第19話 デート前
「それで今日のことなんだけど、ベッドと洋服、あとは身の回りのものを買い揃える感じでいいかな?」
朝食の片付けを終え、いつも通りにのんびりとお茶を楽しみながら今日の予定について話す。
「………? ベッドを新しくするんですか? 今のものもまだ十分に使えると思うのですが、これくらいで変えるものなのでしょうか?」
「いや、そうじゃなくて、ミリーの分のベッドも必要でしょ? 同じベッドっていうのはいろいろとマズイし」
そう、いろいろとマズい。
いろいろと。
「……私、何かご迷惑になることをいたしましたでしょうか」
しばしの沈黙の後、ミリーが口を開いた。
以前のようにいきなり泣き出すということはなくなったが、声はわずかに震えている。
「や、そういうわけじゃなくて。 ミリーも狭かったりして困るでしょ?」
「わ、私は困りません。 ですが、レオ様が嫌だとおっしゃるなら………レオ様のお邪魔にならないところで寝させていただきます」
悲痛な想いをかみ殺したようなミリーの声。
「わ、わかった! やっぱこの話はなしで! 」
「ですが……」
「俺がミリーのことを嫌だとか邪魔だとかなんて思うわけないでしょ。 ミリーのことは大切だし大好きだよ。 ただ、ミリーが可愛すぎていろいろと抑えられそうにないだけ!」
い、言ってしまったぁ……。
勢い余ってつい。
これは引かれるだろうな。
要するに、『お前を見てると欲情する』って言ったようなもんだもんなぁ……。
なんか最低な発言な気がする。
「レオ様……」
俺の言葉を聞いて俯いてしまったミリー。
ここからでは表情が全く見えない。
お、怒ってる……?
「み、ミリー?」
「私も大好きです! レオ様もカッコ良くてとっても素敵です! レオ様になら何をされても構いません! むしろ好きにしてください!」
「お、おぅ……」
予想の斜め上どころか、虚軸から実軸に突っ切るレベル(※もう既に別次元という意味)の答えが返って来たんだが。
驚きのあまりよくわかんない声が出た。
おかしいな。 嫌われてないか心配してたはずなのに、熱烈な愛の告白を受けてしまった。
「その、今からしますか!?」
「と、とりあえず、買い物をしに行こうな? ミリーの服とも見たいし」
と、とりあえずって何だぁぁぁあああ!?
これだと後で致すことをこっちから持ちかけたみたいじゃないか!
「私の服……ご覧になりたいですか?」
「う、うん。 今の服も可愛いけどさ、せっかくだからミリーの好きなものを買おうよ」
「レオ様も選んでくださいますか?」
「おう。 一緒に選ぼうな」
「はい!」
「あとは、他にも必要なものとかあれば買うけど、何かある?」
「他に……ですか」
「その、ちょっと聞き辛いんだけど、生理用品とかって大丈夫?」
「あっ、それなら大丈夫です。 先日いただいた布で十分に間に合っているので」
「……布?」
そういえばこの前、いらない布が欲しいって言われてハンカチサイズのをあげたけど、あれで大丈夫だったんだろうか?
「はい。 あの、どうやって使ったか……ご覧になりますか?」
「いやっ、いいから!」
確かに血が出るらしいっていうのは知ってるけど、具体的にどうなるのかは知らない。 だからって、見て学ぼうなんてことは思わない!
「そうですか……」
……なぜに残念そうな顔をする。
そういうのって見せたくないものじゃないの?
「さ、さて、それで話を戻すけど、せっかくだから生活雑貨も見て回ろうか」
「いいですね! あ、私、裁縫や刺繍も趣味なんです。 だからよろしければ、布と綿を買ってクッションを作りたいのですが、よろしいでしょうか?」
「え、クッション作ってくれるの?」
いいの!?
女の子の手作りのクッションなんてもらったことないよ。
「はい。 ご迷惑でなければですが」
「全然迷惑じゃないよ。 むしろすっごく嬉しい。 ありがとう、ミリー」
「は、はい! 頑張ります!」
小さくガッツポーズを作るミリー。
あ、いま気がついたけど、意気込むときに小さくガッツポーズをするのってミリーの癖なのかな。
ご令嬢っぽくない気もするが、可愛いからよし。
そういえば、ミリーって元・公爵令嬢、それもこの国で一番力のあるルーデイン公爵家のご令嬢だったって言う割には堅苦しくないんだよね。 庶民の感覚もわかっていると言うか。
「もしかしてミリーって小さい頃によく市井を見て回ったりしてたの?」
「はい。 昔は王妃様を目指していたので、少しでも市井の暮らしを知っておくべきだと思いまして。 時間を見つけては護衛の方と共に王都を散策していました」
やっぱりか。
いくら他に道がなかったとは言っても、順応するのが早かったのはそれの影響があるんだな。
まぁ、だからなんだって話なんだけどさ。
知っておきたいじゃん? ミリーのこと。 ……ストーカー気質とかじゃないよね?
「ミリーがこの生活に慣れるのが早かったのはそのおかげなんだね」
「レオ様がいてくれたからという方が大きいです。 レオ様がいてくださらなかったら、今みたいには暮らせていませんよ。 レオ様には本当に感謝しています」
「い、いや、そんなに真っ正面から言われると照れるよ」
「照れているお姿も素敵です」
うふふ、と笑いながら真っ直ぐに見つめてくる。
そこにはからかうような色は一切なく、純粋に心の底からそう思っているような恍惚とした色を浮かべている。
「………紅茶、ストレートでよかったわ」
「何故ですか?」
「当事者であっても砂糖が多いのがわかる」
この空間が二人っきりでよかったと本当に思うわ。
これ、他に男がいたら殺されてたんじゃないかってレベルにあま〜い雰囲気がムンムンだ。
しかも、それをちっとも嫌だと思わない、むしろもっと甘くてもいいとさえ思ってしまうのは相手がミリーだからだろうな。 そもそも、ミリーじゃなかったらここまで甘くならないか。
「………? お砂糖、入れていらっしゃいませんよね?」
「うん。 あくまでも比喩だから気にしないで」
「はい」
気にしないでといえば素直に頷いてくれるミリーは素直で可愛い。
頷いてくれなくても、たぶんきっと可愛い。
休日で仕事のこととかを考えなくてよくなると、ミリーには可愛さが溢れていることに気が付く。
そこには、単純な『可愛さ』だけじゃなくて、『繊細さ』や『優雅さ』、『健気さ』なんかも含まれた総合的な可愛さだ。
もう何を言っているかわからない?
ミリーの可愛さは筆舌に尽くし難いっていうことだな。
………俺、糖分の過剰摂取で頭がイカレちゃってるのかもしれない。
この砂糖は甘美な毒なのかもしれないな。
まぁ、この毒なら喜んで皿まで食うが。
「………そろそろ出ようか。 時間だし」
このまま密閉された空間にいたら、家から出ずにイチャイチャし始めそうだったから、慌てて気持ちを切り替えて立ち上がる。
「そうですね。 レオ様とのデート、楽しみです!」




