第14話 お店番
パーティーは何事もなく終わりました。
レオ様と一緒に会場にいた人たちに挨拶をして、そのあとに談笑をしてからパーティーはお開きになりました。
皆さんとてもお優しい方ばかりで、私の姿を見て戸惑う方は数多くいらっしゃいましたが、あからさまに侮蔑したり軽蔑するような方はいらっしゃいませんでした。
それに今朝は、街の貼り紙も減っていたような気がします。
「おねーちゃんセンセー、これってどういうことー?」
いつもの女の子───エシルちゃんが読んでいた本のページを指して質問をして来ます。 小さいながらも一生懸命に勉強する姿はとてもいじらしいです。
「えっと、どこでしょうか? あ、ここは────」
パーティーでのお披露目が済んだことで、私もお店番をさせていただけるようになりました。 ただし、万が一のことも考えて私だけでお店番はしないことになっています。
そういうわけで、レオ様は本棚の整理をしていらっしゃいます。
昨日のパーティーの表向きの理由は私とレオ様の関係についてですが、裏の理由は私がのこの街に馴染めるように味方になってくださる方を増やすということでした。
パーティーで私のことを知っていただき、そのあとはこうしてお店番をして少しずつ街の人に認めてもらおうということです。
レオ様は『女将さんが裏で根回しをしてくれるって言ってたし、ミリーなら心配しなくて大丈夫。 むしろ他にいい男を見つけちゃわないか心配だよ。 ……浮気はダメだからね?』と言ってくださいましたが、後半部分の心配の必要は全くありません。
私の心はこれからもずっとレオ様のものです。 たとえ何があろうともそれだけは覆りません。
「───そっか。 おねーちゃんセンセー、ありがとー」
「ふふ、どういたしまして」
私とレオ様の子供ができたらエシルちゃんみたいに育って欲しいですね。
そういえば……私とレオ様って今、どういう関係なのでしょう?
実のところ、私はまだ庶民の結婚というのをよくわかっていません。
貴族の結婚というとまず、女性が嫁ぐ場合は男性側の屋敷で暮らすことになり、それから男性側の家の姓を名乗ることになります。 男性が嫁ぐ場合はそれの逆になります。 この国では男性が嫁ぐ場合も少なくなく、名家の次男や三男は同じく名家の女性のもとに婿入りするのです。
この国において女当主は認められていますが、民の先頭に立ち剣を取って戦うことが貴族の始まりだとされています。 その成り立ちからか、当主は男性の方が民にも好まれやすく、他家からも認められやすいという事実があります。
ですから、男子の生まれなかった家は他家から男子を迎え入れるのです。
それにより貴族の家は絶やすことなくその血を後世に残すことができ、さらに両家は血縁関係となるのでより強固な結びつきを得ることができます。
それから、貴族が“結婚”をしたとされるタイミングは他家を招いて公に発表したときです。 その後に嫁いだ先の姓を名乗り、夫婦で寝食を共にするのです。
ですから、貴族の間では今の私たちのように同棲するということはありません。
私たちは公に結婚をしたと報告はしていません。 そもそも私はレオ様のご両親にお会いしてすらいませんし。
ですが、既に寝食はともにしています。
恋人、よりは進展していますが、夫婦と呼ぶにはまだ足りない気がします。 というか足りないでしょう。
レオ様のご両親にもゆくゆくはご挨拶できたらいいですね。
「こ、こんにちわーっ」
エシルちゃんの勉強姿を眺めながら考えていると、入り口の方から声がしました。
元気のいい、溌剌とした女性のものです。
「い、いらっしゃいませ」
「え、あ、み、ミリーさん……。 こんにちわ……です」
やって来た女性──イレースさんに挨拶をします。
イレースさんは私の顔を見るなり、表情を固くしてしまいました。
「あ、イレースちゃん。 いらっしゃい」
私がどうしたものかと考えていたら、本棚の整理をしていたレオ様がやって来ました。
両手には本を抱えていて重そうです。
「お手伝いいたします」
「ううん、大丈夫だよ。 ありがとう」
「「………ほぅ」」
レオ様の素敵な笑顔に思わずため息をこぼすと、私の斜め向かいにいたイレースさんも同じくため息をこぼしました。
もしかしてこの方、レオ様のことを……。
「あの、イレースさん。 な、何か本をお探しですか?」
嫌な疑問が頭の中に浮かびましたが、それをかき消すようにイレースさんに話しかけます。
「い、いえっ。 何かを探しているというわけではないのです。 ただ……その」
「どうかしましたか?」
「ミリーさんと、お話をしたいと思いまして。 いま、お時間よろしいですか?」
イレースさんは二人で、と仕草で示します。
そこに何らかの悪意があるようには見受けられませんが、いまはお仕事中です。 せっかくのお誘いですが、お仕事を投げ出していい理由にはなりません。
ここは丁重にお断りさせていただいて、イレースさんの都合のいい日に改めて時間を設けさせていただくようにしましょう。
「申し訳ありま───」
「いいんじゃない? いまはお客さんも少ないし、上の部屋で女の子同士ゆっくり話し合って来なよ。 エシルちゃんは俺が教えてあげるからね?」
私が言葉を紡ぎ始めたとき、本を片付け終わったらしいレオ様がこちらへやって来ながらそう提案してくださいました。
「よろしいのですか?」
「うん。 ほら、男子がいたら話しにくいこともあるでしょう? 話が終わるまで上には行かないからさ。 お店のことは気にしないで、ゆっくり話しておいで。 イレースちゃんはそれでも大丈夫?」
「は、はい。 私は大丈夫です」
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます。 ありがとうございます」
「どういたしまして。 何かあったら呼んでね?」
「はい、わかりました。 ありがとうございます、レオ様」
もしも何かあったら助けて下さると、そういう意味を込めて言ってくださいます。 イレースさんに何かをされるとは思っていませんし、レオ様自身もあくまでも念のためということなのでしょうが、その言葉は温かくてとてもほっこりとした気持ちになります。
「それでは行きましょうか?」
「は、はい」
カウンターをレオ様に任せて、イレースさんと一緒に2階の部屋へと向かいます。




