第29話 変装
「次の週末、王都に本の買い出しに行くんだけどミリーはどうする?」
夕食後のいつものティータイムに切り出した。
朝はなんだかんだ開店準備や洗濯などで忙しく、時間を気にせずに会話できるのはどうしてもこの時間になってしまう。
今日話したかったのは本の仕入れについてだ。
ウチの本の在庫だって無限じゃないから、2、3か月に一度くらいの頻度で王都の卸問屋に買い出しに行かなければならない。
トラックのないこの世界で物資を運ぶとなると、一番初めに思いつくのは馬車だと思うが、あいにく俺は馬車を持っていない。 年に数回しか使わない上に維持費のかかるそれはなかなかの商人でもない限り個人所有はしていないのだ。
この街には、馬車のみのレンタルや御者もセットで雇うという方法もある。 だけど、俺は馬車の運転ができないし、御者を雇うとコストがかかる。
そんなわけで、俺は基本的に王都まで片道5日の距離をリアカーを引っ張って歩くという方法をとっているのだ。
……リアカーを引っ張るが、ラッキーアイテムは持ち運んでないのだよ?
すんません、調子に乗りました。
「どうするとは、一人でここに残るか、レオ様と共に王都に行くかということでしょうか?」
さすがミリーだ。
話が早い。
「うん。 たぶんその2択だね。 ただ、王都までは歩いて行くからそこそこ辛いかもしれない」
念のために補足を入れておく。
リアカーを引っ張るわけだからそこまでバカみたいなスピードではないが、5日間も歩くのだからそれなりに大変な旅路である。 途中で泣き言は言わないと思うが、だからこそ逆に無理をしないか心配だ。
「それでは、ご迷惑でなければお供させていただきたいです」
「あと一応、念のために言わせてもらうけど、ミリーが王都に行くことはかなりリスクがあるよ。 ここみたいに俺の面識がある人が多いわけじゃないから、みんなが友好的とは限らない。 それに、女将さんみたいな街のボスみたいな人が味方になってくれるとも限らない」
わかっているかもしれないが、念を押しておく。
王都は俺にとってはアウェイだ。 知り合いもいるにはいるが、この街のようにほとんどが顔見知り、と言ったことはない。
幸いなことに、王都に出入りすること自体は難しいことではない。 あからさまに顔を晒していたら止められるかもしれないが、顔を隠していれば王都追放をされていてもやすやすと入れるだろう。
そんなんでいいとかとも思うが、人の出入りが多いからいちいちチェックしていてはキリがないから、行っていないのだ。
ある意味、平和ボケしていると言ってもいいだろう。
「むしろ、王都は敵地と言っても過言じゃないと思う。 王都は文字通り『王の都』だ。 王族の権力が直接働くから、ミリアリア公爵令嬢に対する考え方は王太子たちと近いものがあるかもしれない。 それに、ミリーを貶めた奴らに出くわす可能性も高くはないけど、ゼロじゃない。 それでも大丈夫?」
王都には王族に直接的に仕える人も多いだろう。
そうすると街全体として王太子寄りの考えの人が多いことも考えられる。
それに、ミリーを貶めたことにどれくらいの人が関与していたかは分からないが、万が一にも遭遇することがあり得るかもしれないのだ。
「はい、十分に理解しています。 ですから、もしかしたら騒ぎになってしまう危険性もあります。 そうしたらレオ様に多大なご迷惑を───」
自分で言葉を紡ぎながら、次第に俯き、考え出してしまった。
「───やはり、ここに残ります」
そして悲痛そうな顔をして答えを出した。
俺への迷惑がかかるからと、思ったのだろう。 俺としては迷惑をかけてくれても一向に構わないのだけど。
……まぁ、国家権力と真っ向からぶつかって勝てるわけはないから、いざとなったら二人で逃げるだろうが。
「いや、迷惑とかは気にしなくていいよ。 昨日も言ったでしょ、俺が守るって」
「……よろしいのですか?」
「もちろん。 ただ、無闇矢鱈に騒動を起こしたら困るからね。 変装しようか」
「変装、ですか?」
「そう。 したことある?」
「えっと。 昔、市井を見学する際に庶民の服を着たことがあるくらいです」
俺が問いかけると、少し考えながらゆっくりと首を縦に振った。
市井にはよく行っていたって言ってたもんね。
ただ、ミリーが経験したことのある変装って顔バレしているいまはアウトだよね。
「うーん、それだと今回はバレちゃうだろうね。 いまは髪を切っては庶民のものになってるからぱっと見の雰囲気は違うけど、顔とか体型とかは変わってないから」
「なるほど、顔や体型を隠せばいいのですね」
俺の言葉をしっかりと理解して頷くミリー。
うんうん、ミリー賢い。
可愛い。
「ん、そういうこと。 できそう?」
「はい。 それでは、一度変装してみますので少々お待ちください」
両手で小さく握り拳を作ってから、服をしまってある物置部屋の方へ小走りで向かって行った。
ミリーが物置部屋に向かってから数十分。
のんびりと本を読んでいるところでミリーがやって来た。
「レオさま〜、できまふぃふぁ〜」
「……うん。 確かに顔も体型も分からないね。 ミリー、自分で変装するの始めてだったんだね」
帰ってきたミリーは、雪だるまみたいなことになっていた。
中に布でも詰めているのだろうかというくらいに服が丸く膨らんでいる。
更に、マフラーの要領で首回りに布をぐるぐると巻き、鼻のあたりまで覆い隠されている。 そして、その上にこの前買った帽子を目深に被っている。
モフモフの人形みたいで可愛い。 萌え、とも言う。
「はい。 あの、おかしいでしょうか?」
「うーん。 すっごく可愛いんだけど、変装としては失敗かな。 逆に目立つ」
誰だかは分からないだろうが、こんな格好をしていては目立つだろう。
それにすごく暑そうだ。
「そうですか……」
俺の言葉にショボンと項垂れる、雪だるまミリー。
ほっこりするわ。
「じゃあ、試しに俺がコーディネートしてみるね」
ぽんぽんと頭を叩いて? 撫でで? ……とりあえず頭をぽんぽんして励ます。
「はいっ。 よろしくお願いします」
「ん、任せておいて」
顔に明るさの戻った雪だるまちゃんの手を引いて、物置部屋に向かった。
「うん。 これでいいかな」
自分でコーディネートしたミリーの変装姿を見て鷹揚に頷く。
我ながら素晴らしい出来だ。
服装はこの前買ったばかりの服。
そこに帽子と伊達眼鏡を合わせたシンプルなコーディネートだ。
ぱっと見は地味目な美少女といった印象だろう。
あとポイントは顔を少し俯け気味にして歩くことだ。
「あの、体型とかはあまり隠せていないようですが」
自分の服を確かめながらミリーが不思議そうに言う。
「いざとなればお腹周りに腹巻みたいに布を巻くこともできるけど、無理に隠す必要はないと思うよ。 上から外套を羽織るからボディラインはわかりにくいからね」
「言われてみればそうですね、さすがはレオ様です」
「それにこの方が可愛いからね」
実はこれが一番の原因だったりもするのだが、変装としてもバッチリ機能しているから問題ないだろう。
「あまり目立ってはいけないのでは?」
「……まぁ、多少なら大丈夫」
可愛いは正義。
大丈夫、問題ない。