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物語の裏側で  作者: ティラナ
第二章
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第28話 お裁縫

 




「お風呂空いたよ、ミリー」


 首にタオルをかけて、ガシガシと髪を拭いて風呂場からリビングに移動する。 二人で働くようになってからは、店の掃除もほとんど仕事の時間内に終えることができるようになったからミリーはリビングで待っているはずだ。


 ミリーには申し訳ないが、風呂は俺が先に入らせてもらっている。

 男女の違いから来るのかはわからないが、俺の方が入浴時間が短くて、お湯が冷めにくいからだ。 短く切ったと入っても、俺よりも髪が長いから時間がかかるのかもしれない。

 ……一緒に入ると二人して時間がかかるのは、言わずもがなだが。


「 ───あ、クッション作ってくれてたんだ」


 ダイニングテーブルに座って、ミリーが裁縫をしていた。 脇にはこの前に買った綿(わた)が置かれている。

 既に布の裁断は終わっているようで、クッションよりも一回り大きいくらいの生地に刺繍を施してくれていたようだ。


「はい。 上手くできるかわかりませんが、楽しみにしていてくださいね ♪ 」


 手に持っていた生地をテーブルの上に置いて、小さく握りこぶしを作る。

 やっぱり可愛い。


「うん、そうさせてもらうね」


 裁縫が趣味の一つだと前にミリー本人が言っていたから、出来に関しては期待していいんだと思う。

 いや、もちろん。 失礼な話かもしれないけれど、もし万が一にもクオリティが残念だったとしても十分に嬉しい。

 ミリーが俺のために作ってくれたのだから、もしも中から針が飛び出てるとかそういうのがなければそのまま使うつもりだ。 針が出てたら………一緒に手取り足取り教えてあげるのも楽しそうだな、うん。

 上手くできるに越したことはないが、そういう残念なところは、それはそれで可愛く思えてしまうんだろうな。


「さ、お風呂が冷める前に入っておいで?」


 あまり長いこと話していてはお風呂が冷めてしまうから、ミリーを促す。

 保温機能でもあればいいのだけれど、魔法も家電製品もないこの世界にそんなものがあるわけはなく……。 保温性の高い容器に入れるのが精一杯だ。


「あ、そうでしたね。 それでは、申し訳ありませんが、出来ればこのまま置いておいていただいてもいいですか?」


「もちろん」


 テーブルの上で何かをする予定もないし、どんな感じに出来ているのか興味はあるがミリーが帰って来るまでは大人しくしていよう。

 ミリーを見送って、のんびりと本を読む。 本を扱う以上、本を読まないわけにはいかないからな。



「いいお湯でした」


 しばらくすると、風呂から上がったらしいミリーが髪を梳かしながら戻ってきた。 まだほんのりと湿っている髪からは白い湯気が上がっている。

 茹で上がったタマゴみたいだ。

 ……褒め言葉だよ?


「ん、お茶飲む?」


 本にしおりを挟んでから、キッチンに立つ。


「それでは、お願いいたします」


「了解」


 茶葉は寝る前だから心が落ち着くものにしよう。

 まぁ、そんなに何種類もあるわけではないが、飲み物の種類の少ない今世では、その分だけ一般家庭に並ぶお茶の種類が豊富だ。

 ハーブティーはもちろんのこと、緑茶っぽいのもあるし、烏龍茶っぽいものもある。 ティーカップに緑茶が入っているのは何だか変な感じだ。


「どう? 捗ってる?」


 コトリとソーサーに乗せたティーカップを、作業の邪魔にならない程度でミリーのそばに置く。

 なんだか、『お仕事ご苦労様です』って言いながらお茶汲みをしているみたいで、なんとなく楽しい。 案外、執事とかに向いているのかもしれない。


「はい。 先に刺繍を入れてみようかと」


 そう言って、俺の方に途中まで出来ている刺繍の表面を向けてくれた。


「こ、これ……。 ミリーが刺繍したの?」


「はい。 あの、どうでしょうか?」


 少しオドオドしながら、尋ねてくる。

 どうもなにも───


「芸術作品だよ、これ。 すごく綺麗……。 いままでこんなに細かくて繊細な刺繍見たことないよ。 本当にすごい……」


 とても今日作り始めたとは思えないほどに、細密で手間がかかっている。

 生地の上には、既に色の異なる数輪の花が咲き誇っていて、しかもその一つ一つが手作業だとは思えないほどに寸分の乱れもなく整った形をしている。

 前世でテレビで見たことがある職人技と同等かそれ以上なのではないだろうか。

 クオリティが低かったときのことを考えていた自分を殴り飛ばしてやりたい。


「そ、それは言いすぎな気がしますが……。 ありがとうございます」


「本当に凄いわ……」


 顔を近づけてマジマジと観察する。

 糸の(ほつ)れも全くない。 こう言ってはルネアちゃんとネミアちゃん達に失礼かもしれないが、庶民向けの安物の布と糸でここまでの作品が出来るものなのだろうか。

 まさに神業だ。


「あ、あまり見られると恥ずかしいです。 素人の作品ですし、まだ未完成ですから」


「あ、そ、そうだったね。 完成するのが本当に楽しみだよ」


 “素人”と言っていいのかはわからないけれど、これを職業にはしていないから“素人”でも、間違いはないのだろうか。

 レベルは完全にトップクラスだが。


「はい。 私、頑張りますね ♪ 」




 俺がお茶を啜りながらぼんやりと眺めている目の前で、ミリーの両手が凄い勢いで動いている。

 表情は穏やかで、鼻歌すら混じっている。 しかし、針の動きは流れるようなを通り越して、バトル漫画のワンシーンみたいになっている。

 あれだ、某つまらぬものを斬ってしまう十三代目みたいな感じだ。 もう残像のせいで腕が何本にも見えるよ。

 基本的に動きがゆっくりなミリーからはとても想像ができないスピードだ。


「ふぅ……。 あの、レオ様、一つ出来ました」


「え!? もう出来たの!?」


 さっき話してからまだ一時間も経っていない。 せいぜい三十分ちょっとくらいだ。


「は、はい。 久しぶりだったので少し張り切ってしまいました。 これはレオ様用です」


「す、すごいね」


 おずおずと差し出してくれたクッションにはしっかりと綿が詰められていて、刺繍も完成している。

 刺繍のモチーフはお花畑なのだろう。

 数輪の花とその間を飛び交う蝶が刺繍されている。 生地が白なので、色とりどりの蝶や花が見事なアクセントとなりつつ、その存在を強すぎない程度に明確にアピールしている。

 色使いのセンスも、全体のバランスも、もちろん刺繍の腕前も本当に凄い。 凄いという言葉がチープに聞こえるほどだ。

 しかもこれを下書きなしで即興で作ってしまったのだから、まともに驚くことすらもできない。


「次はもっと早く作れると思いますので、もう一つも今日中に作ってしまいますね」


「う、うん。 頑張れ?」


 もう何も言うまい。


「はい! 今日はお揃いのクッションを枕にして寝ましょうね!」


 ミリーがハイスペックだということを改めて理解した一幕だった。

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