アフターストーリー.6 驚き、桃の木、百合の花
〜モニカ視点〜
「ちょ、モニカさん。 声が大きい」
「あ………。 申し訳ありませんわ」
フリーダちゃんに窘められて慌てて口を紡いだ。
よかった。 幸いにも近くに人が少なかったおかげで、遠くからチラッとこちらを見る人はいるけど特別目立ったりはしていないみたい。
でも、フリーダちゃんのお母さんが“あの”ミリアリアなの?
『君姫』の大ファンだった私は、言わずもがな第1作目である『君は僕のお姫様〜不思議の国の恋物語〜』もプレイしていた。 もちろん、そっちのゲームの方の知識もある程度なら覚えている。
私の覚えている限りだと、ミリアリアはヤンデレメンヘラサイコ系悪役キャラだったはず。
好きな人を取られた怒りは分からなくないけど、ちょっとキャラ変わりすぎでしょうってツッコミたくなるような豹変ぶりだった。
この君姫2の世界が前作の子供世代の話だというのは、ファンの中では常識だ。
メインキャラのキャロルは前作の主人公とルイスとの息子という設定だったし。
だけどミリアリアのその後に関しては、ゲーム本編は触れられてもいなかったはずだ。 そもそも、ルートによっては処刑されているものもあったわけだし。
もしかしたら二次創作の中には彼女のその後を描いたものがあったのかもしれない。 ただ、私は見た覚えがないんだよねぇ。
それに、イケメンなら想像力のたくましいとある方々によって没落後にR18な薔薇の花が咲き乱れる展開になるかもしれないけど、男性ユーザーがほとんどいないあのゲームだとミリアリアのR18を作っても売れないだろうし。
……あ、ミリアリアさんって呼んだほうがいいかな?
ゲーム中のキャラクター(しかも悪役キャラ)だったから呼び捨てだったけど、現実では友達のお母さんなわけだし。
でも、改めてフリーダちゃんを見てみると確かにミリアリア……さん、と似ているかもしれない。 と言うか似ている。
光が当たると天使の輪ができる艶やかな金髪に、透き通るような碧い瞳。 同じ絵師さんが同じ作品で、同じ特徴のキャラを描いたのだから似た感じになっても不思議ではなかったけど、現実で考えたら顔立ちもそっくりだ。
もちろん完全に同じというわけでもなく、顔立ちはミリアリアさんが神聖な雰囲気漂う綺麗系だったのに対して、フリーダちゃんは親しみやすさのある可愛い系。
そういえば目元なんてレオナルドさんとそっくりだし、文字通り二人の愛の結晶というやつなのか。
「まぁ、驚くのも仕方がないかな。 ミリーさん、貴族社会から追放されたあとは何の書物にも残されてないしね。 表向きにはウチとの関わりもないことになってるし」
フリーダちゃんの顔を凝視したまま硬直した私に、キャロルはそう付け足した。
「………表向きには?」
それは逆に言えば、表向きではないところでは関わりがあるということ……だよね?
私の記憶が確かなら、ミリアリアさんはゲームのシナリオ通りに学生時代に王都を追放されていたはずだ。 理由は国家反逆罪。
ゲームだとルートにもよるけど、ヒロインを殺そうとして振り下ろしたナイフが彼女を庇った王太子に浅くない傷をつけてしまって、それが国家反逆罪になっていたはず。
それがこの世界で本当にあった出来事かは分からないけど、ミリアリアさんが王都を追われたのは事実。 どちらに非があったにせよ、埋められない溝が出来てしまったんじゃないのかな?
そのあとにミリアリアさんの無実が発表されたって言うのも聞いたことがあるなぁ。 だとしたら無実の罪で罰せられだけど、それを水に流して王族と付き合いを続けているってこと……?
いや、でもそんな仏とか聖女みたいな広さの心を持った人なんていないよね。 自分を無実の罪で殺しかけたわけなんだから、私だったら絶対に関わりたくない。
このフリーダちゃんのお母さんなんだから、ゲーム通りの悪女なんてことはないだろうし……。
「うん。 小さな時から年に何回か王城に遊びに行ってたんだ。 お母さん、アリスおばさんと今ではすごく仲良しだし」
ミリアリアさんが、アリス王妃と仲良し……だと!?
そして、アリスがおばさん……。
アリスっていうのは君姫1のヒロインのデフォルトの名前で、名前を入力しなければこの名前になるというものだ。 かくいう私も名前は【アリス】でプレイしていたから馴染みが深い。 この世界では王妃様の名前としても親しまれているし。
でも、それが“おばさん”……。 いや、確かに三十代後半なわけだし、もうそろそろアラフォーだし、私たちにしてみたら親世代なわけだから問題はないんだけど。
なんか、違和感がすごいなぁ。
いい加減、現実逃避をしても良くないかと話の本筋に頭を戻そうかと思ったところで、フリーダちゃんがさらに口を開いた。
「それに、私のお父さん。 王家と協力して医療とか教育とかの発展に携わってるし……」
「そうなの!?」
言われてみれば前に『医療関係の本を書いたりしてる』って言ってたような気がする。 それはつまり、王家主体の医療技術研究に協力して、そこで本を書いているってことか。
そして、教育の発展というのは護身術の授業を担当していたようなことだろうか。 あとは裏方で前世で言うところの学習指導要領的なものを作成していたりするのかもしれない。
「何か、特別外部相談役とか言う役職についてたはずだよ。 もう少し常識があれば言うことはないんだけど……」
……それどこのチートキャラ?
特別外部相談役って何?
相談役って私のイメージだと、ご意見番的なジジババの就いていそうな役職なんだけど。 まぁ、公爵家の長女を奥さんにしているくらいだから、ただの本屋さんだなんてあり得ないけど、さすがにそのレベルはあり得なくない?
何か名前的に、下手をしたら宰相とかと同等の権力は持っていそうな気がする。
ヤバいよ。
フリーダちゃんの両親、いろいろとヤバすぎるよ。
その気になれば下克上を起こして王位簒奪をできるんじゃない? 腕っ節もあるみたいだし……。
うん。
フリーダちゃんがどうして有力貴族達と親しげなのかよーくわかったよ。
これはフリーダちゃんが貴族や王族と結婚しても何も不思議じゃないね。 むしろ、そこと結ばれない方が不思議なくらい。
私としては、フリーダちゃんには有力貴族の夫人になるか、王妃にでもなってもらって権力の分散を防いでもらいたいところだ。
そこで私の老婆心に火が付いた。
これでも中身はアラフォー。 そう言ったことは大好物なのだ。
ただ甘い雰囲気に当てられすぎると疲れるだけで。
フリーダちゃんは性格良し、見た目良し、成績良しだしキャロルとも仲が良さそうだから下手なことをしなくてもくっつきそうだけどね。 これからは温かい目で見守ってあげるとしますか。
そのためにはまず、フリーダちゃんの実家のことを知らないとだよね。
ミリアリアさんが今どうしているのかも気になるし。
でも、『遊びに行っていい?』って聞くのは少し図々しいかな。 公爵家の長女という立場柄、私が動くと下手に目立っちゃうかもしれないし。
うーん、どうしたものか……。
「そうだ。 良かったら今度の夏休みにウチに来る? 狭いところだけど歓迎するよ」
「………へ? いいの?」
思わぬフリーダちゃんからのお誘いに気の抜けた声が出てしまう。
そんなに驚いた顔をしていたのか、私の顔を見ながら苦笑しながら頷いてくれた。
ほんとに?
本当にフリーダちゃんのお家に遊びに行っていいの?
フリーダちゃんを誰かとくっつけると言う理由もあるけど、単純にフリーダちゃんのお家に遊びに行きたい。 だって、大切なお友達のお家だし、今世では初の庶民のお宅訪問だ。
友人の家に遊びに行ったことはあるけど、お互いに貴族だったからどうしても堅苦しいものになっちゃったんだよね。 メイドさんや執事さんに囲まれて中庭でお茶会とか。 楽しいんだけど、純粋に楽しむのとはちょっと違う。
だから前世のように気楽に友達の家に遊びに行けるというのがすごく楽しみ。
「フリーダちゃん! 大好き!」
フリーダちゃんに抱きついて、スリスリと頬ずりをした。
何処かで『あぁ、百合の花が飛び散ってる』なんて聞こえたけど気にしない。
ふふ〜ん、今から楽しみだな〜。