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物語の裏側で  作者: ティラナ
第一章
12/105

第11話 相談と計画

 


 その日の夜、俺はミリーを伴って外に出た。

 時間は9時過ぎ。

 どこの店もとっくに閉まっており、唯一の例外であった酒場や宿屋もちょうど閉まる時間帯だ。

 しかし人は学習するのだ。今朝は運良くミリーの正体がバレてはいなかったとはいえ、人に見られていた以上、素顔で歩くのは危険だと判断した。 だからミリーは今、革製の外套を着て、フードを深く被って顔を隠している。

 そうまでしてわざわざ外に出たのにはもちろん理由がある。


「……ここ、ですか?」


「うん。 そうだよ」


 目的の建物に着き、ミリーの問いかけに鷹揚に頷く。

 ミリーを俺の後ろにそっと隠して、建物の扉を開ける。……よかった、お客さんはもう残っていないみたいだ。


「あら? もう店はしまいだよ──って、こんな時間にどうしたのレオちゃん」


「女将さん、今ちょっといいですか?」


 テーブルの片付けをしていた女将さんがその手を止めてこちらにやってくる。 俺の気配からただ事ではないと察してくれたようだ。

 女将さんは情報通だし、知識の幅も広い。そして何より、この街の中で俺が一番信頼している人の一人だ。


「……どうしたの?」


「女将さんに相談したいことがありまして」


「よっぽどのことなんだね」


「えぇ。 ですから、相談の内容と、これから話したことと見たことに関しては他言無用でお願いしたいのですが?」


「うふふ、いいわよ。 酒屋の女将っていうのはいろんな愚痴を聞かされる分、口は固いのよ。 ささ、中に入って入って」


「ありがとうございます。 ……ミリー」


「はい」


 ミリーに声をかけて中に入る。 その足取りは少し覚束ないものだった。

 女将さんに相談することに関しては、前もって話して了解してくれたとはいえ、それでミリーが不安を感じないというわけではないだろう。

 ミリーの不安を少しでも払拭できるように、そっと腰に手を回して抱き寄せる。


「あらっ、この子がレオちゃんの恋人なのかしら」


 女将さんが口に手を当てて微笑まし気な視線を送ってくる。 ……なんか照れ臭いな。


「えぇ、そうです」


「そうなの。 わかったわ」


 後ろ手にドアをしっかりと閉め、女将さんに促されるままに奥にある従業員用の控え室に移動して空いていた席に座わる。 この店は女将さん夫婦が2人で切り盛りしているが内側から鍵を閉めてしまえば込み入った話をするにはもってこいの場所だろう。

 ここならば大丈夫だろうと、ミリーに声をかける。


「 ミリー、フードを取れる?」


「はい。 ───はじめまして、ミリーと申します」


 俺の問いかけにしっかりと首肯するとミリーは自分でゆっくりとフードを外した。 フードがパサリと音を立てて背中に当たり、その風で金色の髪が小さく揺れる。


「あら、まぁ。 はじめまして、私はジャスミンよ。 だけど、皆は私のことは女将さんって呼んでるわ。 よろしくね」


 ミリーの顔を見た瞬間、女将さんは大きく目を見開いて一瞬だけその動きを止めたが、それも本当に一瞬のことですぐに平常運転に戻っていた。 これはおばちゃんだから成せる技なのか、この人だからなのか……。 後者な気がする。


「もう気づいているかもしれませんけど、この子は件の貼り紙の元・令嬢です。 まぁ、今は俺の大切な人ですけど」


 ミリーの頭を撫でて、緊張を解きほぐしながら女将さんに説明する。 リアクションからして気が付いていたのだろうが。


「ふぁぅ……」


 ミリーが横で気持ちよさそうな声を漏らす。

 その可愛らしい声に安心感を覚えてはじめて、俺も緊張していたんだということを感じた。


「あらあら、もうラブラブね。 それにしてもミリーちゃんって、姿絵で見るよりも更に可愛いわねぇ」


「あ、ありがとうございます……」


 頬に手を当てて、楽しそうに笑う女将さん。 ミリーも照れ臭そうに返事をする。

 さっきまでの緊張した雰囲気は何処かへ消え去り、和やかな雰囲気が酒場の中に充満した。


「それで、相談したいっていうのはこの子のことかしら?」


「はい。 俺はミリーと生きて行きたいと思っているんですけど、今のままじゃミリーにとっては暮らしづらいと思って。 この街の中でミリーのことを受け入れてくれる人を増やしていきたいので、女将さんに相談したいと」


 そう。

 俺の目的はミリーが安心して暮らせる環境づくりのある。

 いつまでも部屋の中に閉じ込めておくのはいくらなんでも可哀想だし、それはただ現実から目を背けているだけだと思う。

 昼間の情報収集のおかげで、ミリアリア元・公爵令嬢に対して良くない感情を抱いている人は多くないということはわかったが、それだけでは不安が残る。

 だからこそ、たとえミリーを害しようとする人が現れても、ミリーを守ってくれるようなミリーに対して友好的な人を増やしていきたいと考えたのだ。

 もちろん、もしそうなったときは俺が身を呈して守るつもりではあるが、おそらくそれではミリーは俺に迷惑をかけたと感じてしまうだろう。それは俺の望むところではない。


「なるほどねぇ。 まさか、二つのビッグニュースが繋がっていたとはねぇ……」


「二つ?」


「そうだよ。 貼り紙の件とレオちゃんの恋人の件。 レオちゃんの店にもたくさん人が行かなかったかしら」


「まぁ、午後はたくさんの人が来てくれましたね。 泣きながら祝ってくれる人もいて嬉しかったですよ。 だけど、そこまでのビッグニュースではないような……」


「泣いちゃった子までいたんだね……。 まぁ、ミリーちゃんもとんでもなく美人さんだから、二人ならみんな納得するだろうけどね。 ───っとと、今はミリーちゃんを受け入れてくれる人を増やしたいって話だったね。 ところで、ミリーちゃんはどうしたいの?」


 女将さんがここに来てから俺の腕にしがみ付いてじっと話を聞いていたミリーに話しかける。


「わ、私……ですか?」


「そう、貴女はどうしたい?」


「わ、私は、レオ様のお役に立てるようになりたいです! レオ様とずっと一緒にいたいです! 一緒にお買い物をしたり、一緒にお店番をしたりしたいです!」


 俺の腕をさらにギュッと抱きしめて力強く宣言するミリー。 そんなに大きな声ではないが、しっかりとした通る声だ。

 ……店の外に漏れていないか心配だが、酒場という場所柄、騒ぐ人も多いだろうし、その辺りの対策はしっかりされていると信じたい。


「そう。 それだけの思いがあれば大丈夫ね。 いいわ、それじゃあ明日、今日と同じ時間にうちにいらっしゃい。 レオちゃんと貴女のお披露目パーティーって名目でミリーちゃんの力になってくれそうな人を集めておいてあげるから」


「ありがとうございます。 でも、いきなり明日で人、来てくれますかね」


 私に任せなさいと言ってくれた女将さんに、失礼ながら口を挟む。

 明日の夜に、ということは誘う人に話が届くのは早くても当日の朝になるだろう。 それぞれの都合もあるだろうし、もう少し後にした方がいいのではないだろうか。

 しかも誘う人をこれから選ぶとなるとかなりギリギリになるだろう。


「心配しなさんな。 少しばかりジャンルは偏るかもしれないけど、間違いなく集められるわよ 」


 根拠はよくわからないが、かなりの自信をもっているらしい。 宿屋の方は旅の人がメインだから今回は関係ないだろうが、酒場の常連さんなどなら集めやすいのかもしれない。


 それから、ここで言うお披露目パーティーとは前世の披露宴のような結婚の報告とは違い、『俺、こいつと結婚を見据えて付き合うことになったから』という口頭での婚約宣言のようなものだ。

 本来ならこんなイベントは貴族や豪商なんかしか行わないのだが、ミリーのことを考えるとやはり信頼できる人を集めてその人たちにはしっかりとミリーのことを理解してもらうには必要だろう。

 無闇矢鱈に情報が広まるより、ある程度の人には前以て話しておいた方が安全ということか。


「そうですか。 なら、よろしくお願いします」

「よろしくお願いいたします、女将さん」


 俺に続いてミリーも女将さんに頭を下げる。


「いいのよ、これくらい。 あ、そうそう。 その代わり、パーティーなんだから飲み物とか軽く摘めるものを出すから、ちゃんとお金は払ってもらうからね? 」


 ……あれですね。 団体様でのご予約みたいなノリですね。

 流石と言うかなんて言うか、すごい商売魂だ。


「ちなみにどれくらい……」


「人数によるけど、だいたいこれくらいでどう?」


 本人も言っていたけれど……人数に左右されるが、安い。

 二人で食事をするのと同じくらいの額だ。


「いいんですか?」


「いいのよ。 今回の件では私も儲けさせてもらったから」


「……? わかりました」


 とりあえず、せっかくのご厚意だから甘えさせてもらおう。


 時間も時間だし、あまり長居しすぎては迷惑になるので、女将さんには二人でもう一度頭を下げてから酒場をあとにした。







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