第24話 デート:その5
ガラスが嵌め込まれたオシャレなドアのある店、今日最後の目的地である布や綿を扱う店にやって来た。
他にもぬいぐるみやクッションなんかも扱っていて、明るくて女性受けしそうな外観の店だ。
「このお店が布とかを扱っているところだよ。 ……俺はあんまり来たことないけど」
「そうなんですか?」
後から付け足した一言にミリーが反応する。
「うん。 俺、基本的にまとめ買いすることが多いから、たくさん買って物置に放置しておくんだ。 それに、既製品を買うことの方が多いから布ってあんまり使わないしね」
そう。
俺、まとめ買いするタイプです。
そのための物置部屋。
この世界の服や布の質はしっかりとしていて、ちょっとやそっとじゃダメにならない。 もしかしたら、前世の安物の服よりも長持ちするかもしれないくらいだ。
「なるほど。 確かに物置に布がありましたね。 あれを使っても大丈夫でしょうか?」
「ん、もちろん構わないよ」
「それでは布はそれを使うとして、綿だけ買いましょう」
「大丈夫?」
ミリーの提案に思わず尋ねる。
量としては問題ないだろうし、何にでも使えるように無地の真っ白な布を買ってある。 だけどそれは裏を返せば味気ないデザインであるということだ。
「はい。 かなりの量があったと思いますので 」
俺の心配は杞憂だとでも言うように、ミリーは笑顔で答える。
まぁ、彼女には彼女の考えがあるのだろうし、本人が大丈夫だと言うならこれ以上の心配は無用だろう。
「……うん。 実はさ、念のためにって思って多めに買ったはいいんだけど全然使わなくてさ。 使ってくれるとありがたいな」
「はい。 それでは使わせていただきますね」
ミリーの言葉に頷いてから、店のドアを開ける。
「いらっしゃいませ〜。 ってミリー! 会いに来てくれたんだ! ネミアー、ミリーが来たよー!」
店の中に入ってすぐ、店員さんの元気な声……というか、ミリーファンクラブ(仮)のメンバーであるルネアちゃんの声が響いた。
「え〜、ミリ〜?」
「あの、もしかしてここって……」
「うん。 ここ、私たちのお店だよ。 ま、正確には両親の店だけど。 レオさんは知ってたんでしょ?」
「いや、ごめん。 すっかり忘れてたわ」
そもそも、ここに前に来たのって何ヶ月前だろうって感じだもんな。 しかもその時は二人のお母さんが接客をしてくれたし。
二人は本の宅配は頼まないで直接店に来るタイプだから、イマイチ一致してなかったわ。
「えぇー、酷いよ」
「まぁ、レオさんあんまし来ないからね〜」
不満そうに口を尖らせるルネアちゃんと、それを宥めるネミアちゃん。
……本当ごめんね。
「それで何を買いに来たの? 探すの手伝うよ?」
すぐに頭を切り替えて接客モードになるルリアちゃん。
「えっと、綿ってありますか? 羊の。 クッションを作りたいので」
「羊毛綿ねー、ちょっと待ってて。 ネミア、奥から綿のサンプル持って来て」
「なんで私〜? 動きたくない〜」
「ミリーとレオさんのためよ」
「すぐ取ってくる〜」
ネミアちゃん、チョロいな。
前から思っていたんだが、二人は双子という割りに力関係と言うか、操るものと操られるものという関係がしっかりしている気がする。
しっかりちゃっかりしてる姉のルネアちゃんと、のんびりマイペースで天然なネミアちゃん。 ある意味バランスが取れた二人だね。
「ねぇ、ミリー。 なんで羊毛綿なの?」
「羊毛綿は湿気を吸ってくれますし、耐久性にも優れていると、以前聞いたことがあるので」
「なるほど」
それは知らなかったな。
やはり裁縫などをする分、その辺りに関しては俺なんかよりも全然知識が上なんだろうな。
余談だが、この世界で綿と言ったら羊毛綿か木綿が基本だ。 王侯貴族ともなれば羽毛(綿として数えていいのか分からないが)だったりと種類も増えるのだが、一般的にはこの二つだ。
「ミリー、クッションを作るなら布とかはいいの? 」
「布は家にあるものを使うので大丈夫です」
「そっか。 レオさん、すごいたくさん買ってたもんね。 服でも作るのかってくらい」
「ははは……」
ルネアちゃんの言葉に乾いた笑しかでない。
しっかりとバレてたよ。
おかしいな。 結構前の話だし、彼女は買った時にいなかったと思うんだけど。
「綿持って来た〜。 ミリ〜、どっちがいい〜?」
奥から小さく千切られた綿を持って来たネミアちゃん。
その種類は二つで、見た目の違いは見られない。
「えっと、どちらにすればいいでしょうか?」
「ミリーの好きな方を選んでいいよ」
上目遣い気味に問いかけてくるミリーに笑顔で答える。
ぶっちゃけ、俺はこういうのの違いが分からないタイプの男です。
「ちなみにこっちの方が少しお高めだよ」
「えっと……。 肌触りとかはあまり変わらない気がするのですが」
ミリーに続いて俺も触ってみるが、本当にどっちがどっちだかよくわからない。
気持ち、高い方が糸が細いかなくらい。
「うん、ほとんど一緒〜。 羊の種類が違うの〜」
羊に種類なんであるのか。
……そりゃあるか。
同じ白くてモコモコしたやつにしか見えないが、いろいろあるんだろうな。
「では、こちらの安い方でお願いします」
「ミリーってば、もう既に庶民の感覚をバッチリ抑えてるわね。 流石だわ」
「あ、ありがとうございます?」
「量はどれくらいにする?」
「ではあの、これくらい」
料金表を指差すミリー。
ちょうどクッション二つ分くらいの量だ。
「わかったわ。 ネミア」
「了解〜」
目配せ一つでネミアちゃんを動かすルリアちゃん。
こっちもこっちで流石の息の合いようだよ。
「お待たせ〜。 これくらいで大丈夫〜?」
「はい。 丁度いいです」
「んじゃあ、お会計ね。 私たちの気持ちも込めてってことでこれくらいでどう?」
「いいのですか?」
「ほとんど利益でないんじゃない?」
ルネアちゃんの提示してくれた額は定価の3割引。
運搬に手間も時間も費用もかかるこの世界では、この割引率はなかなかに辛いものがあるのではないだろうか。
「大丈夫、大丈夫。 一応利益は出るし、気持ちだから。 遠慮しないで」
「大丈夫だよ〜」
二人で声を揃えてそう言ってくれるので、ありがたくいただいた方が良さそうだ。
ミリーには後はミリーの判断に任せるよと、そっと目配せをする。
「それでは、お言葉に甘えて……」
「その代わり、今度お茶会しようね♪」
「はい、それは是非」
ついでにお茶会の約束も取り付けたらしい。
ミリーの交渉力? 恐るべし。
「よしよし。 あ、レオさん袋ある? 詰めてあげる」
「ん、それじゃあよろしく」
差し出されたルネアちゃんの手に、カラのバッグを渡す。
綿を入れる用に大きめのものを持って来ていたから余裕ではいるだろう。
「ネミア、よろしく」
そしてそのバッグはそのままネミアちゃんの手に───
「……たまにはルネアも働いたら〜?」
「……わかったわよ」
───は、渡らなかった。
ジト目をした妹にニート呼ばわりされ、自ら袋に詰め始めた。
いや、大変ならこっちでやるからいいんだけど。
「はい、どうぞレオさん」
「ありがとう」
「ありがとうございます、ルネアさん、ネミアさん」
笑顔で手渡されたバッグ───既にこれ自体がクッションになったみたいにパンパンだ───を受け取って、俺たちも笑顔でお礼をする。
外に出ると日は傾き始めていた。
時計が手元にないから分からないが、そろそろ5時くらいだろう。
これから他の店に行くのは時間的に難しそうだ。
今日はゆっくりしたいし、もう帰った方がいいかもしれない。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
「はい」
手を繋いだまま、俺たちは二人で家路についた。




