アフターストーリー.4 彼と彼女とお父さん
アフターストーリーを別作品として上げようかと考えつつも、最近は忙しくて執筆の時間が取れないのでとりあえずこちらに。
チート乙。
〜モニカ視点〜
学校生活が始まってから、はや一週間。
私とフリーダちゃんの仲はそれなりに良好だ。 ゲームよりもはるかに逞しい彼女は、はっきり言ってゲームとは全くの別人だった。
ゲームでは儚げ〜で、守ってあげたくなる系で、それでも芯はしっかりとした女の子だった。 でも、リアルなフリーダちゃんは芯だけでなくて物理的にも強い。
むしろ欠点がない。 頭はいいし、手先は器用だし、護身術も習ってたみたいだし。
損得勘定だけで友達を選ぶわけじゃないけど、フリーダちゃんと友達になれて本当によかったと思う。
さて、今日は全員必須の護身術の授業。 闘技広場で行われるこの授業は、2クラス合同である。
ゲームだったらここでまた一つイベントが起こる。
───というか、もう起こっている。
「久しぶりだね、モニカ嬢」
「お久しぶりですわ、キャロル様」
私たちに和かに声を掛けてきたのはこの国の王太子────キャロル・ウォンダラント。 もちろん、君姫2の攻略対象であった人だ。
ただ、ゲームとの違いを挙げるなら、キャロルの台詞は『あぁ……。 御機嫌よう、モニカ・ライプリッツ嬢』だった。 婚約者だった時のほうが、めっちゃくちゃ余所余所しい感じだ。
それにこの場にはフリーダはおらず、遠くから見かけるだけだったはず。
「そして、はじめまして。 僕はキャロル・ウォンダラント。 お名前を伺ってもよろしいでしょうか、麗しいお嬢様?」
あれ?
王太子が私に対してだけじゃなくて、フリーダちゃんに対してもかなりフレンドリーだ。 てか、キザだ。
彼は王太子という立場柄、そう簡単に人に対して心を開かなかったはずなんだけど。 実際、私が彼に初めて会った時も形式ばった挨拶だけだったし。
「お初にお目にかかります。 私はフリーダと申します。 王太子殿下とこうしてお会いできるとは思いませんでした」
対するフリーダちゃんも妙に落ち着いている。
この子なら不思議じゃないけど、普通いきなり王族に会ったらこうも平然とはしていられないと思うんだよ。
「はは」
「ふふふ」
そして何故、二人で顔を見合わせて笑ってるの?
何、その秘密を共有しているカップルのような甘い雰囲気は。
はっ!?
これはまさか、恋愛ぼっちな私に対する嫌がらせ……じゃないよね。 フリーダちゃんがそんなことするはずないし。
「さて、それじゃあ中庭に向かおうか。 次は護身術の授業だったね」
そう言って微笑む王太子の目にはフリーダちゃんしか映っていない。 あの〜、一応は私も視界の隅の方にいますよ?
「うふふ、そうですね」
なに、もしかして二人はもう付き合っていらっしゃるんですか?
甘々な雰囲気を出しちゃって。
「はぁ……。 どうして私まで(この二人と一緒に)護身術をやらないといけないの……」
破滅がなさそうで嬉しいけど、この二人の無自覚な甘い雰囲気に当てられ続けるのはツライ。
「いいじゃないですか、護身術。 私は好きですよ」
「まぁ、そうよね」
私だって護身術そのものは別に嫌じゃないんだよ……。運動しないとお腹が危ないし。
キラキラした笑顔を向けてくるフリーダちゃんに、私はため息しか出なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
闘技広場に向かうと、すでに多くの生徒が揃っていた。 私たち3人もその中に紛れて時間まで談笑をする。
しばらくすると、時間ちょうどに先生がやってきた。
黒の軍服風の装いの美丈夫で、歳は三十代くらい。 前世のアイドルも顔負けなイケメンさんだ。
どうでもいいけど、この世界って美男美女ばっかりだよね。 そんな中でもこの先生は別格。
……あれ?
あの人、何処となく顔に見覚えがあるような……?
「………なっ!?」
「ははは」
「あら? どうしたのフリーダさん、キャロル様?」
私が一人で首を傾げていると、先生の姿を視界に収めるなりフリーダちゃんは驚いたような声を、キャロルは楽しそうな笑い声をあげた。
あの先生に何か変なところでもあるのかな?
うーん。 でも普通にイケメンさんで、変なところなんてないと思うんだけど……。 あえて言うなら、攻略対象顔負けなイケメンってところ?
あ……!
まさか、フリーダちゃんてば、先生に恋しちゃったの!?
「もしかしてフリーダさん、あの先生のことが気になるの?」
「いや……、あれ………」
遠回しにそう問いかけると、先生のことを指差して何か言葉を紡ごうとしている。 声も指先もプルプルと震えていて可愛い。
その視線に気が付いたらしい先生は、こちら側に対してニッコリと微笑んだ。
…………!?
か、か、かか、カッコいい……。
ヤバい、どうしよう。 すごい格好いいんだけど。
自分の頬が熱を帯びていくのが分かる。 たぶん私は、いま耳まで真っ赤になっているだろう。
精神年齢的には一応、大人に入る私はどうやら好みの男性も大人だったらしい。 今世での初恋の相手が先生だなんて、ベタだなぁ……。
「えー……週に一回のこの授業は、“基本的に”騎士団の団員などが交代で努めることになっている。 これは様々な形式の護身術を取り入れ、柔軟な対応をできるようになるためだ。 もちろん、本気で騎士を目指す者にとっては、自分の戦術の幅を広めるためのものにもなる」
キュッと顔を引き締めて説明をする姿も───。
って、うわぁぁああ!
何を考えてるんだ私は!
あれか? バカップルオーラ満載でフリーダちゃん達がいちゃついてるのを見たせいで私まで恋愛脳になってしまったのか!?
だって、冷静に考えよう? 私はまだ15歳、あの先生はたぶん三十代。 普通に考えたら親子に近い年齢差がある。
それに、私はこんなんでも仮にも公爵家のご令嬢だ。 婚約者はまだ決まっていないけど、自分の都合で決まるなんてことはないだろう。 まして、これだけの年齢差での結婚を認めてもらえるなんて思えない。
って、なんで私は勝手に結婚の話まで進んでるんだ! バカか!
「そして俺は、今回の授業の指導員を務めさせてもらうレオナルドだ」
「あれ……、あれ……!」
「あ、あれ?」
私の様子なんて気にする余裕もなさそうなフリーダちゃんは、相変わらず先生のことを指差している。
「………私のお父さん」
「……………………………………はい?」
え?
あの人が?
フリーダちゃんのお父さん?
え?
なんで?
まさかの、妻子持ちで?
長女は私の同級生で?
子沢山のラブラブ夫婦なの?
所構わずイチャイチャしてるって人なの?
────私の初恋は今世でも儚く散った。
いやぁ、早かったねぇ……。
……泣いていいですか?
「よし、それじゃあまずは現時点でどれくらいできるのか、その実力を見せてもらう。 適当に近くの者同士で二人組になってくれ。 あと、俺とやりたいというやつは俺のところに集まってくれ。 順番に手合わせしてやる」
先生の指示に従ってフリーダちゃんと組んだけど、結果は惨敗。 そもそも私には剣を持つ気力すら残ってなかったよ、はは。
私が立ち直る頃には生徒同士の試合は終了し、あとは希望者と先生の試合だけになっていた。
「キャロル・ウォンダラントです。 よろしくお願いします」
「……おぉ。 レオナルドだ、よろしく。 いつでもかかってきていいよ」
レオナルド先生がそう言うと、キャロルも剣を軽く構える。 レオナルド先生は少し長めの両手剣、キャロルはそれに比べると短い片手剣だ。
「はぁ!」
気合の声とともにキャロルが剣を振り下ろす。 しかし、それはあっさりと受け流されてしまう。 キャロルは隙だらけの態勢となってしまうけど、先生はその隙をあえて見逃している。
右へ左へ、上へ下へキャロルが攻撃を繰り出すも、先生に対しては擦りもしない。
「────っ!?」
やがて先生が反撃に出ると、キャロルはあっという間に首元に模擬剣を突きつけられた。 勝負あったということでいいんだと思う。
……かっこいい。
「ふぅ、速さは悪くなかったな。 ただ、攻撃をどこに入れるかはもう少し頭を使ったほうがいい。 相手の重心や剣の位置を考えて、防ぐのも避けるのも難しい位置を導き出すんだ」
「はぁはぁ……。 参考になります」
息を切らせながら先生アドバイスにお礼を言うキャロルは、攻略対象らしい余裕さはなかった。
対する先生の方はだいぶ余裕そうだ。
「さて、次は……」
「お願いします」
次の相手であるフリーダちゃんがまるで能面のような無表情で構えを取る。 フリーダちゃんの武器はその身体であり、いわゆる体術が専門らしい。
護身という面ではこの上なく実用的だと思う。 ……私はやらないけど。
「お、フリー「はぁっ!」おっと」
先生の言葉の途中でフリーダちゃんが先生に殴りかかった。 先生は紙一重でそれを躱すも、フリーダちゃんは次々に攻撃を仕掛けていく。 柔道のような投げ技や足技、ボクシングのようなストレートにキックボクシングのような蹴り技。 挙げ句の果てには頭突きやタックルまで組み込んでいる。 先生も全てを躱すのは難しいようで、威力の低いものは腕で受け止めたりしている。
フリーダちゃんの動きはまるでダンスでもしているかのように滑らかで、両手を支えにして蹴りを入れたりしている。
ぶっちゃけ言って、私にはフリーダちゃん達の腕が10本くらいに見えるんだけど?
「いやいやいや、まだ始めてないから」
「はぁっ!」
「ねぇ!? もう少しコミュニケーションを取ろう!?」
「問答無用!」
「いや、ごめん! 何も言わずに来たのは謝るから!」
会話をするつもりのないらしいフリーダちゃんに先生もとうとう折れたのか、攻撃をいなしながら器用にも謝りだした。
「ハルトに誘われたんだ、よっ! 『そんなに娘が心配なら自分の目で確かめてみればいい』って。 おわっと!」
「このバカ親め!」
「せめて子煩悩、って、言って!」
先生が剣を大きく振ると、フリーダちゃんは慌てて距離を取る。 素人目にはどうして飛び退かないといけないのか分からなかったけど、何か理由があったんだろう。
飛び退く時にバク宙みたいになったのも謎。
「……母様たちも来てるの?」
「あぁ、今頃はフリーダの担任の先生と五者面談中だっ、よ!」
そう言うなり、先生はフリーダちゃんに向かって剣を投げた。
フリーダちゃんはそれを難なく避けるが、剣の方に気を取られていた隙にすぐ近くにまで肉薄していた先生に頭をポンポンと撫でられてしまった。
「……くっ」
撫でられているフリーダちゃんは悔しそうな声を漏らすけど、どこか嬉しそうだ。
どうやら勝負ありということらしい。
「ふぅ、やっぱり強いなぁ。 俺とミリーのいいところを受け継いでいるだけのことはあるね」
「このバカ親め……」
そう言うフリーダちゃんの頬はちょっとだけ緩んでいた。
………この試合の一部始終を見ていた他の生徒たちは思いっきり頬を引きつらせていたけど。