第30話 異世界に転生したなら
空は明るくなっているものの、人が動き始めるにはまだ早い時間。
「ふっ! はっ! ふっ! はっ!」
息を吐く音とも掛け声とも取れる声が、まだ人気のない道に動きを与える。
「ふっ! はっ! ふっ! はっ!」
じん、じん、ジンギスカ〜ン ♪
……じゃなくて。
集中、集中。
俺は王都に向かうということで久しぶりに木剣を振るっている。 ボクシングでいうところのシャドウボクシングのように、素振りよりも様々な動きを混ぜたトレーニングだ。
頭の先から爪の先、更には木剣の切っ先まで神経を行き渡らせる。
剣は体の一部だ。 心の乱れがそのまま剣に表れる。
思いの強さが勝負を決めるという漫画的展開もこういう部分が影響しているのかもしれない。
「はあっ!」
木剣を両手でしっかりと構えたまま、袈裟斬りから燕返し、そのまま体を捻って後ろに敵がいると想定して横に一閃する。
すぐ近くに人がいないことは確認しているから少し大胆に動いてみているのだ。 流石に人がいたら危なくてできない。
「レオ様、何をなさっているのですか?」
俺の動きが止まったのを確認してから、少し前から店の入り口で俺の様子を伺っていたミリーが声をかけて来た。
某野球漫画の姉のように柱の影からこっそりとではなく、外に出て来て堂々とだ。
「ん、ちょっと剣の練習をね」
「剣ですか?」
不思議そうにミリーが首を傾げる。
『持っているものが剣なの?』という疑問ではなくて、『どうして剣を?』という疑問のようだ。
「ほら、王都まで行くときの護身用だよ」
ここから王都までは片道で5日。
この国は治安がいいから盗賊などはほとんど出ないが、それでも油断は禁物だ。 万が一が起こってからでは遅い。
盗賊でなくても獣の類が出て来る危険性はあるしな。
本物の剣ではなくて木剣を使っている理由は、安くてメンテナンスが必要ないからだ。
俺はそもそも戦争に行くわけではないから、殺傷能力の高い武器を使う必要性はない。 動けなくするだけでいいのだ。
バトル漫画とかだと木刀なんて片手で防がれてすぐに折れてしまっているが、ぶっちゃけこれで本気で頭を殴られたら一瞬で意識を持っていかれるレベルだ。 気絶で済めばいいが、下手をしたら首がもげる。
腕で防いだりしたら骨が折れかねないし。
突けば、相手の装備や当たり方によっては、刺さるんじゃないだろうか……?
「レオ様は剣術を修めていらっしゃるのですね、流石です」
ミリーが両手を合わせて恍惚とした表情でそう言う。
なんかミリーの中ですごく美化されているような気がする。
「修めてるってほどじゃないんだけどね。 俺の住んでた村に軍を引退したおじさん───って言ってもほとんどお爺さんだけど───がいてさ。 その人に教えてもらってたんだ」
俺が剣術を始めたのは2歳のときだ。
異世界に転生した男子ならば誰もが思うだろう『剣を極めたい』と。
俺もそうだった。
異世界に生まれ、始めのうちは混乱していたが次第に順応して言葉を覚え、歩けるようになってからは様々なものを見て回った。
そこでたまたま剣の素振りをしていた師匠───元・軍人のおじさんに出会ったのだ。 その様子をまじまじと見つめていたら次第に教えてもらえるようになった。
それからは前世の剣道の経験を活かしつつ、この世界の剣術も取り入れて新しい剣術とした。 同世代と比べたら転生した分だけ優っていた。
次第に『頭もいいし、剣術も同年代と比べたら規格外。 この子は天才なんじゃ!?』というような目で見られ始めたのだが、それはまた別の話。
ちなみに、軍人や騎士を目指さなかったのは師匠の愚痴なんかを聞いていたら、いろいろな幻想が壊れたからだ。
大変らしいよ?
給料安いし、危険と隣り合わせだし。
しかも中には、女子との出会いが少なすぎて危ない方向に好みが向かってしまう人もいるらしいし。
「ですが、それだけにしては洗練された動きに見えたのですが」
「そう?」
ミリーにそう言われるとなんか照れくさい。
でも、多少はお世辞が含まれているとしても、ミリーが見ても洗練された動きというのは、なかなかに良い線を行っているということではないのだろうか。 ミリーが見るような剣術となると本当に国内外でもトップクラスのものだろうし。
「なんと言いますか……。 動きに無駄がなくて、まるで熟練の騎士のようです。 レオ様と同じくらいの年齢でこれほどまで素晴らしい剣技を持つ方を私は数人しか存じ上げません」
「でも数人はいるんだ」
やっぱ世界は広いなぁ……。
最近はトレーニングもほとんどしていなかったし、村にいるときは家の手伝いの合間やここに来てからは仕事の合間にやっていた程度だからかもしれないが、転生した分のアドヴァンテージはあっさり抜かれるんだな。
ミリーが知っている中でも数人ということはそれの倍以上はいると考えた方が良いのかもしれない。
「はい。 ですがもちろん、レオ様の剣技が私は一番好きです。 レオ様が一番好きです」
若干、遠い目をしてしまっていたからか、ミリーが慌ててフォローしてくれる。 最後のは関係ない気がするけど嬉しいからよし。
「……うん、ありがと。 ところで参考までにその数人が誰なのか聞いてもいいかな?」
「構いません。 一人は王太子であるルイス・ウォンダランド様、もう一人は騎士団長の長男であるガウス・モルガン様です。 あとは、少し年齢は上ですが、私の兄もかぞえてもよろしいかと」
「ふーん。 王太子がねぇ」
なんかシャクだな。
男爵令嬢にあっさり誑かされた割りには剣の腕はあるのか。
こんなことを言うのもあれだが、剣を振るう暇があったら少しでも人を見る目を身に付けた方が民としては嬉しいんだけどね。
貴族や王族が隣国との戦争に赴くこともあるらしいけど、それは最前線で剣を振るうと言うわけではなくて、後方で指揮をするのが主だと思う。 頭の軽い大将では全滅だ。
「もちろん私は───」
「うん、わかってるから大丈夫だよ。 俺もミリーが大好き」
抱きしめる……と、汗がミリーについてしまうから、手汗を拭ってから頭を撫でる。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして。 もう少し練習を続けてても大丈夫?」
朝食の時間まではもう少しあるし、あと三十分くらいやっておきたい。 人通り的にも時間的にもそれくらいが限度だろう。
ちょうどもう少しで感覚が取り戻せそうだし。
「もちろんです。 それでは私はここでレオ様のお姿を拝見させていただきます」
店のカウンターの奥から椅子を持って来て、それに腰掛けるミリー。
ガッツリ見るつもりらしい。
「飽きない?」
剣術のトレーニングと言っても、組手でもないから基本的に代わり映えのしない光景だ。
剣道の素振りのようなものだから退屈じゃないだろうか?
「全く飽きません。 むしろすごく楽しいですから」
うーん。
俺は男子だからよくわからないけど、好きな人───自分で言うのは恥ずかしいな───が剣を振るっているのって見ていて楽しいものなんだろうか?
あ、でも、おれもミリーが編み物をしたりしてるのを見るの好きだな。 それと同んなじ感じってことなのかな。
「そう? ならいいんだけど」
まぁ、そろそろ程よく疲れてきたし、もう少ししたら終わりにしようかな。
「はいっ ♪ 頑張ってください ♪ 」
よし、頑張ろう!




