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物語の裏側で  作者: ティラナ
第二章
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第27話 ミリーにとって


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「今日、ミリーのお父さんが来たよ」


 ベッド二人で肩を寄せ合って腰掛けて、俺はミリーの肩を抱きながら口を開いた。

 今日の出来事は、ミリーには報告しておいた方がいいと考えたのだ。 それに明日にはウチに豪奢な馬車に乗った貴族がやって来たことは街中に広まることになるだろうし。


「……え?」


 俺の言葉を聞いて、小さく身体を震わせたミリーが恐る恐る俺の顔を覗き込んでくる。

 その瞳には涙を(たた)えており、不安のためかわずかに揺れていた。


「と、言ってもミリーがここにいるのが伝わったわけじゃないらしいよ。 俺の前の店主に用があったみたい」


「そうなんですか」


 安心させようと、あえて明るい口調で話す。

 それで多少は落ち着いたのか、詰めていた息をミリーは小さく吐き出した。

 その様子を見てから、俺は再び表情を真面目なものにしてから口を開いた。 これから話すことは、もしかしたらミリーにとって嫌なことを思い出させてしまうかもしれない。

 ミリーにこの話はしたくない。 できれば、このまま明るい話をしていたい。

 けれど、これから先、笑って過ごすためには一度はしなければならない話だ。


 ミリーの肩を抱き寄せて少しでも心が安らぐようにする。 それはミリーのためであったのかもしれないし、俺自身のためであったのかもしれない。


「ねぇ、ミリー」


「なんでしょうか?」


 俺がまたしても口調を変えたことに気付き、ミリーも声のトーンを落とす。

 ゆっくりと重い口を開く。


「ミリーは、ミリーのお父さんのことをどう思ってるの?」


「どう、ですか……?」


「そう。 正直に言うと、俺はミリーのお父さんを許せない。 ううん、ミリーのお父さんだけじゃなくて、ミリーを貶めたことに関わった人全員が許せない。 特に王太子と男爵令嬢はね。 だけど、ミリーはどう思ってるの? 俺は、ミリーの考えを尊重したい」


 昼間、ミリーの父親に会って改めて思ったことだ。

 確かに、ミリーが王都を追い出されなければ俺はミリーに出会うことはできなかった。 その点では感謝してもいいのかもしれない。


 だけど、ミリーを苦しめたことは絶対に許さない。

 許すことができない。


 サバイバル技術のない、今まで公爵家の令嬢として大切に育てられた少女を身一つで街の外に追い出すなんて正気の沙汰ではない。 完全に殺すつもりだったのだろう。

 実際、王都からこの街までは徒歩では5日、馬を飛ばしても丸一日かかる。 そして、この街から一番近い街までも徒歩で一日かかる。 それほどの距離があるのだ。

 ミリーがこの街にたどり着けたことは奇跡に等しい。


「私は……」


 しばらくの沈黙の後、ミリーが口を開いた。

 思い返すだけで腸が煮えくり返るのを抑えて、ミリーの話に耳を傾ける。


「私は、どう、思っているのでしょう……」


 これは独り言なのか、それとも俺に対して答えたのか、どちらともつかない小さな声だった。

 そして少し考えたあと、ミリーは顔を上げた。


「自分でも、よくわかりません」


「よくわからない……?」


 予想外の答えに思わず聞き返してしまう。


「はい。 もしも、レオ様にお会いしなかったら、死ぬまで彼女たちのことを呪ったかもしれません。 ですが、現実ではレオ様が助けてくださいました。 私の心を救ってくださいました。 貴族であった過去を捨てて、新しい人生を歩ませてくださいました。 ですから、私は彼女たちに対して“憎む”と言った感情は抱けないのです」


「もう済んだ話だから、今さら自分には関係がない、と」


「はい。 兄であった人も、婚約者であった人も、家族であった人も、友であった人も、今となってはもう赤の他人ですから」


 この短い間に、様々なことを考えたのだろう。

 その言葉は切実なものだった。

 もしかしたらミリーには、かつての婚約者やかつての友、更にはかつての家族でさえ本当に赤の他人としか思えないのではないだろうか。

 そう思わずにはいられなかったのではないだろうか。

 自分を捨てたのは赤の他人なのだと。 赤の他人に裏切られる分には心はそれほど痛まないのだと。 そう思い込むことにしなければ心が保てなかったのかもしれない。


 そしてそれすらも過去の出来事なのだと。

 家族と過ごした時間も、友と笑いあった思い出も全ては過去の出来事なのだと。


「ミリーは、すごいね……。 俺だったらいくら赤の他人でも、そんなにキッパリと割り切るのは無理だよ」


 こう見えて俺は自分自身のことを割と粘着質だと思っている。

 赤の他人だったとしても、怒りは収まらないだろう。


「いえ、私も割り切った、というわけではないのです。 ただ、彼女たちに関わって今の平穏が失われるのが怖いだけです」


 俺の言葉に頭を振って、ミリーは言った。

 ミリーは今の暮らしが一番幸せだと、よくそう口にしてくれている。

 彼女にとっては俺の側が一番いいのだと。


「私はこれからも、レオ様と二人でこうして暮らしていければそれでいいです」


 そう言いながら、俺の肩口に額を摺り寄せてくるミリー。

 こうして俺に甘えてくれる仕草がこの上なく愛おしい。

 ミリーのためなら、なんだってできると思ってしまうのだ。

 出会ってすぐの頃、ミリーが俺に言ってくれたときの境地までやっと来れたのだな、と思う。


「ミリー……」


「レオ様……」


 両腕でミリーを抱きしめ、背中をそっと撫でる。


「ミリーの平穏は俺が絶対に守るよ。 壊させたりなんかしない。 二人でずっとこのまま暮らそう」


「ありがとうございます、レオ様……。 大好きです」




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