第32話 旅に想定外は付き物です
作者もびっくりな展開……。
翌日。
ようやく日が昇り始めた時間。
リアカーに荷物を積み終えた俺たちは2週間の旅に出発しようとしていた。
「かなりの量ですね」
ミリーはリアカーに積まれた荷物をまじまじと見ている。
「まぁ、最低3泊は野宿しないといけないからね。 一日三回の食事の他に、テントとかの野営用の道具一式。 あとは途中に川は流れているけど、念のために水が2日分。 どれも命に関わるものだから仕方がないよ」
なんだかんだで、リアカーのおよそ半分近くは旅の道具が積まれている。
昨日買っておいた保存食はもちろんのこと、テントなどの野営の道具は欠かすことができない。 そしてそれはかなりの場所を取る。
薪などの燃料は野営する場所で見繕うにしても、焚き火をする場所をセッティングするためのスコップや、獣対策の紐や鈴なんかもある。
リアカーがあるからいいものの、これを背負って歩くとなったらとんでもない重さだろう。
「あのレオ様、何かお手伝いできることはありませんか?」
ミリーは申し訳なさそうに問いかけてくる。
彼女は荷物を何も手にしていない。 そもそも、彼女の荷物もリアカーに積んで運んだ方が楽なのだから、そうさせたのだ。
積載量が多くなると、動き始めと止まるときが大変だがそれ以外のときは大差はない。
「うーん……。 今のところは大丈夫かな。 必要になったら声をかけさせてもらっていい?」
今までは一人でやって来たのだから多分なんとかなるだろうが、何か起こったときにはミリーの力が必要になるかもしれない。
「はい、それはもちろんです」
「ありがと。 それじゃあ行こうか」
忘れ物がないことを確認してから、俺はリアカーを引いて街の外へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「王都までの道のりが平らで助かったよ。 そうじゃないとこうしてたくさんの荷物をリアカーで運ぶなんてできないからね」
街の外。 王都へ向かう道は芝生よりも少し長いかなくらいの背の低い草が生えている草原だ。
この国は国土のおよそ7割がこういった平らな土地で成り立っている。
少し難しい用語を使うなら構造平野というやつで、見渡す限り真っ平らでたまに背の低い木が生えていたりする程度だ。 そしてその木の近くには小さな犬のような動物がいたりする。
ミニチュア・ダックスフンドよりも更に小さな彼らはあれでも大人で、人間には襲いかかって来ることはないから可愛いものだ。 貴族の中にはペットとして飼う人もいるらしい。 ……たまーに、旅人が寝ている間に保存食を食べられるという被害があるらしいけど。
群れの意識が強く、たとえ自分の子供でなくても同じ群れの中ならばしっかりと育てるという微笑ましい習性がある。
そして視線を上げ、街の方を振り返ってみるとその更に向こうに薄っすらと山脈の影が見える。 緑に覆われた山々は標高2千メートルくらいだろう。
俺たちの住む街や王都に貴重な水を送ってくれる川の始まりの場所で、俺にとっては馴染みのある場所でもある。
「本当ですね。 北方の山脈の方に住む方々は大変でしょう。 あの地域は冬になると雪もすごいらしいですから」
「その山脈の中にある村が俺の住む村なんだけどね」
「えっ。 そうなのですか?」
俺の言葉にミリーが驚いたように目を見開く。
そういえば、俺の故郷の具体的な場所の話はしたことがなかったかもしれない。
あんな人がいた、こんなことがあった、というのは話をしたことはあるが。
「うん。 おかげで冬場はなかなか家の外に出られないこともあって大変だったよ」
日本でも雪のすごい地域では一階のドアが塞がってしまうというのはそう珍しいことではない。 二階にドアを作るという場所もあるらしいし。
俺の住む村では残念ながら二階に出入り口があるということはなかったし、俺がそれを発案しようにも土地や耐久度などの問題で実現が不可能だと思い諦めたのだ。
そんなものがなくてもあの村はしっかりと成り立っていたからね。
出入り口の扉の前には大きめの屋根を付けて雪が積もりにくくしたり、そもそも冬場は雪のせいで農作業もできないのだから床下に食糧を備蓄しておいてできるだけ家から出ないで過ごしたり。 しっかりと対策はされていた。
俺はその冬の期間に両親に文字を教えてもらったり、ウチにある本や村の人に借りてきた本を読んだりして知識を身に付けた。
特に村長の家は多くの本を持っていたから、冬場でもよく出入りさせてもらっていた。
「私は話でしか聞いたことがないのですが、やはり大変なのですね」
「まぁね。 でも良いところだよ。 水は綺麗だし、夏場は涼しいし。 あと日当たりもいいから作物がよく育つんだ」
どうやら北半球にあるらしいこの国では、太陽は東から出て南の空を通ってから西に沈む。
そうすると山の南側斜面にあったウチの村は日当たり良好な農作業にはうってつけの場所だった。
雪解け水は飲み水に使えるし、作物を育てるのにも使えた。
この国で一番水不足と縁遠い場所と言っても過言ではないだろう。
「行ってみたいです」
「そうだね。 それならさ、今度行ってみない? 両親に紹介するよ」
村を出てから3年。
一度だけ戻ったことはあったがそれ以来ほとんど連絡も取っていない。
手紙と言ったら自分で渡すか、それとも知り合いに頼むかしか手段のない庶民が故郷の家族に手紙を送るというのはなかなかに難しいことなのだ。
それこそ貴族ともなればそのために馬を走らせるのだろうが。
ちなみにウチの本の配達システムの注文は手紙かカウンターに直接ということになっているが、大体はご近所さんに『あら、本屋さんの近くに行くんならこの手紙を届けてくれない?』という感じらしい。
ご近所付き合いは大切だな。
何て考えていたらミリーが立ち止まったことに気がついた。 俺も数歩進んでしまったところで立ち止まる。
「え、えええ、ええ、えと、えと、あの、えっ!? えと、えっ!? い、いいのですか!?」
「もちろん」
まぁ、そう連続でお店を長期休業にするわけにはいかないからもう少し先になると思うけど、俺も家族や昔馴染みには会いたいからな。
ミリーを置いて行くわけにもいかないし。 そもそも置いて行きたくないし。
そんなに動揺しなくてもいいと思うんだけど。
「そ、そうじゃなくて! あの、こ、恋人をご両親に紹介するってことは……。 その、ああ、あの。 け、けけけけ、結婚ってことですよね!?」
「え……? あ……。 あ!?」
そ、そういえば、この国そんな風習があったような。 てか、あったな。
家族に恋人を紹介=結婚、だもんな。
「い、今のって、その……。 ぷ、プロポーズってことですか!?」
「そ、そう、なる……ね」
プロポーズ……。
プロポーズだな、うん。
なぜ俺はリアカーを引っ張った状態でプロポーズしてるんだろうか……?
おかしいな。
プロポーズって言うとこう、デート帰りにとか、夕食の後のティータイムにそれとなくとか、そう言うのをイメージしてたんだけどな。
せめてリアカーを引っ張ってるにしても、この旅の帰りの方が良かったよな。 間違っても行きじゃないよな。
「そうですよね!?」
「……うん」
なんか現実逃避し始めた俺とは対照的に、ミリーは両目に涙を浮かべて頬を赤らめている。 怒ってるわけではなさそうだ。
……こんなプロポーズでも嬉しいんだろうか。
「え、えと。 わ、私のこと幸せにしてくれます……か?」
「も、もちろん。 ミリーのことは絶対に幸せにする。 ううん、一緒に幸せになろう?」
「はい!」
故郷に行くイベントを考えていたら、『あれ? 故郷に行くってことは……結婚報告?』と、なってしまいました。
急展開すぎて申し訳ないです。
まぁ、二人の関係は大きくは変わりませんのでご安心を。