥ずかしさ半分、期待半分な表情は何?
───とは、怖くて聞けません。
「あ……み、水浴び。 そ、そそ、そうですよね」
目に見えてあからさまに肩を落とすミリー。
なんかよくわからない。 と言うか、わかりたくないけど期待してたんですね。
服は近くには見当たらなかったが、水浴びをするのには必要ないから後で探せばいいだろう。
川はすぐ目の前だし。
桶とタオルを持って川に向かう。
テントを出る前にチラッと時間を確認したが、時間はいつもより少しだけ遅いようだ。
昨日ミリーが助けた仔犬ちゃんはテントの隅で布の上に横になっていた。 呼吸はしっかりとしているから、回復に向かっているのかもしれない。
ざぁーっと、肩から勢い良く水をかける。
川は底までなんの淀みもなく見え透き通っていて、山から流れてくる雪解け水だからなのかは知らないが、ひんやりとしている。
「ぷはぁ、冷たくて気持ちがいいね」
振り返ると、俺と同じようにミリーも水浴びをしていた。
白い肌の上を水の粒が跳ねながら朝の光を反射して、まるで宝石のように輝いている。
水に濡れてぺったりとしている金色の髪も、ミリーの色っぽさを醸し出している。
これでミリーの足元に大きな貝殻を持ってくれば、ビーナスの誕生に負けず劣らずの作品になることだろう。 ……いや、現時点でも全然負けていないな。 そもそも芸術作品に優劣はないか。
周りを木々に覆われているから森の中で水浴びをする女神のようだ。
「んん〜。 ふぅ、そうですね」
フルフルと顔を左右に振って水を払ってからミリーが息を吐きながらそう言う。
気だるげに髪を払う仕草がアダルティだ。
「………あれ、なんであんなところに服が落ちてるのかな?」
つーっと視線を逸らすと、川とテントの中間あたりの木の根元に俺の服が落ちていることに気が付いた。 よく見るとその下にミリーの着ていた服も落ちている。
ミリーのものは小さくまとまっているが、俺のものは横に広がっている。 なんだかミリーが脱いで、その上から俺のものを脱ぎ捨てたような感じだ。
あそこで一体何があった……!?
「本当に覚えていらっしゃらないのですね」
み、ミリーがジト目をした!
めっちゃ可愛い!
レアだ、レア!
……って、今はそうじゃないね。
怒っているというわけではなさそうだけど、あの服が何か迷惑をかけてしまった残骸だということはわかった。
「その……申し訳ないです」
「い、いえ、お気になさらないでください。 ただ、その、責任は、とっていただけたら……」
「な、何の……?」
ま、まさか子供ですか!?
でも、そこに関しては既に覚悟はできているからな。
だが本人曰く、ミリーは子供ができにくい家系らしい。
ミリーも5つ年上の兄がいるだけで他に兄弟はいないらしい。 金と人手に余裕のある貴族の家では子供が多いのは良くあることらしい。 子供が多ければ結婚などで他の家との結束も強くなるから、いろいろと便利なのだろう。
ミリーの家は違ったらしいが、側女がいれば子供を産む負担も軽減されるだろうし。 あと、ミリーの父親───この前店に来たルーデイン公爵が側女を取らなかったのは、他家との結びつきも家の力も十分だった上に、正妻であるミリーの母親を愛しているからとのことだ。
……その、愛している人との一人娘をあんな目に合わせるかね。 母親に関しても同様だが。
えっと、話がずれたな。
まぁ、とにかく、ミリーも子供ができにくいだろうということだ。
ミリーは欲しがってはいたが、当分先になりそうだ。
それに、いまは全然問題ないが、子供が大きくなったらいまの収入では少し厳しいかもしれない。 まぁ、一人くらいなら何の問題もないし、働き手も増えるから心配はいらないかな。
「そ、その、屋外でするのも、イイ……ですね……」
「………」
そ、そっちの責任は………。